99%が税金の半導体会社「ラピダス」はもはや国有企業…そのウラにある経産省の「思惑」

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「日の丸半導体の復活」――錦の御旗を掲げた経済産業省によって、1兆円もの税金が新会社「ラピダス」に注がれている。はたして同社は本当に、最先端である「2ナノのロジック半導体」を量産できるのか。工場が建設途中の千歳市の現場からレポートする。

北にバブルがやってきた

5月15日、北海道の夜は上着がないとまだ肌寒い。千歳市のとある居酒屋に入ると、若い男性客が捲し立てた。

「今日開店した店、キャスト(接客の女性)込みの飲み放題で2000円だってよ。ススキノから綺麗どころをどっと連れてきてるらしい」

ギオン通り、ニューサンロードなど7つの通りで構成される千歳の歓楽街は、時ならぬ出店ラッシュに沸いている。

興奮冷めやらぬ男性客に居酒屋の主人が応じる。

「あっちの店は半導体で盛り上がった熊本でひと山当てた経営者が、ラピダス目当てで千歳に出てきたって話だよ」

主人が「熊本」というのは熊本県菊陽町のことだ。日本政府の誘致を受けた台湾半導体大手のTSMCが、200億ドル(3兆円)をかけて2つの工場を建設し、日本政府が総額1兆2080億円を補助する。

菊陽町のような小さな町に3兆円もの金を注げば、すぐに経済バブルが発生する。2023年10月時点の菊陽町の人口は2020年10月に比べ2.46%増えて約4万4000人になり、人口増加率で全国12位に躍り出た。

国策半導体会社のラピダスが9200億円を投じて世界最先端の半導体工場を作る千歳市も菊陽町同様、沸騰寸前。3月に国土交通省がまとめた公示地価で、千歳市の商業地は全国の上昇率上位10位の中に3地点が入った。

同市商工会議所でラピダスの窓口役になっている立田京平次長は言う。

「ラピダスの建設現場で働く人はいまは1800人くらいですが、来年1月の完成に必ず間に合わせるため8月には4000人が集まると言われています。商工会議所の窓口には、ラピダスと取り引きしたい全国の事業者から毎日、問い合わせがあり、地元でも期待感が高まっています」

千歳市も対応に追われている。同市の次世代半導体拠点推進室長・森周一氏は言う。

「ラピダスの工場ができる空港近くの土地は、ほとんど原野だったので上下水道や道路の整備のために大急ぎで126億円の予算を確保しました。一般会計500億円の小さな市にとっては大きな投資ですが、国からの交付金のほか地代や水道代で回収できる見込みです」

地元の不動産会社によると、全国から不動産関連の会社が押し寄せて土地を買い漁っているので、ラピダスの話が出た去年の2月まで坪10万円だったJR千歳駅裏の土地が、今では坪50万円。駅表では140万〜150万円という話も聞こえてきた。

4兆円もの補助金が

千歳市、菊陽町だけではない。政府は全国各地の半導体工場に2024年度までに総額1兆6400億円の補助金を拠出する予定で、2021年度から2023年度までに確保した半導体補助金の予算は4兆円に及ぶ。税金を元手に、各地で「官製半導体バブル」が生まれている。

被災者の生命・生活に直結する能登半島地震の復興予算(約4000億円)の10倍、2025年日本国際博覧会(大阪・関西万博)の国負担(約1600億円)の25倍に当たる血税が、半導体という特定の産業に注がれるのだ。

しかも終わりが見える復興予算や万博と違い、半導体産業の育成には継続的な投資が必要となるため、国の半導体産業に対する補助金はこの先もどんどん膨らんでいく可能性がある。

AIや自動運転などの次世代技術で鍵を握る半導体について、世界中で国を挙げての支援競争が続いているが、3年間で約4兆円に上るという日本の補助金は、国の経済規模に照らしても突出している。他国の政府関係者が「日本の国民は半導体産業にこれほどの公的資金を投入することに、納得しているのか」と疑問を呈するほどだ。

「半導体の五稜郭」

問題は金額の巨大さだけではなく、その使い方だ。例えば、冒頭の千歳市で工場建設が進む国策半導体会社のラピダス。2022年に設立されたこの会社は業界で「半導体の五稜郭」と呼ばれる。

日本が世界の半導体市場で50%のシェアを握った1990年代の栄光を忘れられない人々が「夢よ再び」と集結したことから、大政奉還後に旧幕府軍が立て籠もり、新政府軍に最後の抵抗をした五稜郭に見立てられたのだ。

ラピダスは、2019年にIBMのCTO(最高技術責任者)だったジョン・ケリー氏が、半導体製造装置メーカー、東京エレクトロンの元社長・東哲郎氏にかけてきた一本の電話をきっかけに誕生した。

「IBMが2ナノメートルのロジック(半導体内部でデジタルデータの演算・処理を行う機能)を開発した。技術提供をするから日本で製造しないか?」

ケリー氏に持ち掛けられた東氏は「日本半導体産業の復活にとって、これが最後のチャンス」と奮い立ち、経産省や自民党に駆け込んだ。

これに飛び付いたのが自民党で半導体戦略推進議員連盟会長を務める甘利明氏や、経産省商務情報政策局の野原諭局長ら、政官の「半導体推進派」だ。

TSMCと比べてラピダスが異様なのは、民間の出資が少ないことだ。トヨタ自動車、デンソー、NTT、NEC、ソニーグループ、ソフトバンク、キオクシア、三菱UFJ銀行と錚々たる企業が出資者に名を連ねるが、金額は三菱UFJが3億円、その他7社が10億円ずつの計73億円。民間の出資比率はたった0.8%だ。TSMC熊本工場への投資に占める補助金率は約40%だが、ラピダスは99.2%で事実上の国有企業と言える。

民間が「勝てる見込みはない」と見切って、雀の涙しか出資しないプロジェクトに国が1兆円もの血税を投入する。昔の電電公社や国鉄のように「親方日の丸」でモラルハザードに陥らないか。事業が失敗したら誰がどう責任を取るのか。

まさかの「お断り」

こうした疑問をぶつけるため、本誌は5月中旬、ラピダスを担当する経済産業省商務情報政策局情報産業課のデバイス・半導体戦略室に電子メールと電話で取材を申し入れた。求められた取材依頼書をメールで送り、5月21日に担当者に電話で回答を求めた時のやり取りは以下の通りだ。

「課内で検討したが、今回お申し込みいただいた取材はお引き受けできない」

「なぜなのか? 理由を教えてほしい」

「総合的に判断した結果としか申し上げられない」

「対面の取材が難しいなら電話や文書などで回答してもらうことはできないか」

「それもできない」

1兆円近くの税金を投入したプロジェクトについて、メディアの取材を拒むとは、一体どうしたことだろう。税金が投入される以上、国民にはその狙いや進捗状況について知る権利がある。

経産省のサイトを見てみると、野原局長がこう語っている。

〈他の各国も積極的に投資をしています。投資で遅れれば、競争上のポジションが悪化してしまいますから、日本も必要な投資をしていかなければなりません〉

「他国もやっているのだから日本もやって何が悪い」という理屈だ。

だが前述の通り国の経済規模を鑑みると、日本の補助は突出している。この違和感をぶつけようにも、経産省が取材に応じるメディアは、概ね半導体バブルを肯定するところだと相場が決まっている。

およそ1兆円の税金を投入して、最先端の半導体の量産を目指すラピダス。しかし前途洋々どころか、TSMCやサムスンなどのライバルと渡り合えるとはとうてい思えない。その理由について、後編記事『1兆円もの税金をつぎ込んだ半導体会社「ラピダス」が、大失敗しそうな「3つの理由」』で解説する。

「週刊現代」2024年6月8・15日合併号より

1兆円もの税金をつぎ込んだ半導体会社「ラピダス」が、大失敗しそうな「3つの理由」