仕事の視野を広げるには読書が一番だ。書籍のハイライトを3000字で紹介するサービス「SERENDIP」から、プレジデントオンライン向けの特選記事を紹介しよう。今回取り上げるのはタワーマン著『航空管制 知られざる最前線』(KAWADE夢新書)――。
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■イントロダクション

飛行機は、事故の確率が低いことから「最も安全な乗り物」と呼ばれることもあるが、背景の一つには、航空管制による厳格な管理があるようだ。

一方、2024年1月に羽田空港で発生した日本航空機と海上保安庁機の衝突事故では、ヒューマンエラーも指摘された。航空管制の最前線は、どうなっているのだろうか。

本書は、あまり一般には知られることのない航空管制の実際を、飛行機の出発から到着までの管制の流れ、パイロットと管制官との交信の現場、最新テクノロジーの活用など多様な側面から詳述している。

1機の飛行機の離着陸にかかる時間は約90秒だが、混雑する空港で滑走路を安全に効率よく使うためには、次々と離着陸する飛行機を“捌く”管制官の腕が問われるのだという。また、声だけを頼りにパイロットと交信するにあたり、確実に指示を伝えるための工夫もあるようだ。より安全で効率のよい航空管制の実現に向け、進みつつあるデジタル技術の導入についても紹介している。

著者は、元航空管制官。航空専門家。管制官時代は成田空港で業務に従事した。退職後、航空系ブロガー兼ゲーム実況YouTuberとなり、テレビ出演や交通系ニュースサイトへの寄稿なども行っている。

1.安全な運航に欠かせない航空管制システムの全体
2.管制官とパイロット、緊迫の交信の実際
3.ルールと現実の狭間で最適解を出す
4.スムーズな捌きは管制官同士の連携から
5.過密な空港のリスクと事故防止の対策
6.管制官に求められる知識とスキル
7.最新テクノロジーと航空管制の未来

■飛行機がバトンのように受け渡されていく

出発となって、空港のターミナルビルを離れた飛行機は、滑走路に向かって走行を開始します。滑走路に入ると、いよいよ加速して離陸。徐々に高度を上げて空港から離れ、目的地に向かって巡航します。目的地の空港が近づくと、高度を下げ、滑走路に向けて直線に下降し、着陸態勢に入ったあとに接地。再びターミナルビルに向かって走行して、駐機場にて停止します。

この一連の飛行においては、複数の管制官が管制を担当し、それぞれの管轄を越える際に飛行機はバトンのように受け渡されていきます。パイロットは、そのタイミングに合わせて無線の周波数を切り替えながら、それぞれの管制官と交信することになります。

空港では、駐機場から滑走路までの地上走行を担当する「地上管制」と、滑走路の離陸と着陸を担当する「飛行場管制」に分かれています。これらを担当する管制官は、管制塔の最上部にある管制室で、空港全体を見渡しながら業務を行なっています。

■羽田空港では1日約1300回飛行機が離着陸している

羽田空港では1日約1300回、飛行機が離着陸しています。滑走路をいかに効率よく使い、飛んでいく飛行機、降りてくる飛行機を上手に“捌く”ことができるか、そこは管制官の腕しだいだといえます。1機の飛行機が離着陸にかかる時間(滑走路をその機のために空けておく時間)は、約90秒です。これをもとに、1時間に発着できる便数の限界が物理的に決まります。国土交通省では、空港ごとに発着枠を定めています。羽田は滑走路が4本で、トータルで1時間90枠。その決められた発着枠が、各航空会社の希望スケジュールに割りふられます。

あとは、その「時刻表」通りに、それぞれの飛行機が発着できるように誘導してあげるのが管制官の仕事……ではあるのですが、現実は時間通りにとはいきません。たとえば、飛行機Aの到着が遅れたことにより、あとから来るはずだった飛行機Bが先に着陸するかもしれません。秒単位の細かい調整を行ないながら、過密スケジュールをこなしていくのも管制官の仕事なのです。

離陸にかかる時間も、さまざまな要因で異なります。天候などの環境にもよりますし、パイロットがテキパキと動いてくれるタイプなのか、慎重なタイプなのかでも違ってきます。飛行機のパフォーマンスによっても異なります。飛行機の大きさ、重さ、乗客の数、燃料の量、そんなことも計算に入れながら、管制官は離陸所要時間を予測します。

写真=iStock.com/kameraworld
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■空港周辺の空域を管理する「レーダー管制」

飛行機が離陸すると、パイロットは無線をレーダー管制官の周波数に切り替えます。レーダー管制は、空港に設置したターミナルレーダーで空港周辺の混雑する空域を管理する仕事で、管制塔の管制室とは別の「レーダー管制室(IFR室)」で行ないます。

ターミナルレーダー管制は、出域管制(ディパーチャー)と進入管制(アプローチ)に分かれます。出発する飛行機は、滑走路から離陸して間もなく、空港管制からターミナルレーダー室の出域管制に周波数を切り替えます。周波数に入ってきたパイロットに対し、出発席の管制官は「これからは私たちがレーダーを使い誘導します」と宣言します。

■着陸待ちの飛行機が上空で“ミルフィーユ状態”に

空港周辺の空域は、着陸に向かう飛行機で混雑します。進入管制は、これらの機が適切なタイミングで滑走路に降りることができるように導きます。そのため、速度や高度、あるいはルートなどを指示しながら、飛行機同士の間隔を調整しています。職人レベルの技量が求められる仕事なのです。原則は「1つの滑走路上に、同時に2機の飛行機がいてはならない」というものですが、理想をいえば「常に1機いる」状態をつくり出すことが目的です。ところが、予想外の悪天候が発生すると、飛行機が、天候回復とともにいっせいに動き出して、急にピークが来ることもあります。

そんなときは、レーダー管制の指示で、各機に上空で待機してもらいます。待機する飛行機を増やさなければならない場合は、先に旋回している飛行機の上へ上へと“重ねて”いきます。1機が旋回待機していたら、次に待機する機はその約300メートル上に……というように、着陸待ちの飛行機で層をつくる“ミルフィーユ状態”になります。

まず一番下の高度にいる飛行機を滑走路に誘導し、同時にその上の飛行機に一段階、高度を下げるように指示……というように、順繰りに降下させていきます。あえて、降下させずに1機分の隙間をつくっておき、待機が不要な飛行機を先に通過させることもあります。もう、3次元パズルそのものです。

写真=iStock.com/T-Fujishima
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■パイロットが指示をほしがるタイミングを予測して交信

管制は、「声だけが頼りで相手の状態が見えない」というところがポイントです。パイロットの仕事をよく知っている管制官であれば、パイロットが今このときに、どんな作業や機内でのやりとりを行なっているかを理解しているので、適切なタイミングを図って交信することができます。

たとえば、これから出発する飛行機は、管制官から指示をもらって走行を開始しますが、この段階で、パイロットは機体各部の稼働確認を行ないます。このときに、管制官が無線で話しかけても聞き取れない可能性が高いでしょう。

常に「その指示、情報はパイロットの作業やコクピット内のやりとりを止めてまで話すような緊急性の高いものなのか」を考えながら交信する、ということも管制官の技術の1つです。では、どうしたらそれがわかるのか。基本は「相手の立場に身を置いてみる」ということに尽きます。

複数のパイロットと同時に交信するとき、管制官が心がけておくべきなのは、誰がどのタイミングで指示をほしがるのかを先回りして予測するというテクニックです。パイロットにしてみれば、ほしいと思ったときにきちんと指示がくれば、管制官への信頼につながります。

■航空機衝突事故を防ぐための「滑走路衝突回避システム」

管制官の業務は複雑化しています。今の世の中、管制官という職務も例外なくデジタル技術の活用が要請されているところであり、DX(デジタルトランスフォーメーション)、あるいはAI(人工知能)の導入への、まさに過渡期にあるといえるのかもしれません。

すでに一部で実用化されている技術に「リモートタワー」と呼ばれる管制システムがあります。カメラが捉えた空港や飛行機の映像を目の前の大型モニターに映しながら、遠隔で指示を出します。このシステムのメリットは、画面上の実際の映像にリンクして文字情報を表示してくれることで、情報を画面内だけに集約できることです。

ただし、まだ足りないものがあるとすれば、それは「半ば強制的にゴーアラウンド(着陸復行)する仕組み」です。このまま降りたら危ないという状況になったら、管制官が着陸を許可していたとしても、自動的に着陸を取りやめて上昇させられてしまう、それが「滑走路衝突回避システム」です。

■羽田空港航空機衝突事故を防げたとしたら…

2024(令和6)年1月2日の羽田空港航空機衝突事故では、到着機(日本航空)のパイロットも、管制官も、滑走路上にいる海上保安庁機に気がつくことができませんでした。では、進入した海保機を責めるべきかというと、私はそうは思いません。間違いは当然あるものとして想定しておかなければならないのです。

タワーマン『航空管制 知られざる最前線』(KAWADE夢新書)

ポイントは、海保機が進入してしまったあとに、本来なら気づけたであろう2者(パイロットと管制官)が気づけなかったことです。しかし、ここにもやはり限界があると思います。時間は夜、しかも相手は小型機です。羽田で起きた事故を防ぐならば、管制官の許可を上回る権限でパイロットが(*自動的に発信される警告と回避指示に基づいて)ゴーアラウンドするしかない、というのが私の見解です。

「滑走路衝突回避システム」は、まだ技術的にクリアしなければいけないことが多く、実現に至っていません。実現するためには、たとえば、滑走路脇に高精度なFOD(Foreign Object Debris)レーダーの設置が必要です。もしくはADS-B(Automatic Dependent Surveillance-Broadcast/航空機がGPSで取得した情報を定期的に地上受信機に対して送信するシステム)の機能を高度化し、管制システム、コクピットの装置とリンクさせることも考えられます。実現すれば、最強の管制システムとなるでしょう。

※「*」がついた注および補足はダイジェスト作成者によるもの

■コメントby SERENDIP

航空管制官は、「航空管制官採用試験」という国家試験に合格した国土交通省の職員、もしくは防衛省の管制員であり、国家公務員である。一方、こうした資格とは別に、著者は管制官の向き、不向きを説明している。その一つとして「上下関係を重んじる人」は向いていないと述べる。これは、たとえば立場や経験、年齢が上の人がいる場面でも、自分が先に危険を察知した際には遠慮することなく「危険です!」と大声を上げられなければならないからだという。ビジネスの現場においても、リスクに気づいた時に声をあげられる人がいること、また声をあげやすい環境であることの重要性は、学ぶべき点といえそうだ。

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