NHK公式YouTubeチャンネルより

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NHKスペシャル」や「クローズアップ現代」などで、NHKは“未成年者の性被害”の問題に力を入れて報道している。SNSを使った分析など最新の調査報道を駆使し知られざる事実を掘り起こしたほか、被害が広がる背景に巨大プラットフォーム企業の体質があると、規制の必要性にまで踏み込み、問題提起している。(水島宏明・ジャーナリスト/上智大学文学部新聞学科教授)

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【画像】「パンツとかまったく見えない子のほうがよくて…」NHK取材班が潜入した”オフ会”の模様

 6月19日、参議院本会議で“日本版DBS”を導入する法案が可決され、成立した。子どもに接する仕事に従事する際には、その人物の性犯罪歴を照会できるようにする仕組みで、日本では画期的といえる制度だ。このタイミングでのNHKの一連の報道は、日本版DBS導入を受けてのものと推察できるが、その第1弾ともいえる番組が、6月8日放送の「NHKスペシャル」の「調査報道・新世紀 File3 子どもを狙う盗撮・児童ポルノの闇」(前編)だった。

NHK公式YouTubeチャンネルより

断片的なニュースではわかりにくい“子どもへの危険”

 昨年8月に大手学習塾・四谷大塚で、塾講師の男が小学生の教え子たちの下着を盗撮し逮捕された事件。男は、盗撮した動画をSNSで共有していた。NHKの取材班は男と手紙でやり取りを行い、「盗撮などの犯行はSNSのコミュニティの存在に後押しされた」という証言を引き出した。

 実際にそれらのサイトを覗いてみると、子どもたちを盗撮した性的な動画や静止画が次々とアップされていた。チャットには「JKのスカートの中には夢と希望が詰まっています」「可愛いし、生足美味しそうでした」「〜〜(盗撮された未成年)のことレイプしたい人いるのかな」「はあーい」などのやりとりが続く。

 この元塾講師に限らず、中学校の教師、児童相談所の職員、警察官、自衛官らが未成年への盗撮行為やわいせつ行為などで逮捕される事件が相次いでいる。その背景に広がるのは、子どもを性的な搾取の対象としたSNS上のこうした「闇」だ。

「調査報道新世紀」シリーズは、従来型の調査報道よりも“一歩先を行く新しい手法”を使って、知られざる事実を明るみに出そうとする番組群である。これまでのNHKの報道番組を超えた試みが見られる。

ネットパトロールする市民団体との連携

 その一つが、市民のボランティアグループとの連携だ。報道機関がいろいろな団体と連携すること自体は珍しくはないが、今回NHKは、盗撮や児童ポルノのネット上の被害について熟知する市民団体と積極的に連携することで、新しいスタイルの調査報道を試みていた。

 ネット上で子どもの性被害を探し出して通報する活動をしている「ひいらぎネット」の永守すみれさんに協力してもらい、取材班はSNS の盗撮コミュニティへの「潜入取材」を試みる。「子ども好き」の架空の設定のアカウントを作り、「違法な動画・画像を求めない、送らない、犯罪を誘発しない」など弁護士の助言に従った厳格なルールの下でそれを運用、盗撮コミュニティに潜入していった。コミュニティは様々な隠語が飛び交う。盗撮者を意味する「鳥師」、自分で撮影した独自の動画・画像を指す「オリ」、スカートの中盗撮カメラをまたいだ映像は「逆さ跨ぎ」、生ビールの絵・パンの絵に“摘みました”は「生のパンツ撮影しました」といった具合だ。

 女子高生の盗撮動画と、個人を特定できる情報が併せて販売されているケースもあった。永守さんは、動画に写っている制服や建物などを分析し、被害者が通う学校や撮影された場所を絞り込んでいった。こうしたネット上の公開情報を元に調査報道を進める手法は“オシント”(OSINT=Open Source Intelligenceオープン・ソース・インテリジェンス、または Open Source Investigation)と呼ばれ、最近様々な報道機関で注目されている。永守さんの手法は、その初歩的なものといえるだろう。結果として、地元の学校や警察などに注意を喚起することができた。

身分を明かさずにSNSの盗撮コミュニティの“オフ会”に潜入取材

 取材班は、メンバーが実際に顔を合わせる“オフ会”にも参加し、隠しカメラでその様子を撮影していた(この取材も弁護士と相談して「聞き役に撤する」というやり方に終始していた)。取材班の一人が、30代の会社員や20代のフリーターなどの参加者と盗撮経験などについて語り合う場面がある。

(30代主催者)
「(盗撮した少女に対して)こんな恥ずかしいもの見られて大丈夫?っていう征服感みたいなものがある」

(30代会社員)
「自分だけ見てやった感もでかいですね」

 主催者は既婚者で、捕まることを恐れこれまで何度もやめようとしたという。

(30代主催者)
「朝ピンポンが鳴るんじゃないか。警察が来るんじゃないか。宅急便のピンポンも怖くなっちゃう。やめたいですよ、やめられるなら、家庭もあるし、バレた瞬間…」

(20代フリーター)
「家庭が終わりますよね」

(30代主催者)
「機材何回も捨てているし。スマホも捨てている。でもまた買っちゃうんですよ」
「目の前にJKが通りました、この子、生確定ですってなった瞬間にもう違うスイッチがパチンと入るんです」

元塾講師は元スイミングスクールのインストラクター、保育士ら他の犯罪者とコミュニティでつながった

 元四谷大塚の塾講師への取材では、別のわいせつ動画を撮影したスイミングスクールのインストラクターや、同じようにわいせつ動画を撮影した保育士らとつながった過程をたどった。塾講師の男は、彼らに触発されて「自分もやってみたい」と考えるようになり、犯行が次第にエスカレートしていったという。被害者は12人に及び、元講師には今年3月、撮影罪や児童ポルノ禁止法違反などで懲役2年、執行猶予5年の有罪判決が下された。

 元講師がSNSを通じて入手した児童ポルノを見ると、子どもが直接的な性被害にあう様子が撮影されているケースも見つかった。小学生の女児が「11歳〜〜カップです」と自分で身体を見せている動画や、ショッピングセンターと思しきトイレで、小学生くらいの男の子が性器を触られている動画などだ。

 元塾講師は、取材班への手紙に被害者への謝罪の気持ちを記しつつも、SNSコミュニティへの断ち切れない思いも、こう吐露している。

「小児性愛者と知り合い、『もう一人じゃない』と言われた時のうれしさ、心強さ、安堵感は忘れません…」

日本版DBS法案の成立のタイミングで大きく報道

 日本版DBS法案が成立した6月19日、その夜に放送された「クローズアップ現代」では、この制度を特集し、「抜け穴」がある実態を明らかにしていた。

 それは、学校や認可保育所では制度への参加が義務になっているものの、学習塾や学童クラブ、スポーツクラブなどでは参加するかどうかは任意であり、参加するかどうかは事業者に判断が委ねられている。

 番組では、中学校の教師から性加害を受けた女性が登場した。教師は逮捕・略式起訴されて懲戒免職処分になったが、処分の後、1年も経たずに学習塾を開業していたという。DBSに参加するかどうかは任意となるケースだ。

 トイレにカメラが仕掛けられ被害にあい、苦しむ子をもつ母親も取材に応じていた。この事件では塾の経営者による犯行だったが、「子どもを傷つけた人がまた何食わぬ顔をして子どもの教育に関わる仕事に就ける…。この法律は誰を守る仕事なのか」と疑問を呈していた。

調査報道メディアとNHKが共同で取材 Tansaの辻記者を前面に出して

 6月15日放送の「NHKスペシャル 調査報道・新世紀 File3 子どもを狙う盗撮・児童ポルノの闇」(後編)は、児童ポルノ映像などの被害防止策が、プラットフォーマーと呼ばれる巨大IT企業の経営判断で放置されている疑惑に迫った。

 この放送でNHKの取材班がタッグを組んだのが、ネット上で調査報道の記事などを発表している調査報道メディアTansaだ。編集長の渡辺周さんは、かつて朝日新聞で福島第一原発事故などの調査報道を手がけた敏腕記者で、筆者も大学の授業にたびたび来てもらっている。彼の同僚の辻麻梨子記者も加わってNHKとの共同取材班は結成され、番組では辻記者を前面に出す構成で放送していた。

 SNSの盗撮コミュニティでは、子どもたちの動画や画像に値段がつけられ、様々なかたちで売り買いされている。ビジネスとして金儲けの手段になっている実態があるのだ。

 こうしたコミュニティで繰り返し出てくる言葉が「アルバムコレクション」だ。これはアプリの名称で、アップストアの写真・ビデオ部門ランキングで1位になったこともある。このアプリが盗撮など、子どものわいせつ動画の共有や販売に使われ、児童ポルノの温床になっている。

 このアプリは権利が売買され、運営者が頻繁に変わっていた。Tansaは2年前から調査報道を進め、オンライン記事を発表してきた。ITの知識や技術に精通したホワイトハッカーに接触し、プログラムの分析を依頼。すると「アルバムコレクション」の前に「写真カプセル」や「動画コンテナ」という名前のアプリで、サービスが引き継がれてきたことが判明した。この2つのアプリは、ユーザーが児童ポルノ禁止法違反で逮捕され、終了してきたサービスである。

 過去の2つのアプリを運営していた会社を調べてみると、シンガポールに住むT氏という日本人に行きついた。4年前にマレーシア在住のN氏に譲渡したという。N氏はさらにS氏と日本人2人に譲渡。N氏の会計事務所によれば、年間億単位の取り引きがあったという。

 では、こうしたアプリを販売しているアップルの責任はどうなるのか。悪質な児童ポルノの動画が売買されることでアルバムコレクションは利益を上げ、その収益の一部は間接的にアップルに入る仕組みになっている。児童ポルノで子どもたちを性的に搾取して利益を上げているビジネスを追っていくと、こうした巨大プラットフォーム企業のありように行きついていく。

責任をとろうとしない巨大プラットフォーム企業

 Tansaの辻記者は、堪能な語学力を駆使しアップルのアプリ審査部門の統括をしていた元幹部にもインタビューを敢行。「アップルはアプリを承認する時は厳格な審査を行うが承認した後のチェックは重視していなかった」という証言を引き出していた。

 こうした巨大プラットフォーマーに対して責任を問う声は、世界各地で日増しに強まっている。たとえばメタ社では、13歳から15歳の子どもたちの8人に1人が、1週間で性的な嫌がらせを受けているという実態を内部調査で把握していたという。しかしザッカーバーグCEOら上層部は調査結果を公表せず、対策を取ろうとしなかったという。元幹部のアルトゥロ・ベハール氏はメタを退社し、米議会の公聴会などでこの事実を告発した。ザッカーバーグ氏らを批判する声が強まっている。

 2022年に成立したEUデジタルサービス法や2023年成立のイギリスオンライン安全法は、児童ポルノなど違法な情報の削除対応や有害情報からの未成年の保護を義務づけ、違反には企業側に巨額の制裁金を定めている。

 児童ポルノの恐るべき実態の画面を関係者に見せつつ、規制すべきではないのかと問うたTansaの辻麻梨子記者。巨大プラットフォーマーと対峙する姿勢は冷静で的確ながら、その裏には子どもたちを性的に搾取するシステムへの怒りが見え隠れし、共感をおぼえた。報道機関が闘うべきは、こうした実態を止める技術力もありながら、積極的に動こうとしない巨大企業だ。そして規制しないで放置する各国政府のありよう。辻記者の眼差しの先には、こうした現在の経済なシステムの構図が見えてくる。

 取材班は当初、アップストアを管理するアップルの日本支社に実態を伝えて質問状を送ったものの、回答はなかった。そこでアップル本社のティム・クックCEOに直接、メールを送り、取材した児童ポルノの問題の深刻さを伝えて「私たちは被害を止めたいです」と訴えた。すると3日後に突然、アルバムコレクションはストアから姿を消し、その後、アプリのサービス終了が公表された。

NHKの姿勢に背景に“反省”がある

 企業のトップに直接取材しようする辻記者の姿勢は、昨年のジャニーズ性加害問題の大きなきっかけをつくったBBCのアザー記者にも通じるものがある。日本のメディアが忘れかけているジャーナリズムの大切な姿勢でもある。

 日本でも情報流通プラットフォーム対処法が5月に改正され、巨大プラットフォームに対する権利侵害対応が少しずつ進められている。しかし、児童ポルノは「表現の自由」「通信の秘密」などとの兼ね合いで、規制が難しい現状がある。

 NHKとTansaが実施した共同の調査報道は、かつてないスケールでスリリングなものだった。SNSで広がり、被害者が数多く出ている悪質な児童ポルノの闇。巨大プラットフォーム企業に対応を促さない限り、なかなか改善に向かわない実態もわかった。

 日本社会は「子どもの性被害」に対して鈍感であることを識者が指摘していた。それは昨年の旧ジャニーズ性加害問題へのメディアの対応の遅さとも共通する背景ともいえる。

 一連の番組は、NHKが5年前に立ち上げたサイト「性暴力を考える」がベースになっている。そのうえで、ジャニーズの性加害問題への反省の意識が加わっているのではないか。ジャニーズ問題では、テレビや新聞などが積極的に取材・報道しようとしなかった「マスメディアの沈黙」も強く批判された。NHKも、検証番組で同様の被害が日本で二度と生じないよう、「子どもへの性暴力」は重大な人権侵害として報道に力を入れていくことを誓っている。

 児童ポルノなどのSNSの闇の底はとてつもなく深い。報道機関の垣根を超えて少しでも実態を明らかにする取り組みをこれからも続けてほしい。

水島宏明/ジャーナリスト・上智大学文学部新聞学科教授

デイリー新潮編集部