結川あさき×矢野妃菜喜×中村悠一にとって“逃げ上手”とは 苦手なこととの向き合い方を語る
歴史の教科書では語られない、もうひとつの武士の生き方がある。TVアニメ『逃げ上手の若君』は、“逃げる”ことの常識を覆す物語だ。
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西暦1333年、鎌倉幕府が足利高氏の謀反により滅亡の危機に瀕する中、幕府の鎌倉幕府執権の跡継ぎ・北条時行は「戦って死ぬ」のではなく、「逃げて生きる」道を選ぶ。神官・諏訪頼重の導きで燃え落ちる鎌倉から脱出した時行は、諏訪の地で信頼できる仲間と出会い、鎌倉奪還の力を蓄えていく。
この波乱の物語で主役の北条時行を演じる結川あさき、時行に英雄の素質を見出す諏訪頼重役の中村悠一、そして謎めいた存在感を放つ雫役の矢野妃菜喜に、役作りの裏側や作品の魅力について聞いた。時代のうねりの中で、生き抜くための選択としての「逃げる」ことの意味を、3人のキャストの言葉を通して探っていく。
■鶴岡八幡宮と諏訪大社に訪れて感じたこと
ーー南北朝時代を舞台にした作品に参加されるにあたって、準備したことや演じるにあたって意識したことはありましたか?
矢野妃菜喜(以下、矢野):歴史は得意ではなかったので、台本を読んでいて読めない漢字がたくさんありました。でも、随時調べながら読み進めました(笑)。
ーー逃若党のメンバーとして、雫は時行をサポートするポジションでもあります。
矢野:そうなんです。秘術に長けている側面もあるような、ミステリアスな役柄で。単にクールでミステリアスなだけならもう少し簡単だったのですが、「何を考えているんだろう?」という部分も多く、私自身も不思議な子だなと思いながら演じていました。でも、きっとそれが“雫らしさ”でもあると思ったので、ミステリアスさをあえて残したまま演じた方がいいのかなと思ったんです。あまり掘り下げすぎずに、でも雫の人柄が伝わるような絶妙なバランスでお芝居をさせていただきました。
ーー結川さんはいかがでしょうか?
結川あさき(以下、結川):史実のおさらいもしましたし、個人的に収録まで少し時間があったので、長野の諏訪大社の方に実際に行きまして。「ここでみんなが暮らしたのかな」と想像するような場面も多かったです。鶴岡八幡宮も妃菜喜さんと行けました……!
矢野:楽しかったです!
ーー結川さんと矢野さんは、実際に鎌倉まつりのオープニングに参加されたんですよね。
結川:そうなんですよ~!
矢野:2人で甲冑を着させていただいて、行列巡行に参加したんです。お祭り自体も歴史のあるもので、そんなものに参加できること自体がなかなかない機会じゃないですか。
中村悠一(以下、中村):確かに。
矢野:あっという間に終わっちゃいました(笑)。
結川:そうそう。厳かな雰囲気を想像していたのですが、楽しげな雰囲気で。私たちの前の団体はマーチングバンドみたいな、洋式な感じの演奏をやったり とか。海外からの観光客の方もたくさんいて、「ここはテーマパークかな?」と思うくらいの賑やかさでした。第1話の冒頭で時行が鎌倉の街を見下ろすシーンがあるんですけど、その大通りを私たちは時行の方向に向かって歩いていきました。なので街並みとか雰囲気みたいなところを感じ取れた良い機会でした。
ーー鶴岡八幡宮と諏訪大社の両方に行ってみて、何か共通点を感じた部分はありますか?
結川:諏訪大社と八幡宮は、全然場所も姿も違うけど、奥に入った時の特有の静けさは似ているなと感じました。「この静けさの中で話しているんだったら、この声(の大きさ)でもきっと届くんだろうな」とか。
ーー中村さんはいかがですか?
中村:この先がまだ原作的には未完といいますか、続いている最中なので、史実がどう変化していくかは確認しました。もちろん、松井(優征)先生がそのように書いていくかどうかは、また別の話ですが。オリジナル要素が入ってくるのかもしれませんし。それこそ、特に歴史って事実が明確になってないものも多いんですよね。源平合戦の話だったり、その先の時代でも「明智光秀が生き延びて天海になった」なんて話もありますし。言い伝えならではの曖昧さが残る部分もあるというか。
ーー頼重の史実としての背景を知ることで、何か発見はありましたか?
中村:役作り的なところではあまりなかったですね。登場人物、みんなどちらかというと会話が現代的なんですよね。特にその時代の喋りをするわけでもなく、特に頼重は普通に未来の話を挟み込んでくるという……。頼重なんて、さらっとハンバーガーとか食べてそうじゃないですか(笑)。
結川・矢野:あははっ。
中村:でも今回の縁がなければ、フィクションの中ではいろいろと変化していく歴史に想像を巡らすことはしてなかったでしょうね。
■結川あさき「こんなにカッコいい逃げがあるなんて」
ーー実際に頼重を演じてみて、何を感じましたか?
中村:演じていて感じるのは、話数を重ねるごとに頼重が変化していくことですね。最初は自分の思惑もあったんです。でも、物語が進むにつれて時行という人間に触れ、彼の人間性を知るうちに、頼重の考え方も変わっていく。徐々に変化していく様子も見ていただきたいです。
ーー頼重は序盤からコミカルな雰囲気全開なキャラでもあります。
中村:確かに初めてアニメで作品に触れる方は、最初「変わったキャラクターだな」と思われるかもしれません。でも大丈夫です。物語が進むにつれてもっと奇妙なキャラクターがたくさん出てきます(笑)。原作の面白さはもちろんのこと、アニメではそういった特徴がよく分かります。声優みんな、全力で演じていますからね。
ーー「戦って」「死ぬ」武士の生き様とは反対に「逃げて」「生きる」ことで乗り越えていく。そんな主人公である時行の生き方をどう感じますか?
矢野:この作品って、「選択肢の1つとして逃げていいんだよ」ってことを前面に出してくれているんです。「逃げる」という選択肢で、本当に現実で悩んでいる子が生き延びられるんだったら、本当にその通りのメッセージだと思うんです。「こんな作品が出てきたんだ!」という驚きはありましたが、すんなりと受け入れられるあったかさがありますよね。
結川:逃げることに元々ネガティブなイメージは持ってなかったんですけど、作品に出会って「逃げる=カッコいい」という感想になったのは初めてでした。作中でも逃げるシーンは何度も出てきますが、基本、時行は前向きに前進するための逃げを選んでいます。逃げて終わりじゃなくて、次に進むため、生きて目標を成し遂げるため。こんなにカッコいい逃げがあるなんて、発見でもありました。
中村:単純に一兵士が逃げる場合は、“ただ逃げる”という行為だと思います。時行は立場上、血筋としてどうしても命を狙われてしまう。ということは、生きていることだけでも、血筋を守っていることになるわけです。だからこそ“逃げ”が意味を持って成立するし、逃げ続けて追ってくる相手と戦うのは、考え方によっては待ち伏せになるわけですよね。“逃げ”という言葉はネガティブな面を意識しがちですけど、その“逃げ”をうまく使って好転させていくのは作品の面白さでもありますね。
ーー皆さんは、自分の苦手なことにはどう向き合っていますか?
矢野:とりあえず、苦手でもやらなければいけないことは仕方なくやります(笑)。でも、基本的には、得意なことや好きなことの方に力を入れます。過去に苦手なことがあった時期も、好きなことだったから「続けたい」と思って頑張れました。本当にやりたくて好きなことだったから、なんとか食らいついてやれたんだと思います。でも、好きとか続けたいという気持ちがない限り、絶対に続かないなぁ……。
結川:私は苦手なことにも2種類あると思っていて。1つは、本当に苦手で嫌なもの。これは無理に得意になる必要はないと思います。一方で、妃菜喜さんが言っていたような、「苦手だけどどうしてもやりたいこと」や、「苦手だけど自分の好きなことのためにやらなければいけないこと」には向き合う必要があるんじゃないでしょうか。私の恩師が「苦手とか嫌いという言葉は使わない方がいい」と教えてくれたことがあって。例えば、数式が苦手なら「まだこの数式は得意じゃない」みたいな、ポジティブな言い方をする方がいいよねって。この教えを意識して、苦手という言葉はあまり使わないようにしてます。逃げるように目を逸らしながら、たまに向き合う。そういう戦い方もあると思うんです。
ーーちなみに恩師はどのような方なのでしょうか?
結川:中学時代に通っていた塾の塾長です。すごく入りたかった高校があって、中学校3年間は勉強漬けだったんです(笑)。夏休みは毎日朝8時から22時まで勉強したりとかしてたので。とにかく濃い時間でしたし、恩師には感謝しています。
中村:僕はもう、苦手なことには向き合わないですね。やることがたくさんあるので、苦手と向き合っている時間もそんなにありません(笑)。そもそも気質として好きなことや得意なことの方に興味が行っちゃうタイプです。それを一つずつタスクとしてこなしていくと、あっという間に時間が過ぎてしまうので。そもそも、全てのことができる人っていないと思うんです。人間誰だって、どうしてもできないことはあると思います。でも、そのできないことをずっと気にして、少しでも伸ばそうとするよりも、その人の魅力的なところをどんどん伸ばして個性にしていく方が素敵だと思います。足りないところは、そこが得意な人にサポートしてもらえばいい。まさに「逃げ上手」ですよね。苦手なことほど、やはり総合力で、みんなで戦った方がいいんじゃないでしょうか。(文=すなくじら)