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日本パラリンピック委員会(JPC)は8月23日、パラアーチェリー選手の重定知佳さんからパリ・パラ五輪の代表を辞退する申し出を受理したと発表した。

同じパラアーチェリー選手の小野寺朝子さんが、ブログに名誉を傷つけるコメントを書き込まれたとして、重定さんに損害賠償を求めていた訴訟で、東京地裁は約124万円の賠償命令を下していた。

重定さんは判決を不服として控訴したが、すでに取り下げている。今回の辞退に伴って、選手の入れ替わりはなく、男子選手との混合種目への出場もなくなるという結果を招いた。

小野寺さんは「競技連盟において早期に適切な対応がなされていれば、この最悪の結果になるまでこじれる必要はなかった」と指摘した。重定さんとはいつか会って話したいと考えている。(弁護士ドットコムニュース編集部・塚田賢慎)

●「厳しい処分ありきで検討されたのでは」

2021年1月、小野寺さんのブログに「東京パラも無理だし代表入りも無理なの気づきませんか?」「ルール違反してない?してるから言ってるんですけど」などと匿名のコメントがついた。

翌年、東京パラ五輪の代表として出場した重定さんが投稿者と判明。今年8月6日、東京地裁は「投稿は卑劣なものというほかない」と名誉毀損を認めて、重定さんに賠償を命じた。

この判決ののち、重定さんを代表に推薦した日本身体障害者アーチェリー連盟(日身ア連)は「推薦は有効だ」とした。一方、JPCは国際総合競技大会への派遣規定に違反する可能性があると判断。

重定さんが控訴した翌日の8月21日、弁明の場が設けられ、処分について検討を進めていたところ、22日になって、辞退の申し出があり、受理したという。

弁護士ドットコムニュースの取材に応じた小野寺さんによると、JPCからの要請を受けて、8月19日夜に東京地裁の判決文を提供したという。「すぐに重定さんの聴取が設定されたので、厳しい処分ありきで検討されたのではないか」と話す。

●「私の軽率な投稿」謝罪文に感じた疑問

重定さんからは、代理人弁護士を通じて、控訴取り下げと謝罪の言葉が伝えられたという。すでに賠償金は支払われた。弁護士ドットコムニュースが重定さん側に取材を求めたところ、8月29日にコメントが届いた。

「私の軽率な投稿により、小野寺朝子選手を傷つけてしまったこと、心よりお詫び申し上げます。一審判決には、一部私の認識とは異なる事実の認定などがありましたので、不服として控訴をしましたが、小野寺選手の負担と私自身の負担に鑑み、控訴を取下げました」

数日のうちに、控訴、控訴取り下げ、代表辞退、謝罪と目まぐるしい動きがあった。

小野寺さんは、重定さんの控訴について「彼女はパリ・パラ五輪の出場とメダル獲得を目標にしていたので、出場のために判決を引き延ばしているのではないかと感じていました」と語る。

「もちろん、控訴は誰にも認められた権利ですので、ルール違反を明らかにしたいという気持ちがあるならば、争ってもいいと思っていました。控訴取り下げのほうが驚きです。負担と言いますが、もしもパリに出られないから控訴を取り下げたのだとしたら、最初から控訴しないほうが良かったのではないでしょうか」

また、謝罪の言葉についてもひっかかる点があるという。

「『私の軽率な投稿』には疑問があります。重定さんは一連の訴訟の中で、私が車椅子で出場したという映像を保有し、裁判で証拠として提出する考えを示しました。

それは2019年12月のものだったので、それほど前から監視されていたのかと思い、正直怖かったです。

だから、軽率というより、恨みのようなものを感じたのが正直なところで、心からの謝罪かはわかりません。とはいえ、重定さんがすでに社会的制裁を受けたことは間違いないと考えています」

●「司法に訴える前に」競技連盟のリリースに驚き

小野寺さんは、中傷の投稿者が明らかになった際に、双方が所属する日身ア連に、競技者等行動規範に基づき、重定さんの投稿を報告したうえで調査や懲戒請求を申し立てた。

小野寺さんによると、それから約4カ月間、返答もなかったので、改めて問い合わせをしたところ、調査に動いていないことがわかったという。

訴訟が終わってから処分を検討するという考えを伝えられた小野寺さん側は、ある大会の場で、連盟の担当者に早期の対応を頼んだこともあったそうだ。

日身ア連のコンプライアンス委員会は、重定さんが控訴した翌8月21日、公式サイトで出したお知らせの中で、「昨今の当連盟所属選手個人間の争い」について「当連盟は今後の事実関係の推移を慎重に見守るべき立場にあります」との姿勢を示した。

同じお知らせの中に、こんな文章がある。

「例えばルール関係で注意をされた際には、司法に訴えたりする前にまずは審判の指示に従うといったスポーツ界における然るべき順序と手段を以て対処してゆかないと、アーチェリー界全体の萎縮が進み、スポーツとしての高潔性を保つことが難しくなってゆく可能性もあります」

「司法に訴えたり」した小野寺さんは、上記のメッセージを、複雑な気持ちで受け止めた。

「連盟は、私が受けた匿名の中傷を、あくまでルールに関する注意であると今でも考えているのでしょうか」

五輪の開催直前で、選手が代表を辞退し、ペアである男子選手も混合競技に出られなくなった。パラアーチェリー界全体としてもマイナスな出来事だろう。

小野寺さんは「投稿者が明らかになったのは2年も前のことです。連盟がしっかり調査に動き、実力者である重定さんであっても、謹慎なり処分をしていれば、その後にまたパリ・パラ五輪に出られた可能性もあったのではないか」と指摘する。

JPCの森和之会長はリリースで「今回の事案は大変残念であります。名誉毀損や誹謗中傷はいかなる場面においても断じて許されるものではありません」とコメントしている。

●直接考えを聞けないか「このまま墓場に行くのは辛い」

小野寺さんは、投稿者が明らかになった時からずっと、できることなら重定さん本人と話したいと思っている。2人は同じ競技者だが、あいさつ程度の関係で、深い接点はない。

「お互いに大変だったと思います。詳しい動機も知りたいです。このまま会えずに墓場まで行くのは辛いなと思っています」