「中国AI」はChatGPTを超えるか?驚く実態(中編)
中国で盛り上がる、生成AI市場について掘り下げていきます(写真:freeangle/PIXTA)
実は中国はAIの論文数及び特許数において世界最多を誇る。
中国がアメリカと並ぶAI大国であることに異論はないだろう。
ところが、中国AIの「本当の」現状を把握するのはなかなかに難しい。
理由は2つ。ひとつは、中国国内のネットユーザーは、グレートファイアウォール(金盾)によって、ChatGPTなどの海外のAIサービスを使用できないこと。
そしてもうひとつが、海外のユーザーも中国のAIサービスを使用するには、中国国内の電話番号を持っていないと使用できないケースが多いことにある。
そのために、AI大国である中国のAIの現状が、内側からも外側からも正確に捉えられていないというわけだ。
そこで、北京でインターネット広告会社を4年間経営し、北京大学MBAにも通う岡俊輔氏が、「中国AIのリアルな現在地」の実像に迫ったレポートをお届けする。
*この記事の前半:「中国AI」はChatGPTを超えるか?驚く実態【前編】
*この記事の続き:「中国AI」はChatGPTを超えるか?驚く実態【後編】
激化する中国版「ChatGPT」市場
この記事の前半(「中国AI」はChatGPTを超えるか?驚く実態【前編】)では、急成長する中で、アメリカに迫りつつある中国の生成AIについて紹介しました。
今回の【中編】では、中国企業が実際に提供している具体的な生成AIサービスの内容や、盛り上がる生成AI市場について掘り下げていきます。
アメリカ・OpenAI社「ChatGPT」のようなテキスト系生成AI。
中国大手では、バイドゥの「Ernie Bot(アーニー・ボット、文心一言)」、アリババの「Tongyi Qianwen(トンイー・チェンウェン、通義千問)」、テンセントの「Hunyuan(ホンユァン、混元)」、バイトダンスの「Cici(シシ、豆包)」がよく知られています。
スタートアップ企業だと、ムーンショットAIの「Kimi(キミ)」が急速に台頭してきています。
なかでもバイドゥの「Ernie Bot」とスタートアップの「Kimi」のクオリティが高く、よく利用されている印象です。
では、「Ernie Bot」「Kimi」「ChatGPT」の3つに、「日本の東洋経済というメディアの特徴と今後の展望を、ユニークな視点で150文字以内で日本語で説明してください」と指示を出したら、どのような返答を生成してくるでしょうか?
バイドゥ「Ernie Bot」の場合
「デジタルの魔法使い」という表現は確かにユニークですね。
かなり的を射た内容になっている
次の「Kimi」はどんな表現を使ってくるでしょうか?
ムーンショットAI「Kimi」の場合
「ユーザーと直接つながるコミュニケーションを重視」と、かなり的を射た内容になっているのではないでしょうか。
では、最後に「ChatGPT」です。
OpenAI「ChatGPT4.0」の場合
いかがですか? 実際に比較してみると、中国製生成AIもそこまで悪くないのではないでしょうか。
このように日本語を含む多言語に対応し、料金は基本的に無料です。
「Kimi」は「WeChat」内のアプリで使用することができ、「WeChat」と連携されているので、そのまま回答内容を友人に送付できるのも魅力のひとつです。
「面倒なパワポ作成」もAIが肩代わり
また、バイドゥは「Ernie Bot」の生成AI技術を利用して、自社傘下にある中国最大のオンラインドキュメント共有サービス「百度文庫」に、「百度文庫AI」というスマートで便利なドキュメントサービスを加えました。
どこが便利なのかというと、高度なテキスト処理・生成にとどまらず、パワーポイントの生成が可能である点です。
百度のAIによるパワーポイント生成(画像:筆者撮影)
「百度文庫AI」に作成したい内容をテキストで記入したり、ワード文書を読み込ませたりすると、自動でデザインやイメージ画像を生成し、内容に沿ったパワーポイントを作成してくれます。
パワーポイントの完成までは、わずか数分。クオリティもかなり高く、中途半端なスキルのビジネスマンのパワーポイントよりも、はるかにキレイで整った資料を作成できます。
今後、あらゆるシーンで活用されることは間違いないでしょう。
ただ、「百度文庫AI」が残念なのは現時点では中国語にしか対応していないことです。英語や日本語を読み込む精度は高くありません。
どうしても外国語で使いたい場合は、まずは中国語の原稿で読み込ませてパワーポイントが完成したあとに、テキスト部分を外国語に差し替えることで使用できます。
盛り上がる「中国の動画生成AI市場」
動画生成AI市場も盛り上がりを見せています。
特に、短尺動画最大手の1社である快手(クアイショウ)が、2024年6月にリリースした生成AIサービスの「Kling(クリング、可灵)」は、クオリティがとても高く、中国のみならず日本を含む世界中で話題になりました。
動画のシナリオを入力すると、それに応じてAIが動画を生成してくれます。
承認制であるために、使用できるまでに時間がかかるものの、瞬く間にユーザーを増やしています。
「Kling」のユーザー数については、具体的な数字は公開されていません。
ただ、快手は1日あたりのアクティブユーザー数が3.63億人という、巨大なプラットフォームであることから、非常に多くのユーザーに利用されていることが推測されます。
「Kling」の強みは、高度なシミュレーション力と、アジア系の顔の再現力です。
高度なシミュレーション力については、動きや物理的な挙動をリアルに再現することが可能です。宇宙飛行士の動きや自然環境の変化などを精密にシミュレートできます。
また高度なアジア系の顔の再現力については、日本を含むアジア圏での利用に適しています。
短所は、現在のところ、生成できる動画の長さは最大で5秒程度と制限されていることですが、今後のアップデートでの改善が期待されています。
スタートアップ業界も大いに盛り上がっています。
私が通う北京大学MBAの同級生にも、動画生成AIの業界でFilmactionという会社を起業した学生がいたので話を聞いてきました。
「OpenAI社に迫る中国スタートアップ」は?
Jessy社長講演での登壇風景(写真:Filmaction社提供)
社長のJessyは北京大学でMBAを取得後、MITでデータ工学を学び、世界トップ500社のひとつであるドイツ鉄道(Deutsche Bahn)で企業のDX化業務を経験しながら、兼業で映画・テレビ業界に10年以上携わっています。
動画生成AI会社「Filmaction」の会社ロゴ(画像:Filmaction社提供)
CTOの胡さんも、中国のトップ大学である清華大学の出身です。
動画生成AIの業界で、世界的に有名なのが「ChatGPT」を運営するOpenAI社の「SORA」です。
CTOの胡さんが清華大学・北京大学・中国科学院を卒業した博士チームを率いて構築したのが、「SORA」を模した生成AIモデル「FANTASY」です。この「FANTASY」による動画生成AIが、Filmaction社のメイン事業となっています。
AIによるスタイル変更エフェクト調整(画像:Filmaction社提供)
技術的には「SORA」にひけを取らないレベルまで達しつつあり、それに加えて映像コンテンツ業界にいた創業メンバーが多いことが強みのFilmactionは、ただプロンプトを忠実に再現するだけでなく、より美しい映像を追求していることが競争優位性になっているそうです。
また、実写の映像だけでなくアニメーションを生成することも可能です。
AIによる人物の表情調整(画像:Filmaction社提供)
創業からの1年半の間に、外部資金の支援なしにすでに法人向けと個人向けサービスの両方を軌道にのせ、社員も20名ほどの規模になっています。まさに、生成AIブームの流れが後押しした急成長企業です。
画像の画質(画像:Filmaction社提供)
さらに、中国の「2023極新AIGC業界サミット」でTop20企業に選ばれ、バイドゥ主催のFeijiangハッカソンの人気賞、アリババクラウド主催のAIハッカソンのクラウド創新賞、といった賞を受賞しています。
大手企業を含む、多くの受注も受けており、PCメーカー・レノボが中国PCにデフォルトで搭載しているAIアプリケーション一覧に、他の大手AIサービスと並んで掲載されています。
今後は日本を含むグローバル展開も視野に
中国のほとんどすべての生成AIサービスは、中国の電話番号が必須です。それに対しFilmaction社はグローバルを意識していることもあり、電話番号なしで使用することができます。
現在は中国国内案件で手一杯とのことですが、今後は日本を含むグローバル展開も視野に入れていくとのことです。
この激しい競争を生き残り、未来のスタンダードを勝ち得るのはどこのサービスなのか、その行方を楽しみに見守りたいと思います。
この記事に続く【後編】では、中国AIの本丸ともいえる製造業の取り組みについてお話ししていきます。
*この記事の前半:「中国AI」はChatGPTを超えるか?驚く実態【前編】
*この記事の続き:「中国AI」はChatGPTを超えるか?驚く実態【後編】
(岡 俊輔 : 中国在住経営者 北京大学MBA23期生)