「ロールアップ戦略」の意味を説明できますか? 急成長する企業がこぞって注目する経営手法の「驚くべき中身」

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前編記事『このままでは中小企業の大半がもたない…「2030年」に迫る「大量倒産の危機」』はこちらから

日本のほとんどを占める中小企業にこそ、M&Aが必要な理由を語ってくれたM&Aクラウド代表取締役CEO・及川厚博氏。

それでは、実際に成功するM&A戦略とは何か、その先に待ち受ける企業や従業員の未来はどうなるのか…? 買収後の統合戦略や経営者と従業員のキャリアへの影響とは。具体的な成功例を交えながら、その真実に迫る。

効率と競争力強化を生む「新しい勝ち筋」

「ロールアップ戦略」とは、シナジー効果を見込める企業を次々とM&A(合併・買収)で統合していくことで、短期間での規模拡大を目指す手法である。その成功には、買収後のPMI(ポスト・マージャー・インテグレーション)が非常に重要となる。

PMIとは、買収された企業と買収元の企業の文化や業務を統合し、シナジーを生み出すプロセスだ。及川氏は次のように語っている。

「PMIがうまく進まないと、企業文化の違いによる衝突や業務プロセスの統合の失敗で、最終的には事業成長が停滞する可能性が高まります。M&Aの成功率は一般的に約30%とされていますが、M&Aを継続的に繰り返し、そのたびにしっかりとPMIを実行している企業は、非常に高い成功率を維持しています。

たとえば、Googleは業界の主導権を握るために250件以上のM&Aを実施しています。国内企業に目を向けても、ニデック株式会社が、これまでに約60件のM&Aを成功させています。もともとは精密小型モーターのメーカーでしたが、M&A戦略を積極的に展開することで、自動車部品、家電、産業用機器などの多岐にわたる事業領域へと拡大していったのです」

Googleのような巨大企業でも、YouTubeやMotorola Mobilityを筆頭に、検索エンジン以外はすべてM&Aをした会社で成り立っているのだ。

同様に、ニデック株式会社の創業者であり会長を務める永守重信氏も、これまでに約60件のM&Aを成功させ、企業をグローバルに成長させてきた。同社はもともと精密小型モーターのメーカーとして出発したが、M&A戦略を積極的に展開することで、自動車部品、家電、産業用機器などの多岐にわたる事業領域へと拡大した。

特に、ヨーロッパやアメリカ市場での買収によって、ニデックは世界トップクラスのモーター企業として確固たる地位を築いた。永守氏は、買収後のシナジーを最大限に活かし、経営の一貫性を保ちながら、新たに買収した企業の技術や市場を自社に取り込むことで、売上と利益の両方を増大させてきた。

まだまだある「ロールアップ戦略」の成功例

また、エムスリー株式会社は、医療従事者向けのオンラインプラットフォームを基盤に、医薬品マーケティングや治験関連サービスを提供する企業として急成長を遂げている。同社は企業を次々に買収し、業績を大幅に伸ばした。特に、治験市場においては、新薬開発の加速を支援するデジタル化や効率化を進めるため、数十件の買収を実施している。

これにより、治験のリードタイム短縮やコスト削減が可能となり、医薬品業界の革新を支える主要なプレーヤーとしての地位を確立した。

さらに、ロールアップ戦略に成功している企業といえば、ソフトウェア品質保証の株式会社SHIFTが挙げられる。SHIFTは、社内でM&Aチームを内製化し、圧倒的なスピード感と独自の基準でM&A件数を伸ばしてきた。これまでの総投資金額は265億円で、2023年度は45億円の利益を生んでいる(EBITDA; 利払い前・税引き前・減価償却前利益)。

これらの事例は、中小企業を積極的に買収し、シナジーを生み出す「ロールアップ型M&A」が、企業成長の有効な手段であることを示していると言えるだろう。

巨大化がとまらないGAFAMに勝つには

ただし、大企業同士のM&Aが進行することで、市場独占のリスクも指摘されている。これについて、及川氏はこう述べる。

「日本国内で大企業同士の統合が進むと、独占の懸念が出る可能性はあります。しかし、グローバルな競争で勝ち残るためには、一定の規模を持つ企業が不可欠です。GAFAM(Google、Apple、Facebook、Amazon、Microsoft)と呼ばれる巨大企業は、先に挙げたGoogleだけでなく、どこも次々と他社を買収し、さらに巨大化しています。日本もこの流れに適応しなければ、国際競争力を維持することは困難でしょう」

M&Aで職場環境はどう変わる?

M&Aは企業の成長や再編にとって重要な戦略である一方、従業員にとっては厳しい試練となることも多い。新しい経営方針や企業文化に適応するためには、従業員は柔軟に変化を受け入れなければならない。時にはリストラや部署再編が行われ、職場の安定性が揺らぐことも少なくない。

たとえば、キャッシュレス決済分野で知られる株式会社Origamiが2020年にメルカリに買収された際には、従業員の約9割にあたるリストラ策が講じられたと報じられている。M&Aでは、時に組織の再編やコスト削減の一環として、従業員は退職を余儀なくされることもある。

しかし、厳しい環境の中でも、変化を受け入れ新たなチャンスを掴む者もいる。大企業同士のM&Aでは、新たなリソースやネットワークにアクセスでき、スキルや知識を広げる機会が提供されることもある。

及川氏はこう述べ、ポジティブな姿勢の重要性を強調している。

「M&A後の環境に適応することは、ビジネスパーソンにとって大きな試練です。しかし、柔軟性と迅速な対応力を持つ人は、この変化をチャンスに変えることができます。メルペイが数百億円の売上を達成し、成功を収めた背景には、Origamiのエンジニアたちの貢献が大きかったという話もあります。プロダクトは失われても、一部の従業員は新たな環境で成功を掴んだのです」

他にも、2010年に韓国のネイバー社が株式会社ライブドアを買収したケースも注目に値する。この買収は、ライブドアの従業員にとって、当初は不安を伴うものであったが、結果としてはポジティブな転換点となった。

ネイバー社による大規模な投資と経営の立て直しにより、ライブドアの従業員たちはより安定した経営基盤のもとで働くことができるようになった。特に、技術部門やサービスの改善に注力した結果、業績が向上し、グループ全体のシナジー効果も生まれた。このように、買収後に新たな資源と技術を活用し、従業員たちはより良い環境で働けるようになった成功例だと言える。

しかし、すべてが順調に進むわけではない。リストラや部署の統廃合が行われ、従業員が職を失う恐れもある。特に、業務の重複や文化の違いが原因で、職場の統合がうまくいかないケースも少なくない。従業員はこうしたリスクを理解し、常にキャリアの選択肢を持っておくことが重要だ。

経営者も成長させる「M&A体験」

経営者にとって、M&Aは単なる事業戦略の一環ではなく、キャリアそのものを左右する大きな転機になることが多い。及川氏はこう語る。

「ある程度の成功を収めた経営者が直面する問題の一つに『飽き』があります。長い間、同じ事業を続けると、最初の情熱が薄れてしまうことは珍しくありません。その結果、新しいアイデアが浮かばなくなり、事業開発のスピードも鈍ってしまう。それに伴い、優秀な人材を引き寄せる採用力も低下し、会社全体の士気やモチベーションにまで影響を与えることになるのです」

事業への情熱が薄れることは、会社の成長だけでなく、経営者自身のキャリアにもマイナスに働く。そんな時、及川氏は「そんな時にこそM&Aについて考えるべき」と、一歩引いて考えることの重要性を指摘する。

「M&Aは必ずしも後退を意味するわけではなく、むしろ新たなステージへの扉を開く機会です。得た資金をもとに新しいビジネスを始めることもできるし、投資家としてキャリアを広げることも可能です。結果として、自分自身が成長し、会社にも新しい風を吹き込める可能性がある。経営者にとっての『転職』の機会として捉えていいと思います」

経営者だけでなく、従業員にとってもM&Aはキャリアチェンジのきっかけとなる。異なる企業文化や業務プロセスに適応することは、スキルアップの絶好のチャンスであり、自らの成長を促す挑戦だ。社内でのキャリア転換が難しい従業員であっても、M&Aによって企業間の出向やスタートアップへのレンタル移籍など、多様なキャリアの選択肢が広がっていく。

及川氏はこう続ける。

「経営者も従業員も、自分自身の気持ちと向き合い、飽きや環境の変化にどう対応するのか、そしてM&Aや事業売却、転職を検討するタイミングを見極めることが重要です。区切りの時期を見誤ると、キャリア形成が中途半端に終わってしまうリスクがあります。柔軟に対応しつつスキルを積み重ねることで、その後の売却や転職をより前向きな一歩にすることができるでしょう」

企業の成長と存続を支える戦略としてだけでなく、キャリアを見直す機会でもあるM&A。変化を前向きに捉え、柔軟に対応する姿勢こそが、これからの時代に求められるだろう。

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