あなたは伝説の『世界紅白歌合戦』を覚えているだろうか? 多様化した『NHK紅白歌合戦』の裏番組たち

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巷のワイドショーやインターネットは、飢えたピラニアのように「事件」という生肉へ喰らいつくが、「歴史」という骨までは語りたがらない。そんな芸能ゴシップ&サブカルチャーの「歴史」を、〈元〉批評家でコラムニストの時代観察者が斜め読む!

バブル前夜! 1985年の『NHK紅白歌合戦』裏番組

1985年の紅白裏で話題となったのは、19時から放送されたフジテレビの『世界紅白歌合戦』だった。

ジャンルの多様化に伴う歌番組の低迷傾向を打破すべく、2時間枠に拡大した『夜のヒットスタジオDX』は衛星中継を使って、毎回、海外の大物人気歌手をゲストに招く企画を行っていた。演歌、歌謡曲、ロック、ニューミュージック、アイドル……すべてのジャンルを一つの番組に収める求心力として、洋楽の権威を利用しようとしたのだ。

1986年からのバブル景気前夜だったから、ジャパンマネーの威力もあったのだが、1985年4月17日の放送でフランク・シナトラとティナ・ターナーの共演を実現させたことで、ブッキングに自信を付けていた。

もっとも、ティナ・ターナーはSGI(創価学会インタナショナル)傘下のアメリカ創価学会の熱心な信者だったから、創価学会の宣伝という意味合いもあった。当時の学会は日蓮正宗との抗争で池田大作が会長を退任、名誉会長とSGI会長が主な役職になっていたので、SGIを学会の上位組織としてアピールする必要があったのだ。実際、1988年の日本ツアーは学会系の民音(民主音楽協会)が主催していたのだが。

その勢いで企画された『世界紅白歌合戦』は、『夜のヒットスタジオDX』の古舘伊知郎、芳村真理に加え、谷村新司の3人が総合司会を務め、現在の『FNS歌謡祭』と同じく、グランドプリンスホテル新高輪の宴会場「飛天」をメインスタジオとして、ロサンゼルス、ロンドン、ハワイ、香港からの衛星多元中継を行った。

そして、12月27日に大阪フェスティバルホール、28日に日本武道館で来日公演したばかりのティナ・ターナーを筆頭に、a-ha、シーラ・E、リマール、ポール・ヤング、シーラ・イーストンなどの海外歌手を揃え、1985年11月13日のコロンビア・ネバドデルルイス火山大噴火のチャリティオークションを交えての構成だった。このあたりは大義名分だろう。

洋楽勢だけではなく日本人アーティストも超豪華

さらに、西城秀樹、布施明、谷村新司、高中正義、菊池桃子、少年隊、アン・ルイス、チャゲ&飛鳥……と日本勢も充実していたが、ロック・ニューミュージック系以外も洋楽志向の強い歌手を揃えていた。

だったら、この年にデビューしたアイドルの菊池桃子は何なのだ、という話になるが、菊池桃子も1988年にフュージョン&ファンクバンドのラ・ムーを率いていた。ラ・ムー自体は筋肉少女帯の『ビッグマグナム大槻先生のパンクでポン』でネタにされるなど、興行的には失敗したのだが、スピリチュアル・ジャズ・ファンクという音楽コンセプトは後年、堂本剛のENDRECHERIなどに受け継がれている……はずだ。

また、出演者の中でも西城秀樹は本家『NHK紅白歌合戦』の常連で、この年も『科学万博つくば '85』のテーマソング『一万光年の愛』を歌っていた。11月にはヴィレッジ・ピープルのカバーを歌っていたことからなにかを勘違いされたのか、バリー・マニロウから『腕の中へ』を提供され、『夜のヒットスタジオDX』でもデュエットで歌っていたが、どちらもヒットには繋がらず、落選していた。

『YOUNG MAN』の大ヒット以降、ハウス食品「バーモントカレー」のCMのイメージもあって、子供向けの安全な歌手というイメージが定着してしまったのだが、万博の開会式でNHK交響楽団をバックに歌ったことが、いよいよ秀樹のロックなイメージを薄れさせ、世代交代の波を被ってしまった。

なので、80年代後半は香港や韓国など、アジア圏での活躍のほうが目立っていた。国内での人気が復活するのは、1991年に『走れ正直者』がアニメ『ちびまる子ちゃん』のEDテーマで使われてからのことだが、10年ぶりに出場した1994年の『第45回紅白歌合戦』で歌ったのは『YOUNG MAN』だった。

同じく復帰組で先に歌った郷ひろみは新曲『言えないよ』だったが、秀樹はすっかり懐メロ歌手扱いになっていた。

TBSは『不適切にもほどがある!』の元ネタで勝負

他局へ目を向けると、日本テレビはこの年から30日からの2日連続となる『年末時代劇スペシャル』枠を新設し、21時2分から大型時代劇『忠臣蔵 後編』を放送していた。

大石内蔵助を里見浩太朗、吉良上野介を森繁久彌が演じる豪華な配役だったが、忠臣蔵(赤穂事件)自体は、1982年のNHK大河ドラマ『峠の群像』で、原作者の堺屋太一が赤穂の製塩利権争いから起きた経済事件として描いていた。

また、討ち入りに参加しなかった者たちの視点で描いた井上ひさしの小説『不忠臣蔵』や、吉良上野介を礼儀知らずの田舎者・浅野内匠頭の被害者として描いた小林信彦の小説『裏表忠臣蔵』など、変化球なスピンオフ系のほうが多く、正統派の忠臣蔵はもう受けないだろう、という世評だった。

しかし、30日から続く形にしたことが功を奏したのか、紅白の若返りで高年齢層の視聴者が流れたのか、まさかの視聴率15.3%を記録した。

この思わぬ成功で気を良くしたのか、1992年まで8年間、日本テレビの紅白裏は『年末時代劇スペシャル』を放送していた。

よくよく見ると、第2作『白虎隊』から第6作『勝海舟』まで、5作連続で幕末物で戊辰戦争に焦点を当てていたヘンな枠だったのだが。

TBSはやっぱり通常編成だった。21時から『毎度おさわがせします』で、22時からは『そこが知りたい』だが、大阪の毎日放送は『タイガース栄光の一年』という阪神タイガース優勝特番を放送していた。

『毎度おさわがせします』は木村一八、中山美穂主演の不良性感度を売りにしたエロコメホームドラマの第2期シリーズで、宮藤官九郎脚本『不適切にもほどがある!』(TBS)の元ネタのひとつだが、1986年が舞台なのも、このドラマが放映されていた時期を意識していたのだろう。

この回のサブタイトルは『空想Kiss』で、主題歌のタイトルそのままだが、内容は「紅白で観られない」ことが前提だったのか、本筋には繋がらない番外編だった。

視聴率は8.1%で、通常編成とは思えない善戦だったが、第1期の中盤からたびたび20%台を記録していた人気番組なので、それほど話題にはならなかった。

ちなみに、C-C-Bも裏番組の『紅白歌合戦』に初出場していたが、歌ったのは第1期の主題歌で最大のヒット曲である『Romanticが止まらない』ではなく、『Lucky Chanceをもう一度』だった。そういえば、今年の6月18日にキーボードの田口智治が覚醒剤取締法違反で3度目の逮捕となったが、4度目のLucky Chanceはあるのだろうか?

結局『世界紅白歌合戦』の視聴率は4.8%……

テレビ朝日は『ビートたけしの元祖マラソン野球生中継』で『ビートたけしのスポーツ大将』の特番だが、川崎球場でたけし、高田文夫、たけし軍団が草野球をしながら騒ぐだけのうら寂しい番組だった。

『ビートたけしのスポーツ大将』自体がたけし軍団を売り出すための冠番組だったのだが、翌1986年、たけしは伝説の「FRIDAY襲撃事件」を起こし、活動自粛となる。

それでも、1986年と1987年も同じ番組を放送し、神宮球場へランクアップしていたから、案外、費用対効果は良かったのかも知れない。

テレビ東京は『大晦日!落語名人会』で、司会は春風亭小朝と四代目桂三木助と大島智子だったが、演目は真面目で地味だった。

結局、1985年の『第36回NHK紅白歌合戦』は、前年のビデオリサーチ78.1%(関東地区)から66.0%へ急落し、翌1986年には59.4%へ落ちる。

以後、60%台を記録することもなくなったため、1989年の『第40回NHK紅白歌合戦』から19時20分開始の2部構成へ時間枠を拡大し、ロック・ポップス枠の取りこぼしを解消したのだが、今度は裏番組となった『日本レコード大賞』の視聴率が14.0%まで低下した。

そして、鳴り物入りで行われた『世界紅白歌合戦』の視聴率は1985年が4.8%、1986年が3.4%で、結局、2年で終了した。

バブルの産物とはいえ、費用対効果を考えると成功したとは言い難かったが、各局が裏特番を仕掛ける呼び水となったことから、『NHK紅白歌合戦』の一強体制を崩す役割は果たしたと言えよう。

00年代は格闘技ブーム! 『NHK紅白歌合戦』の裏番組

当初、1989年の1回限りと思われていた『NHK紅白歌合戦』の時間枠拡大は常態化し、TBS『日本レコード大賞』の視聴率は低迷していく。

結局、2006年からは、総合格闘技イベント『K-1 PREMIUM Dynamite!!』の枠拡大に巻き込まれる形で大晦日から撤退し、30日開催となった。

同局は2001年から紅白裏で『INOKI BOM-BA-YE』を放送していたが(毎日放送は2000年から)、格闘技ブームの影響で運営団体が分裂していた。

そのため、2003年は日本テレビ『イノキボンバイエ2003・馬鹿になれ夢をもて』、TBS『K-1 PREMIUM 2003人類史上最強王決定戦 Dynamite!!』、フジテレビ『PRIDE 大晦日スペシャル男祭り2003』と、民放3局が格闘技イベントを中継することになった。

周囲で話題になっていたのは、キックボクシングに転向した元横綱・曙のデビュー戦を中継する『K-1 PREMIUM Dynamite!!』だったので、視聴率はそれぞれ、5.1%、19.5%、12.2%だったが、TBSがボブ・サップの右フックで1ラウンド一発KO負けした曙の醜態を映した23時3分の瞬間視聴率は43.0%を記録し、23時台ではじめて『NHK紅白歌合戦』を上回った。

皮肉なことにその時刻、紅白で歌っていたのは、13年ぶりに出禁を解かれた長渕剛だった。歌ったのは『しあわせになろうよ』1曲だけで、原曲より20秒長い4分46秒だった。

それでも、この回の歌手では一番長い持ち時間なのだが、サップVS曙戦が裏に来ることは事前に知っていたので、NHK側の意趣返しだったのだろう。

なお、初戦で無惨な敗北を喫した曙だったが、2017年4月の試合で救急搬送されるまでプロ格闘家として地道な活動を続け、今年の4月6日、心不全で逝去した。

そして、2003年の戦いで惨敗した日本テレビはこの年限りで総合格闘技イベント中継から撤退し、2004年は『細木数子の大晦日スペシャル!!』『2004年最強のネタ芸人ベスト13』になったが、フジも2005年の『PRIDE 男祭り 2005 頂-ITADAKI』を最後に撤退した。

TBSの『Dynamite!!』は2010年まで続いたが、運営会社のファイトマネー不払い・遅延問題から選手が流出、TBSスポーツ局内に設けられていた格闘班も解散した。

2002年の横浜ベイスターズ買収と合わせて、スポーツビジネス特有の不明瞭な会計が問題となっていたからだ。

スポーツ事業自体が社内政争に破れた幹部の流刑地扱いで、松下賢次を筆頭にアナウンサーたちも中継でベイスターズへの蔑視発言を平然と行うなど、大洋ホエールズ時代からのファンである安住紳一郎が肩身の狭さを吐露する異様な状況だったから、規範意識も低かったのだが、2011年12月にはベイスターズもDeNAへ売却され、ようやく暗黒時代を脱出した。

もっとも、2011年の紅白裏も井岡一翔のボクシング世界タイトル防衛戦の独占生中継を軸にした『ジャンクSPORTS』(フジテレビ)風のスポーツ特番『ビートたけしの勝手にスポーツ国民栄誉SHOW2011』で、『日本レコード大賞』が大晦日に戻ることはなかったのだが。

その後は、フジテレビが総合格闘技イベント中継を復活し、2015年から2021年まで『RIZIN FIGHTING WORLD GRAND-PRIX』を放送していたが、次第に紅白裏は人気バラエティ番組の特番枠になっていく。

日本テレビが『ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!』の「笑ってはいけないシリーズ」を特番化し、成功したからだ。

2006年から始まったこの特番は、3回目の2008年の『絶対に笑ってはいけない新聞社24時』が視聴率15.4%を記録し、以後も民放1位を堅持し続けていたが、コロナ禍によるロケ困難を理由に、2021年以降は放送されていない。

また、地上波放送のコンプライアンスが厳格化されたことも影響しており、2018年からは『HITOSHI MATSUMOTO presents ドキュメンタル』シリーズが、「笑ってはいけないシリーズ」以上に悪趣味な笑いを探求した番組として、Amazonプライム・ビデオで配信されている。

そうなると、もう地上波で作る理由がない、ということなのだろうが、昨年末からの性加害疑惑で、松本人志自体が地上波では放送できない芸人になってしまった。

勝者はテレ朝! 現在の『NHK紅白歌合戦』と裏番組

そして、昨年の紅白裏の勝者は『ザワつく!大晦日 一茂良純ちさ子の会』(テレビ朝日)だった。

2019年から放送されているこの特番は、2021年からは3年連続で民放トップの座に就いているが、「言及数」「視聴回数」となると、2017年から『年忘れにっぽんの歌』と『ジルベスターコンサート』の間に入ったテレビ東京の『孤独のグルメ 大晦日スペシャル』が圧倒的に目立っている。

テレビ朝日の『相棒』か、テレビ東京の『孤独のグルメ』か……再放送回数が異様に多く、SNS上での話題にも最適だからだが、「再放送で観れるだろう」と言っても、筆者の老親は『NHK紅白歌合戦』や『ザワつく!大晦日 一茂良純ちさ子の会』ではなく『孤独のグルメ 大晦日スペシャル』を観ている。老人たちの生活リズムにもちょうどよいのだろう。

もともと、『孤独のグルメ』はフジテレビでドラマ化を企画されていたが、いくら長身でガタイがいいのは原作通りとはいえ、千疋屋で買ったメロンを半分に切って中をくり抜いてコニャックを注ぎ込んで食べる長嶋一茂が井之頭五郎を演じるのは作品への冒涜だ、ということで企画が流れていた。

そして、2009年から放送された「飯テロ」ドラマの『深夜食堂』(TBS)でヤクザの「竜ちゃん」役を演じていた松重豊主演で改めて企画されたのだが、本来はフジテレビ系列の共同テレビジョンが制作協力に名を連ねているのもその名残りだろう。原作マンガも扶桑社刊だ。

そういう出自の『孤独のグルメ』が一茂の冠番組と紅白裏の視聴率を争っている、ということは、松本人志も消えた『NHK紅白歌合戦』裏の帝王は長嶋一茂、ということなのだろうか?

それを言い出すと、プロ野球選手や俳優では不完全燃焼だった一茂がお茶の間のスターに収まっていること自体が不思議ではあるのだが。

紅白には呼ばれない謎のスタータレント、長嶋一茂……。いや、過去に一度だけ、連続テレビ小説『オードリー』でのまぐれ当たりな好演と審査員・長嶋茂雄のおまけ扱いで、2000年の『第51回NHK紅白歌合戦』に出演していたが、与えられた役はモーニング娘。の応援要員だった。何故。

ちなみに、『オードリー』は脚本の大石静が大河ドラマ『光る君へ』を担当したことから、4月からまさかの再放送になったので、改めて観てみたが、無骨すぎてハードボイルドすら通り越していく一茂の演技は、やはり、ハードボイルド劇画の手法に忠実でパロディ色が希薄だった『孤独のグルメ』のドラマ化には向いていなかった。竹内力が演じた『かっこいいスキヤキ』(テレビ愛知)ならまだしも。

その影響力も「今は昔」…視聴率「81.4%」を記録した60年代『NHK紅白歌合戦』とその裏番組