「韓国軍事主義の起源」 [著]カーター・J・エッカート

 戦前の日本の軍国主義体制というと、前近代的なイメージが強い。ところが、その時代に日本陸軍の士官教育を受けた独裁者の下、劇的な経済発展を遂げた国がある。それが1961年のクーデターに始まる朴正熙政権期の韓国だ。では、朴正熙は何を学んだのか。本書は、日韓にまたがる調査を通じて、朴正熙を育てた満洲国軍官学校の文化的な背景を探る。
 本書によれば、軍官学校の生徒たちは、自分たちが天皇の直属の臣下としての特別な身分と忠誠義務を持つと考え、そのためには体制への反逆も辞さなかった。彼らは資本主義的な自由放任には概して批判的であり、必勝の信念に基づく日常生活の規律と組織への服従を重視した。当時の軍官学校には二・二六事件の関係者が在籍し、生徒たちに「昭和維新」の精神を説いていた。朴正熙は特に「まじめ」な生徒だと目されており、その影響を強く受けた。
 こうした陸軍の組織文化は従来も語られてきたが、本書の特徴は、当時の朝鮮半島にそれを受容する素地を見出(みいだ)したことだろう。朝鮮王朝時代は科挙が重視され、武官の地位は低かったが、19世紀末に欧米列強が到来すると、日本に視察団を送るなど、「文弱」を克服する尚武の精神が広がる。だからこそ、植民地時代に軍事化が進むと、朴正熙を含む多くの朝鮮の青年が軍人を志した。
 興味深いことに、本書はこの文化を、前近代の残滓(ざんし)としてではなく、欧米も含めた近代男性文化の一種として描く。その帰結が「近代化」と称する朴正熙の強権的な統治だった。これは日本の読者には見逃せない指摘だろう。上級生による体罰や戦争の英雄への憧れなど、本書に登場する事例の多くは、特に男性読者には思い当たる節があるのではないか。この文化は、ただ戦前の体制を否定するだけでは克服できない。重要なのは、「男らしい」と賞賛されてきた生き方それ自体を見直すことなのだ。
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Carter J. Eckert ハーバード大教授(韓国近現代史)。著書に『日本帝国の申し子』、共著に『朴正熙の時代』。