『審判はつらいよ (小学館新書 474)』鵜飼 克郎 小学館

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 世界中で愛される多種多様なスポーツの数々。競技によってルールも異なり、それぞれが独自の魅力を持っている。2023年3月には野球の世界大会「2023 WORLD BASEBALL CLASSIC」(通称WBC)、2024年7月からはフランス・パリにて夏期オリンピック、2026年にサッカーの世界選手権大会「FIFAワールドカップ2026」と、スポーツの話題には事欠かない。

 どのようなスポーツを行う上でも必要不可欠なのが、"審判"の存在だ。審判による公正・公平なジャッジがなければ、競技を成立させることは難しい。一方で、審判そのものの活躍が注目されることはそれほど多くないだろう。今回紹介する『審判はつらいよ』(小学館)を読むと、普段話題になりづらい審判の苦労や仕事の裏事情が垣間見えてきた。

 著者の鵜飼克郎氏は、週刊誌の記者としてスポーツ界を長年取材してきた人物。彼はあらゆる競技の審判たちを、次のように捉えている。

「審判員は絶大な権限を持つ代わりに、『絶対間違いが許されない』という立場に置かれる。正しくても褒められることはなく、間違えれば大ブーイングを浴びる。審判員はつらい任務だ」(同書より)

 実際、ジャッジの精度が審判としての人生に大きく影響することがある。例えば日本のプロ野球リーグであるNPBでは、審判員としての契約更新時に誤審の多さがネックとなってしまった事例もあった。

「あくまでも実力の世界です。プロの審判として通用しないとみなされれば、翌年の契約更新時にお払い箱になる」(同書より)

 こう語るのは、NPBで審判を38年間務めてきた橘郄 淳氏だ。長年業界に身を置いてきた彼は、個人事業主であるNPBの審判員たちを取り巻く環境の厳しさを痛感してきたという。

「一軍に上がれないまま辞めていった審判員をたくさん見てきました。一軍のゲームに出るようになっても、誤審が問題となって契約延長されなかった審判もいました。ミスは誰にでもありますが、『同じようなミスが多い』『ミスの原因は何か』『改善される見通しが低い』といった評価を経て、契約が更新されるかどうかの判断が下されるのです」(同書より)

 現在NPBの審判員を目指す場合は、審判員養成スクールのプログラムに参加することが必須条件である。そして参加者から選ばれた数名が育成対象となり、実務経験を積んだのちに正式な審判として活動できるようになるのだ。

 プロ野球選手だった人が審判へと転身するケースはめずらしくない。一方近年では時代の流れとともに、プロ経験はないものの審判を目指す人も増えているそうだ。NPBの審判員に明確な定年はないが、一般的に定年となる年齢まで審判員として活躍し続けられるかは個人の努力と適性にかかっていると言えるだろう。

 ジャッジの基準がすべて厳密に定量化されていれば、誰が審判だったとしても同じような判断が下されるかもしれない。しかし実際問題としてスポーツにおける判定には、審判員のセンスをはじめ一概に定義しにくい基準も関わる。特にパフォーマンスの難易度や完成度、美しさなどを見る採点競技で、誰もが妥当だと感じるジャッジを下すのは簡単なことではない。

 飛び込み競技の元五輪代表選手で、引退後は指導者・審判員として活躍した馬淵かの子氏曰く、飛び込みの審判には等級がある。そして昇格時には採点内容の妥当性が考慮され、他のジャッジがつけた点数との間に著しい差があれば、審判員自身の評価にも影響する。

「"この難易度でこの演技なら何点"という基準はありますが、審判員にはある程度の採点幅が認められています。ただし、大きく逸脱する採点が多いと、"もう1年、B級を担当してください"と、昇格が見送られることがあります

これはセンスの問題だと思います。審判歴が長いにもかかわらず、他のみんなが6.5点を出しているところで、1人だけ4.5点をつけてしまう審判はいます。誰にも年に1回くらいはそういうことはあるんです。

ただ、いつも他の審判員と乖離があれば、やはり評価は低くなってしまいます」(同書より)

 なお、飛び込み演技のジャッジには選手に対する審判の心証も少なからず関係するという。

「審判員に嫌われたら0.5点は損します。その程度の差は審判員の裁量です。審判員に笑顔で挨拶できるだけでも違う。例えば"7.0点か7.5点かで迷うような演技"の場合、そうした心証で0.5点の差がついてしまうこともあるわけです」(同書より)

 競技のルールを熟知してもなお、感覚的な基準を駆使し経験を積まなければ審判として評価されないという厳しい世界。観客から「できて当たり前」と言われることが常にできる人材というのは、決して"当たり前"の存在ではないのだ。

 オリンピックをはじめ、スポーツの試合は世界中で行われ頻繁に話題にあがる。これからは選手だけでなく審判の活躍にも注目してみると、競技を新たな角度から楽しめるのではないだろうか。