「糞便汚染」が懸念されるセーヌ川でパリ五輪の水泳競技は安全に行えるのか?
フランスで開催されている2024年パリオリンピックでは、セーヌ川の水質汚染の問題でトライアスロンの公開練習が中止されたり、競技の実施が延期されたりしています。巨額の費用を投じて浄化が行われたセーヌ川での競技に臨む選手らの安全性について、専門家が論じました。
Paris 2024 Olympics: is open-water swimming in the Seine safe?
◆セーヌ川の現状
イギリス・ラフバラー大学でスポーツと環境学を研究しているジェイミー・ウィルクス氏とロイス・ムージャン氏によると、1923年から遊泳が禁止されているセーヌ川での野外水泳競技は、水質の安全基準の問題で一時開催が危ぶまれたとのこと。
この問題は、パリ周辺地域の人口が1230万人に達しているのに対し、セーヌ川は水量が少ないため汚染物質を十分に希釈できないことに起因しています。この地域に降った雨は、道路や畑などを流れて下水道システムに入りますが、その途中で油や重金属、動物の排せつ物や農薬などが混じります。
そして、家庭や事業所から出る未処理の排水と混ざり、下水の流れが処理施設の能力を圧迫します。そうなると、逆流を防ぐために未処理の汚水が200カ所ある排水溝からセーヌ川に排出されることになります。この問題は、一般に「合流式下水道越流水」と呼ばれています。
この現象が発生すると、川が濁って溶存酸素が減るとともに、大腸菌の濃度が高くなります。ウィルクス氏らによると、激しい暴風雨が発生すると、セーヌ川の大腸菌とエンテロコッカス菌(ヒトや動物の腸内に存在する常在菌)のレベルが乾燥した時期のほぼ100倍に達することもあるそうです。
川の水質は気候変動によってさらに悪化する危険があり、夏季、特に6〜7月には短時間の激しい豪雨が増える見通しです。
◆当局の対策とその効果は?
地元当局は、セーヌ川の水質を改善するためにさまざまな取り組みを実施しており、フランスがオリンピックの開催地になることが決まった2016年以来、市の計画には14億ユーロ(約2310億円)が投じられています。これを、オリンピックとパラリンピックで開催される野外水泳競技とトライアスロンの選手の人数で割ると、1人当たり520万ユーロ(約8億6000万円)になります。
この資金は主に、Marne Aval下水処理場とSeine Valenton下水処理場の改修に使用され、これによりセーヌ川に流入する未処理の下水の年間量は2003年の9000万立方メートルから2018年には1500万立方メートルに減少したと推定されています。
by Enguerran Fouchet
市はまた、下水をためて下水道システムの負荷を減らすオーステルリッツ貯水池をパリの地下に建造したほか、セーヌ川に直接下水を流しているパリの2万世帯の家屋が排水システムを更新するため、6000ユーロ(約100万円)の助成金制度を設けました。また、セーヌ川に係留されているすべての船舶に対し、船を下水道に接続して未処理の下水を投棄しないようにすることが義務付けられました。
こうした努力にもかかわらず、2023年に実施されたオリンピック前のテストイベントでは、7月28日の大雨により大腸菌レベルが急上昇し、ふん便の濃度が安全限度を超過しました。これにより、8月5月に開催予定だったオープンウォータースイミングのワールドカップは中止を余儀なくされています。
◆アスリートの健康への影響
2019年の研究によると、野外水泳競技の選手が汚染された水域で泳ぐと、胃腸障害、目や皮膚の感染症、呼吸器疾患を患う可能性があるとのこと。特に、激しい競技やトレーニングで選手の免疫が抑制されると、リスクは一層高いものになります。
こうしたリスクは、汚染された水への暴露を最小限にすることで低減することができますが、オリンピックのようなハイレベルな競技では完全な対策は困難です。実際に、1997年の調査ではトライアスロン選手の75%が「水を飲み込んでしまった」と回答していることがわかっています。
オリンピックに臨む選手らは、こうしたリスクを十分に承知した上で、出場を決めています。例えば、2024年パリオリンピックのマラソンスイミングでイギリス代表となったトビアス・パトリック・ロビンソン選手とヘクター・パードー選手は、いずれも「どんなリスクがあっても泳ぐ」と表明しているとのこと。
ウィルクス氏らは末尾で「異常気象はセーヌ川の水質と、オリンピックを安全に開催する能力を脅かしています。アスリート、主催者、チームマネージャーは一丸となって健康リスクを抑制し、今回のオリンピック競技の完全性を保ち、競技者が不愉快な思いをしないようにしなければなりません」と述べました。