完全栄養食は、本当に健康によいのか。管理栄養士の成田崇信さんは「現時点では完全栄養食ばかりを摂取すると、口や消化器などの機能が衰える、エネルギーが不足するなどして健康上の問題が起こるかもしれない。活用の仕方を工夫してほしい」という――。
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■「完全栄養食」はどういうものか

私たちに必要な栄養がバランスよく配合されているという「完全栄養食」。以前は種類が少なく、食事時間を確保できない人が利用する栄養剤のような印象でした。ところが、最近は冷凍食品、パスタ、調理パンなどの多種多様なものが登場し、普通の食事として利用する人が増えて売上も伸びているようです。

一方、スーパーやドラッグストア、ネット広告などで目にする機会が増えて関心はあるものの、「本当に栄養がとれるのか」「健康に悪影響はないのか」などと不安に思って利用を躊躇している人もいるでしょう。そこで今回は一般に販売されている完全栄養食について、栄養学の知見に基づき解説することにしました。

まず、完全栄養食とはなんでしょうか。昔は、鶏卵のように他と比べて栄養バランスのよい食品を完全栄養食と呼んでいました。でも、実際には全ての栄養が含まれているわけではなく、誤解を与えかねない表現といえます。それに対して現代の完全栄養食は、ビタミンなど必須とされる微量栄養までを満たす食品として開発されたもの。明確な定義こそありませんが、厚生労働省が公表している食事摂取基準で決められた「1食あたりに必要な栄養素」を摂取することができる食品を完全栄養食と呼ぶことが多いようです。

■毎日の食事に求められる3つの機能

そもそも、私たちが毎日食べている食事(食品)には、次の3つの機能があるとされています。

一次機能:「栄養」に関わる機能で、エネルギー源や体をつくる。
二次機能:「嗜好」に関わる機能で、感覚を刺激し食思(食べたいという気持ち)を誘発する。
三次機能:「生体調節」に関わる機能で、生活リズムや疾病の予防などに関わる。

完全栄養食は、このうちの一次機能に特化した食品であるといえるでしょう。ただ、当初は機能性のみ追求した食品が多くみられましたが、ここ最近は二次機能にも配慮した商品も増えてきています。たとえば、見た目も美味しそうな具だくさんのスープ、冷凍食品ではスパゲティやお好み焼きなどがあり、普通の冷凍食品と同じ感覚で利用することができます。

さらに今後は、特定保健用食品などのように疾病の予防や健康に役立つことを目的とした三次機能を強化した商品も増えてくるのではないかと予想されます。

■完全栄養食だけで健康維持できるか

では、完全栄養食だけを食べ続けて健康を維持することは可能なのでしょうか。私は、現時点では健康を損なう可能性が高いと考えます。

生命を維持するだけなら、栄養バランスのみ気をつければ問題ありませんが、口や消化管が正常に機能するためには継続的に適度な負荷を与えることが必要です。現在の主流である「簡便で食べやすく高度に加工された完全栄養食」のみを食べ続けると、身体機能になんらかの影響が現れることが予想されます。

口の機能については、乳幼児の発達を思い返すと、よく理解できるはずです。初めは母乳や育児用ミルクのような液体の食事しかできませんが、離乳期を迎えるとペースト状、歯が生え揃うと大人と同じようなものを食べられるようになります。これは離乳食から段階を踏んで訓練することで身につけられる機能。液体やゼリーのようにそのまま飲み込める食事を続けていると、正常な発達が妨げられることがわかっています。また大人であっても、固形物の摂取を長期間行わないと咀嚼嚥下機能が低下することがわかっているのです。

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■食事を取ることはトレーニング

また、消化管にも適度な刺激が必要です。流動食のように短時間で消化管を通過する負荷がかからないものばかりを食べていると、消化管が萎縮したり、腸壁が薄くなったりすることが懸念されます。こうして消化管の働きが損なわれると、消化不良や下痢を誘発したり、腸の蠕動運動が妨げられて便秘になることもあるのです。

野菜や果物、豆類やナッツ類は一般に健康によい食品とされますが、よく噛んで食べる必要があり、胃や腸などに適度な負荷を与えるという共通点があります。特に生野菜や生の果物は、口に入る時点ではまだ生きていて、栄養成分は丈夫な細胞壁に守られています。消化吸収に時間がかかることで、栄養成分は緩やかに体内にとりこまれ、消化の難しい成分は腸内細菌の餌になり、それでも吸収しきれないものは糞便の量を増やし、便秘の予防にも役立つのです。

ですから、さまざまな食材や料理を食べることは、健康な体を維持するための適度なトレーニングだと私は考えています。完全栄養食だけの生活は、適度なトレーニング機会を奪いかねないため、長期的に見ると健康を損なうリスクがありそうです。

■完全栄養食の活用が有効なケース

しかし、以下のように完全栄養食の特徴をきちんと理解した上で活用すれば、メリットを享受することができます。

・時間がなくて朝食をとる時間がない、朝は食欲があまりないので何も口にしない
→準備時間も胃腸への負担も少ないドリンクやスープタイプの完全栄養食を活用する

何も食べないより何かを口にしたほうが断然望ましく、何かを口にするのなら栄養バランスのとれたもののほうが望ましく、完全栄養食のデメリットを気にする必要がない。

・レトルトカレーカップ麺などのインスタント食品だけで食事を済ませてしまう
→完全栄養食のインスタント食品や冷凍食品に置き換える

忙しかったり体調が悪かったりして買い物や調理が困難な場合、インスタント食品や冷凍食品を活用するのは問題なし。でも、できれば栄養バランスのとれた完全栄養食のほうがよい。

・震災などの災害時に備えて食料品を備蓄する
→備蓄食料に完全栄養食を加える

あまり調理ができず、栄養バランスが取りづらい災害時の食事として完全栄養食は最適。普段からローリングストック(※1)しておくのがおすすめ。

・やせるために食事の量を減らす
→低エネルギーの完全栄養食に置き換える

減量のために食事量を少なくすると微量栄養素が不足しやすいが、完全栄養食を使えば必要な栄養を確保しつつ体重を落とすことが可能になる。ただし、完全栄養食は水分量が少ないものが多いので、飲み物で水を補う必要がある。

※1 「ローリングストック」とは、普段から食品を少し多めに買い置きしておき、賞味期限を考えて古いものから消費し、消費した分をまた買い足すことで、常に一定量の食品が家庭で備蓄されている状態を保つ方法。

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■健康上のリスクが予想されるケース

一方、完全栄養食のリスクが大きくなるケースもあります。それは以下の通りです。

・成長期の子どもに栄養バランスのとれた食事として提供する

子どもの食事は栄養の摂取だけでなく、食文化や食材による味の違いなどを体験する機会でもある。また食べ物により異なる食感や刺激は、咀嚼機能や味覚を形成するために必要。そのため完全栄養食ばかりだと、子どもの成長を損なう恐れがある。ただし、たまになら問題なし。

・飲み物に溶かす粉末タイプやドリンクタイプの完全栄養食を多用する

液体タイプの食事は、食物繊維が配合されているものでも消化吸収が早く、糖尿病の場合は食後高血糖を起こす恐れがある。また、消化管の通過も早いため高浸透圧性の下痢が生じることも。下痢が生じない場合でも、便の固形量が少なくなり便秘になることもあります。

・過体重でない人が減量目的で完全栄養食を利用する

いくら完全栄養食に含まれる栄養のバランスがよくても、エネルギー量が低く、消費エネルギーを下回ると、体の組織が分解され、血糖や体温維持のために使われることがあります。また、完全栄養食には十分なタンパク質が含まれていますが、エネルギー不足に陥ると、脂肪だけでなく筋肉が分解されることも。筋肉の分解は、基礎代謝の低下や体の抵抗力を下げることにも繋がります。万能なダイエット食と過信するのは禁物です。

以上のように、現時点において完全栄養食だけで全ての食事をまかなうことは、管理栄養士として推奨できません。そもそも毎日必ず栄養バランスのとれた食事だけをとるのは難しいことですから、そうでなくても問題ありません。数日〜1週間程度で大体のバランスをとりましょう。完全栄養食は不足しがちな栄養を手軽に満たせる便利な食品の一つとして、たまに活用するのがおすすめです。

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成田 崇信(なりた・たかのぶ)
管理栄養士、健康科学修士
管理栄養士、健康科学修士。病院、短期大学などを経て、現在は社会福祉法人に勤務。主にインターネット上で「食と健康」に関する啓蒙活動を行っている。猫派。著書に『新装版管理栄養士パパの親子の食育BOOK』(内外出版社)、共著書に、『薬局栄養指導Q&A』(金芳堂)、『謎解き超科学』(彩図社)、監修書に『子どもと野菜をなかよしにする図鑑 すごいぞ! やさいーズ』(オレンジページ)がある。
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(管理栄養士、健康科学修士 成田 崇信)