曲水の宴に使われる、S字に曲がりながらゆるやかに流れる遣水

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現在放送中の大河ドラマ『光る君へ』。屋外ロケで武士たちが戦うような戦国ものとは違って、屋内でのドラマ展開が多い今作。貴族たちの美しい着物や建物など、平安時代の雅も見どころの一つだ。画面を通して四季の風情を感じさせる壮大なセットなどにも、エコへの取り組みがなされているという。『あさイチ』も合わせ、舞台裏を見せてもらった(取材・文◎しろぼしマーサ 写真提供◎NHK)

【写真】水鳥の形をした羽しょうの上に盃が乗っている

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ドラマ後半もゆるぎない美術チームのこだわり

大河ドラマ『光る君へ』は、ストーリーを楽しむだけでなく、帝(天皇)と中宮(皇后)の住む内裏、貴族たちの邸宅の造り、品格のある調度品、衣裳、生活の様子などを知ることができるだけでなく、雅な行事や催しを堪能することもできる。

NHK美術チームのこだわりは、ドラマの後半でも揺るぎがない。
東京・渋谷のNHK106スタジオの長辺に、S字に曲がりながらゆるやかに流れる遣水(小川)のある庭園を造りあげ、平安貴族たちの風雅な「曲水の宴」(ごくすいのえん)を完全に再現した。

曲水の宴は、中国から伝わったといわれ、日本では奈良時代や平安時代に宮廷行事として行われ、平安時代には貴族の邸宅で催された。藤原道長の日記である『御堂関白記(みどうかんぱくき)』にも、曲水の宴の記述がある。

曲水の宴は、遣水の流れの傍に参加者たちがそれぞれ座り、お題に合わせた詩歌を詠む雅な歌会だ。遣水には、水鳥の形をした「羽しょう」にお酒を注いだ盃をのせて巡らし、歌ができたら、目の前に流れてきた盃のお酒を味わうのである。参加者の歌が揃ったら詠みあげて楽しむのだ。


公卿たち

重要なシーンとして描かれる曲水の宴

現在でも曲水の宴は、全国各地で開催されており、平安時代の衣裳を着た人たちが和歌を詠んでいる。


宴の様子

『光る君へ』のドラマでは、藤原道長(柄本佑)が愛する娘の中宮彰子(見上愛)の懐妊を祈念して、曲水の宴を桃の節句(3月3日)に催す。

道長の邸宅である土御門殿の殿上の御簾の中には中宮彰子、そしてまひろ(紫式部、吉高由里子)と公卿たちが、曲水の宴を見ている。途中で雨が降り、殿上で歌会が行われるという重要なシーンだ。


筆記具

美術チームは、現在も開催されている京都・城南宮での曲水の宴を取材した。
さらに風俗・建築・芸能・和歌・書道・所作など様々な分野の考証を行い、専門の先生の指導を結集した上で、スタジオに遣水をレイアウト。VFX(特殊視覚効果)も駆使した。

困難を極めた美しい水流作り

水に流す羽しょうのデザインは、京都の鴨川にあやかって「鴨」がモチーフ。その鮮やかな色彩は、古来から高貴な色とされる繧げん彩色を取り入れた。実物の素材は木材だが、林先生の色を元に美術チームが発砲スチロールに彩色。水に溶けない絵の具を使用した。

美術チームは、事前に別のスタジオで遣水の模擬セットを組み、実験・検証を繰り返し、調整しながら本番に臨んだのである。

困難を極めたのが、S字の遣水に理想的な美しい流れを作ることだった。
「水は高い所から低い所に流れるのはあたりまえですが、遣水が曲がっているので、羽しょうが途中でクルクル回ったりするので苦労しました。羽しょうにモーターをつけて動かすの 改良が必要でした 」(NHK 映像デザイン部・山内浩幹チーフデザイナー) 。


水の流れを実験・検証

私はこの取材の始めに、スタジオ内に遣水を作ると聞いたとたんに想像してしまった。水をどんどん流したら、スタジオの庭園は水浸しになり、水辺で和歌を作る役の俳優たちは、衣裳の裾を持ち上げて逃げなければならない。短時間に撮影しなければ、風雅な宴が台無しになるのではないかと。この私の愚かな想像は打ち消された。

流れの最終地点で、水をポンプで吸い上げる仕組みを造っていたのだ。
少しの落ち度も許されない、スタジオ内での曲水の宴。『光る君へ』のドラマの展開の裏で、美術チームのセット造りのドラマがあることを学んだ。