組織率が低下するも、その影響力はまだまだ侮れないという(写真:genzoh/PIXTA)

2020年のアメリカ大統領選挙では、ラストベルトの労働者たちの支持がトランプ勝利をもたらした大きな一因といわれています。かつて民主党を支持していたはずの労働者たちは、なぜトランプ支持に回ったのか。その理由について、杏林大学准教授の松井孝太氏は、近年の労働組合の組織率の低下について着目しています。

構成員の変化や目的の変質、支持政党との温度感まで、アメリカにおける労働組合の実情について松井氏に聞きました。

※本稿は、松井氏の共著『分断されるアメリカ』から、一部を抜粋・編集してお届けします。

公共部門が最も強くなっているアメリカの労働組合

――基本的なことを聞きますが、政治に対するアメリカの労働組合の影響力は、いまだに強いのでしょうか?

松井孝太氏(以下、松井氏) 影響力ですが、組織率が下がっていますので、20世紀半ばに比べると落ちているといえます。組織率は10パーセント、10人にひとりです。

ただし、大統領選挙という文脈でいいますと、接戦州の結果次第ということもあるので、ミシガン州とかペンシルベニア州の労働組合が、実際の数以上の影響力や存在感を示すことはあると思います。

わかりやすい例が、昨年のミシガン州などにおける自動車労働組合(UAW)や現在のペンシルベニア州における鉄鋼労働組合(USW)です。いま話題になっているUSスチールの本社はペンシルベニアのピッツバーグですので、ここの労働組合(USW)の意向も民主党はもちろんトランプも無視できないと思います。

また、組織率が低下しているといっても、組合員数は1440万人強います。これほどの人数を持ち資金力のある組織は、民主党を支援する団体にはないので、民主党としても労働組合は大事であるということは変わりません。

労働組合の強いエリアは公共部門です。ニュース性で、どうしても自動車や鉄鋼関連の組合が注目されますが、アメリカ全体でみると州政府や自治体、学校の先生、そこでは根強い組織力を持っていて影響力があります。
民間ですと企業間の競争があって、組合も強く出られないということや、組合のない南部へ企業自体が移動してしまうことがありますが、公務員はそういうことがないので、公共部門の組織率は32.5パーセントとかなり高くなっています。

さらに、労働組合の組織率は地域差もあり、ニューヨークやカリフォルニアなどは組織率が高いですが、南部はかなり低いので、全国的にみると影響力はそれほどではないといえます。

もちろん、特定の地域では存在感はありますが、一般企業だと組合が強い州から南部の州に事業所を移転してしまう状況があるので、影響力には限界があるのです。

労働組合が弱体化し労働者のコミュニティーに変化

――2016年、労働組合がそれなりに力のあったラストベルトの地域の労働者がトランプ支持に回ってトランプが大統領になったといわれていますが、それは労働組合の組織率が下がったためなのでしょうか?

松井氏 組織率が低下しているのは確かです。そのうえで、なぜ、労働者がトランプ支持に流れているかというと、いろいろな説があります。

かつて、労働組合は、労働者の日常生活を取り巻く、ある種のコミュニティーでした。その労働組合が弱体化した結果、教会や銃所持者団体などの存在が相対的に高まって、それらが労働者を取り巻く社会的ネットワークとしてとってかわったといわれています。そして、労働者が労働組合から解き放たれることで、共和党の方へ流れていったという研究もあります。

労働組合は民主党支持が圧倒的です。労働組合員も加盟していることで政治的情報も提供されますし、労働者の権利を守るという側面では民主党が「味方」であることは間違いないので、民主党支持が多くなります。

しかし、ラストベルトの労働者全体を考えると組織化されていない人の方が多く、その人たちは共和党を支持する可能性も高いです。

――労働組合でも共和党を支持しているところはあるのでしょうか?

松井氏 労働組合のリーダーレベルでいうと、ほぼ民主党であるといえます。組合の献金ですとか、ロビー活動や、人とのつながりでいうと圧倒的に民主党です。

しかし、組合の中に目を向けると、労働組合は政治団体ではないので、政治目的で参加した人ばかりではありません。ですから、一般的な労働組合員でみると、共和党支持、トランプ支持も一定数存在していることは確かです。

その人たちが組合に加盟したのは、民主党を支持しているからではなく、職場における利益代表という側面で加入していますし、中にはユニオンシップ(全員加盟の組合)だから強制的に加入させられている人もいます。

一般的な組合員すべてがリベラルなわけではない

労働組合の指導者たちも基本的に民主党支持ですが、完全にフリーハンドではありません。特に運輸労働組合(チームスターズ)のように業種によっては、保守的な組合員も多くいるところもあります。

そういうところでは、指導部も民主党に全振りすると、組合員からそっぽを向かれる可能性もあり、民主党一辺倒とはいきません。

また、どのような分野を中心に組織している労働組合なのかによっても多少の違いがあります。教員や公共部門などはリベラル色が強いですが、運輸労働組合や法執行などは相対的に保守寄りです。

共和党は、労働組合内の保守的で一般的な労働者が、組合を切り崩す足掛かりになるということで、組合と労働者は違うということを強くアピールします。

「労働組合(指導部)は労働者の敵である」、「労働組合は組合員の言論の自由を侵害している」、「労働組合に強制されない労働者の自由がある」、「労働組合が組合費の政治的流用をしている」などといって組合からの離反を策します。

このように「組合は民主党の特殊利益団体になっているけれども、一般労働者の味方は共和党です」とアピールして、共和党の支持を訴えます。
労働組合が献金している政党は民主党ですが、一般的な組合員を見ると、すべてがリベラルではありません。

社会文化の争点である移民やLGBTQや銃規制などにおいて、共和党の主張に引っ張られる労働者も一定数存在するのです。民主党の政策に違和感や疎外感を持つ組合員はいます。

環境問題で利害が一致した労働組合と環境保護団体

――以前はそれほど労働組合が環境保護団体と結びついていなかったようですが、現在はとても密に感じます。どうしてでしょうか?

松井氏 ひとつは労働組合が左派系の団体と親和性を高めたからです。労働組合の指導者や構成者が白人男性中心だったころは、文化的にもやや保守的だった人が多かったのですが、労働組合員の重心がサービス業に変わっていくなかで、その意識も変わってきました。

また、グローバル化のなか、かつては日本との貿易摩擦が問題でしたが、途上国との貿易の話になっていくと、途上国の環境基準や労働基準の低さが、アメリカの労働者にとって得にはならないと意識されるようになりました。アメリカの環境基準や労働基準にあわない仕事が途上国に流れてしまうからです。

このようなことがあって、途上国の環境基準や労働基準を引き上げたいという環境団体や人権団体の利害と労働組合の利害が一致したのです。

――トランプは環境保護団体が石炭の火力発電に反対していることに対して、もっと石炭を掘れ「ドリルドリルドリル」ということで、石炭産業で働く労働者を味方につけたという報道がありますが、実際のところはどうなのでしょうか?

松井氏 国内の環境問題については、潜在的に労働組合と環境保護団体との対立関係はあります。石炭産業など化石燃料を扱う産業もそうですが、CO₂を排出する産業をなくすことは、そこで働く労働者の仕事を奪うことになります。トランプは、そこをついて、環境保護団体と労働者を離反させようとしています。

それは一定程度、労働者に浸透しましたが、これによって労働組合が分断されたかというと、そんなことはありません。私の知る限り主要な労働組合がトランプの支持に回ったということは聞いていません。

広い目で見れば、トランプが労働者の味方かといえば、違うということを労働組合の指導者は分かっています。それは今までの経緯やトランプ政権のしたことをみれば、明らかなのです。

労働組合側もグリーンエネルギーやEV自動車の生産で新たな産業を生み出すことができれば、そこで労働者の仕事も増えることにつながるとしています。

現代の労働組合である「ソーシャル・ユニオニズム」

――アメリカの労働組合は、以前の日本の総評系や同盟系みたいに、労働組合の中で左派や右派というのは、あるのでしょうか?

松井氏 アメリカの労働組合は分権的なので、大きく2つのグループに分かれているというよりは、たくさんの組合が散らばっている状況です。そのため、左派や右派で固まっているということはありません。


ただし、19世紀末から20世紀前半にかけて、アメリカの労働運動でも路線対立はありました。それは、使用者との関係や交渉にフォーカスし、そこでの労働者の利益を追求したビジネス・ユニオニズムと、職場を超えたより幅広い社会的目標の推進まで視野に置いた左派的なソーシャル・ユニオニズムです。

現在の労働組合はビジネス・ユニオニズム的な組合はほとんど見なくなりました。20世紀後半から現在にかけてソーシャル・ユニオニズム路線が労働組合全体としては主流になり、アメリカ政治全体の分極化と並行して労働組合も左派色が強まってきています。全体的にかなり左派的な組合運動が主流になっています。

ただし、左派、右派という感じではないですが、路線対立はあります。頂上単体としてAFL-CIOがありますが、その方針に不満を持つ組合が離脱することもしばしばです。かつてのUAW、チームスターズ、Change to Win(現Strategic Organizing Center)などです。

しかし、労働組合運動全体を大きく二分するような左派と右派のイデオロギー的な路線対立は現時点では見られないように思います。そもそも、共和党があまりにも右過ぎるので、労働組合が共和党の味方になるメリットは全くありません。

(松井 孝太 : 杏林大学准教授)