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2024年上半期(1月〜6月)に『婦人公論.jp』で大きな反響を得た記事から、今あらためて読み直したい1本をお届けします。(初公開日:2024年02月14日)******紫式部(演:吉高由里子さん)の生涯を描くNHK大河ドラマ『光る君へ』(総合、日曜午後8時ほか)。第六話は「二人の才女」。まひろは道長(柄本佑さん)と距離を取るため、ライバルの左大臣家で間者を続けることを決断し――といった話が展開しました。一方、歴史研究者で東大史料編纂所教授・本郷和人先生が気になるあのシーンをプレイバック、解説するのが本連載。今回は「入内」について。この連載を読めばドラマがさらに楽しくなること間違いなし!

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あらためて「入内」とは

今回は入内〈じゅだい〉についてお話ししましょう。

入内とは天皇の妃である皇后・中宮・女御〈にょうご〉になる高貴な女性が、儀礼を整えて内裏に入ることをいいます。

『光る君へ』では吉田羊さん演じる藤原詮子が、入内した円融天皇から冷たい仕打ちを受ける場面が見られたり、井上咲楽さん演じる藤原よし(よしはりっしんべんに氏)子が花山天皇のもとへ入内した後、手を縛られて官能的に絡むシーンが描かれたりしていました。

「入内」にまつわるやりとりも多く、ドラマのキーになっているようです。

天皇の待つ清涼殿へ

さてその「入内」。

資料が豊富な平安時代後期ですと、女性は入内に合わせて親もとで成人式(裳着〈もぎ〉という)を行い、官位を賜り(通常は三位)、正式な名前を定めます(逆に言うと、その時まで名前がなかった)。

そのあと多くの供を連れて、牛車〈ぎっしゃ〉に乗って京都御所へ向かうのです。

御所の中は牛車が通れませんので、いったん車を降り、輦車〈てぐるま〉の宣旨〈せんじ〉を受ける。これにより、御所内を人力で引く輦車に乗ることを許されます。

さらにこれに乗り、また歩いて、天皇の待つ清涼殿〈せいりょうでん〉に渡るのです。

衾覆いの儀

なお天皇は夜御殿〈よるのおとど〉というところにいます。寝間着としては直垂〈ひたたれ〉を着て、御悵台〈みちょうだい。ベットのこと)に横になる。


本郷和人先生が監修を務める大人気の平安クライム・サスペンス!『応天の門』(作:灰原薬/新潮社)

そして衣服を着替えた女性も御悵台に入る。

すると女性の父母、もしくは縁の深い貴族が二人に衾〈ふすま〉を着せかけて、退出する…。

これを衾覆〈ふすまおお〉いの儀、と呼びます。

衾はいまの布団。長方形のものと、掻い巻きのようにえりや袖のあるものがあったようです。

そのあと二人がどうするか・・・。毎度のことながら、ヤボな話はやめましょう。

25歳で入内した藤原高子

前回でも触れた平安時代を代表する美男・在原業平。彼と恋の逃避行をしたことで有名な藤原高子は貞観8年(866年)、25歳で入内し清和天皇の女御となりました。

これは当時としては、相当おそい。通常より10年は遅いのではないでしょうか。

その理由はといえば、天皇が幼かったため。実際、結婚したとき天皇は16歳でしたから、高子さんより9歳年少でした。

何としてもわが一族の娘を女御に…という高子の養親・藤原良房(皇族以外ではじめて摂政になった人)の執念がうかがえます。

※本稿は、『応天の門』(新潮社)に掲載されたコラムの一部を再編集したものです。