国際指名手配から14年も経ち……

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 反捕鯨の73歳のカリスマが、短い夏を迎える北緯64度の港町に拘束され続けている。舞台はデンマーク領グリーンランドシー・シェパード(SS)を創設し、今は別の反捕鯨団体を率いるポール・ワトソン容疑者が日本の捕鯨船団を妨害した容疑でデンマーク当局に捕まり、日本への身柄移送手続きが進んでいる。

「海の英雄」「真の環境保護活動家」を救え――などと反捕鯨国の欧米諸国やオーストラリアでは日本バッシングが沸き上がっているが、ワトソン容疑者は環境保護や動物愛護をうたって、目的達成のために過激で非合法な行為に走る「エコテロリズム」を世界に広めた張本人だ。今夏も日本の捕鯨への攻撃態勢を整えていた。【佐々木正明/ジャーナリスト・大和大学社会学部教授】

【写真】英雄然として捕鯨妨害を続けるポール・ワトソン容疑者。彼を支援する大女優のショットも

フランスでは50万人のワトソン解放署名集まる

「#FreePaulWatson」といったハッシュタグに象徴されるワトソン解放運動が最も沸き上がっているのは、ワトソン容疑者がかつて約1年の逃亡生活を続けたフランスだろう。ブリジット・バルドーら著名俳優らが公の場に登場して、「恥を知れ、日本」などの批判を展開。ネット上では「日本への引き渡しは死刑宣告」などとして、マクロン政権に対し、ワトソン容疑者の身柄拘束を決断したデンマーク政府に釈放するよう呼びかける嘆願運動が開始され、すでに50万人以上の署名が集まっている。

国際指名手配から14年も経ち……

 その結果、世論の高まりを受けたマクロン政権も動き出し、エリゼ宮は「大統領が状況を注視している。フランスはワトソン(容疑者)が日本に引き渡されないよう、デンマーク当局に働き掛ける」と声明を出した。

 ワトソン容疑者が世界中にその名を知られるようになったのは、2008年にアメリカの有料チャンネル・アニマルプラネットで始まったシリーズ番組「Whale Wars(クジラ戦争)」が各国で配信されるようになったからだ。撮影班をシー・シェパードの抗議船に同乗させ、エコテロ行為の様子を実況するリアリティー番組で、ワトソン容疑者はカメラの前で何度も迫真の演技を見せた。

 シーズン1では、ワトソン容疑者が捕鯨船を警護するために同乗した海上保安官から狙撃され、胸のバッジに弾がたまたま当たって九死に一生を得たとするフェイクシーンまで映し出されている。厳格な銃使用規制を敷く海上保安官が船から発砲するなどありえないとして日本では一笑に付されるかもしれないが、日本の捕鯨に批判的な人たちにはこのシーンは一定の真実として受け止められた。番組は反捕鯨国で大きな反響があり、実際、アニマルプラネット史上歴代2位(当時)の視聴率を稼ぎ出した。

 しかし、「Whale Wars」は南極海で抗議船ごと捕鯨船に体当たりしたり、捕鯨船にビンに入った酪酸弾を投げつけたりするなどの危険なエコテロ行為を「正義」と映し出す問題点の多い番組だった。団体の存在感を強め、寄付金をより多く集めようとするワトソン容疑者の策略に乗っかってエコテロリズムを助長し、荒稼ぎしたアニマルプラネットの道義的責任は大きい。

 実際、「Whale Wars」を見て、ワトソン容疑者のように「海の英雄」になろうと来日し、イルカ漁が行われている和歌山県太地町で反社会的行為をする外国人活動家が増えたことは事実だ。太地町ではモニュメントが破壊されたり、網が切られたりしてもする事件が起きている。

世界中でエコテロを繰り返す

 カナダで生まれたワトソン容疑者は国際環境保護団体「グリーンピース」の元メンバーで、グリーンピースのやり方が手ぬるいとして脱退した過去がある。1977年にシー・シェパードを設立。ワトソン容疑者は海洋保護や動物愛護に意欲のある若者たちをそそのかしてメンバーや活動資金を募り、世界中でエコテロ行為を起こしてきた。

 シー・シェパードは「武装環境保護団体」とも言われた。1979年にはポルトガル沖で捕鯨船に体当たりして航行不能に。1986年には伝統捕鯨が行われているデンマーク領フェロー諸島で抗議船を用いて妨害活動を行い、警備のために近づいてきた海保当局のゴムボートにガソリンをまき、照明弾を発射して燃やそうとした。

 1986年11月にはワトソン容疑者の命令を受けて2人のSS活動家が捕鯨国アイスランドに入国。2人は鯨肉加工施設の内部を破壊し、捕鯨船を沈没させたが拘束には至らず、国外へ逃亡した。当時のアイスランド首相は声明を出し、「この破壊活動はテロリストの仕業だ」と訴えた。

 米FBIは国内でエコテロが猛威を振るっていた2002年、これを抑止しようと捜査官が米議会委員会で証言し、シー・シェパードが商業的漁業を襲撃するようになってから「この地球上に『エコテロリズム』活動が出現した」と指摘した。

「犠牲者のふりをしろ」ワトソンの奥義

 こうした数々のエコテロ行為に及んでも違法行為をしたことはない」とうそぶくワトソン容疑者の思考回路をよく表している言葉がある。

 1993年、ポール・ワトソンが42歳の時に書いた、「地球防衛戦士」になるための指南本『EARTHFORCE!』には36か条の教えとしてこんなメッセージが記されている。いくつかを紹介したい。

「相手の目標達成に向け、得点を稼ぐために、常に相手のトラブルにつけこめ」(第5条)

「自分の意図や動向については偽情報を流せ」(第6条)

「相手の目の前で作り話をでっちあげ、それが真実であると相手が信じるような手がかりを残しなさい」(第7条)

「戦略家は偉大な目標を成し遂げるために、犠牲者を作ることも覚悟しなければならない」(第11条)

「利用できる有益な材料やソースを探し、その情報を活用せよ」(第12条)

「実在する神話をつまんで、自分自身の伝説を創造せよ。派手派手しいドラマを演出し、相手をだましなさい」(第29条)

「人々の信頼を勝ち得るために、犠牲者のふりをしなさい」(第34条)

 この奥義にこそ、ワトソン容疑者の行動の真骨頂が映し出されていると言えまいか?

 また、ワトソン容疑者の哲学には、「グリーン・アナーキズム」とも称される原理主義思想が根付いている。2002年、全米規模の動物愛護関連の催しにゲストとして呼ばれたワトソン容疑者は壇上に立ち、こんなことを言った。

「人の財産を破壊することは暴力ではない」

「勝ち続ける以上、テロリストであることは何の間違いでもない。あなた自身が歴史を書き換えたらいい」

 2年後の同じ大会では、米FBIにエコテロ団体としてマークされている「動物解放戦線」をこう擁護してみせた。

「私は動物を救うために、実験室に侵入する者たちを全面的に支援している。命を救うためには何でもしなければならないとする者たちも全面的に支援する。なぜなら正義は法律の上に立つのだから」

「我々のメッセージを伝えるために、漁師たちを死ぬほど怯えさせることを続けようではないか」

 ワトソン容疑者は2003年に当時の妻や右腕の活動家を和歌山県太地町に派遣して以来、日本の捕鯨やイルカ漁を妨害することを活動の柱とした。日本の「漁師を死ぬほど怯えさせる」ことができれば、自らを「救世主」「海の英雄」とアピールでき、人も金も集まるうま味を見つけたからだ。

ドイツでは逃亡 保釈は認められず

 2011年に61歳を迎えたワトソン容疑者はニューヨーク・タイムズの記者のインタビューに応じた際にはこう言い放った。

「もし私がエコテロリストと言われたらこう言い返すよ。私を逮捕して黙らせたらいい。何の手配も受けていないのだから」

 ワトソン容疑者が日本政府の要請に基づき、国際指名手配されたのは2010年。当初は加盟国に「犯罪に関連していないか追加情報の提供を求める」青手配だったが、2012年、逮捕されたドイツで保釈中に国外逃亡したことで、加盟国に身柄拘束を求める赤手配に格上げされた。

 今回の身柄拘束で、グリーンランドの地方裁判所は逃亡の恐れがあるとして保釈を認めなかった。これまで傍若無人に振る舞ってきた行為の「ツケ」を突き付けられたと言えよう。

 環境保護と動物愛護を訴え、社会に変革をもたらす運動と、人類を傷つけても良いとするエコテロリズムとの間には、明確に越えてはならない一線がある。

 過激な違法行為を続けるワトソン容疑者は、穏健で、地道に訴え続けてきた反捕鯨運動、動物の権利運動に携わる人々の努力や信用性も毀損していることを強調したい。

佐々木正明(ささき・まさあき)
ジャーナリスト、大和大学教授。岩手県一関市生まれ。大阪外国語大学ロシア語学科(現・大阪大学)卒業後、産経新聞社入社。モスクワ支局長、リオデジャネイロ支局長を経て、運動部次長、社会部次長などを歴任。2021年より現職。8年前はウクライナのマイダン革命やロシアによるウクライナ併合を現地で取材した。専門分野はロシア・旧ソ連諸国情勢、国際情勢に加え、オリンピック・パラリンピック、捕鯨問題などにも詳しい。単著に『シー・シェパードの正体』、『環境テロリストの正体』、『「動物の権利」運動の正体』など。

デイリー新潮編集部