ハイレゾ時代でも現役! DATに録り憑かれた男の′24年デッキ活用術
オーディオラックに設置しているDATデッキ
私はDATデッキをオーディオシステムの中核に据え置き、毎日使っている。テープの再生はもちろん、CDに収録されている音源をダビングしたり、DSDやハイサンプリングレートで配信されている音源を、わざわざDATで受け入れ可能な16bit/48kHzにパソコン変換して録音している。
デジタルデータの性質上、無駄の極みではないかと思っているものの、どうしてもやめることができない。なぜならDATに録音して再生した方が音が良いと感じているからだ。
DATとは?
コンパクトカセットを一回り小さくしたDATカセット
DATはカセットテープやオープンリールと同じく磁気テープに音声を録音・再生する規格のひとつだ。カセットやオープンとの決定的な違いは、音声信号をアナログ的に直接電磁変換して記録するのではなく、デジタル変換したデータを記録し、再生時はデジタルデータをアナログ変換して音声信号を再現することだ。
製品化されたのは、CD発売から約5年経った1987年3月。世界初のDATデッキが登場し、16bit/48kHzで録音・再生ができて無劣化でダビングもできる、当時としては夢のような規格だった。
ところが、不正コピーを助長しかねないと考えた著作権団体からの申し入れによってCD(サンプリングレート44.1kHz)からのデジタルダビングが全面的に禁止されてしまったため、華々しいデビューとはならなかった。その後、CDからのコピーは1世代に限りできるSCMS規格が導入されたものの、カセットテープのような爆発的な普及をすることはなかった不運な規格であると言えよう。
一方、その高性能ぶりから業務用を中心に根強い需要があり、2005年まで機器が生産された。
録音に使うブランクテープは機器の生産完了後も供給が続いていたが、2015年に生産完了。今や24bit/96kHzのPCMデータがインターネット上を飛び交い、扱いが難しいと言われていたDSDフォーマットまでファイルでやり取りされる今日、16bit/48kHzが基本のDATはハイレゾの定義にも当てはまることもなく、完全にその役目を終えた規格である。
私のオーディオシステムには以前よりアイワのDATデッキ「XD-001」が組み込まれていたが、シングルCDに収録されている楽曲をまとめたテープを作ったり、貴重なミュージックカセットテープやオープンリールテープをバックアップしておくといった程度で、カセットデッキの方が稼働率は高かった。
音の良さにやられ、PCM-7050を電撃購入
音質比較のために集められたDATデッキたち
昨年、オーディオ仲間の間でDATの話題が沸騰し、各人が所有しているDATデッキを一堂に会して音質比較をすることになった。
登壇したセットは、ソニーの「DTC-2000ES」、パイオニアの「D-07」、アイワの「XD-001」など総勢6台で、共通の音源(テープ)を再生してみた。
DAT初期の製品は後継機種と比較すると音の荒さを感じることもあるが、全体的なレベルが非常に高い。同年代の同価格帯とCDプレーヤーと比較しても内部に使われているデバイスや電子回路に大きな違いはないのだが、不思議とDATの方が重心がより低く、よどみの少ない音に感じられる。
ソニー最後の最高級機「DTC-2000ES」。同社が推進していたカレントパルスDACの音が存分に味わえる一台
そんなDATの良さを再認識させられた音質比較をしている部屋の片隅に一台、見慣れないセットが置かれていた。ソニーが業務用に販売していた「PCM-7050」である。
一般的に想像できるオーディオ機器とはかけ離れた無骨なフェイスパネルのデザイン、大きなジョグダイアルとコマンドボタンを駆使する特殊な操作性を前にして、これは業務用途で編集に使うものだし、アナログ出力の音質は二の次だろうと思っていた。
電源も背面に跳び出したスイッチング電源であるから、未だ重たいトランスを内蔵したアンプを愛好している身としてはそういった部分でもあまり関心が持てていなかったのだ。
ところが、音を出した瞬間そのような後ろ向きな思いは一瞬で吹き飛んでしまった。これまで聴いてきたDATデッキたちとは明らかに異なる、収録された全ての音を正確に描ききろうとする端正な音が放たれてくる。これまでの試聴で何度も聴いた音楽なのに、気がつけていなかった細かな音が滝のように全身に降り注ぐ……。
試聴テープの再生も全て終わっていないのに、既に私の頭の中はこのPCM-7050はどうしたら手に入れられるのか考え始めていた。しかし民生機と比べてはるかに生産台数は少なく、その入手は困難を極める。中古品が出てくるまで待つしかないのだが、それもいつ出てくるか分からないレベルだろう。とすれば今目の前にあるこれを買うことが出来れば……と思い、ダメ元でオーナー氏に交渉してみると、これがあっさりOK。いとも簡単にPCM-7050が手に入ってしまった。
DATの良さを改めて実感。予備機が欲しくなってジャンク購入
PCM-7050で再生中の様子
脚を取り付けてみた
PCM-7050は、ラックにマウントして使われることを想定しており、基本的に脚がないことが多い。オーディオラックに収めるのに脚がないのは不便であるから、ジャンクのDVDプレーヤーから流用してきた鋳鉄製のインシュレーターを取り付けた。
そしてこれを扱うときは部屋の照明を弱めてやる。そうすると、いかにもレコーディングスタジオで動いているような雰囲気を醸し出し始め、写真でしか見たことのないあのスタジオが目の前に広がったような気分に浸れ気分は上々。
しかし、これが壊れたらどうしよう……という思いが頭をよぎった。
民生機よりも信頼性に特化した作りをしている業務用機器といえど、既に生産から30年以上経過しているシロモノ。背面に残っているメンテナンス記録を見ても、最後のメンテナンスからは10年近く経過している。気に入ったものはこの身が衰えるまで使いたいと思ってしまう性分な私は、予備機がないことに不安を覚え始めた。
夜な夜なインターネットの海を徘徊していると、とあるハードオフのジャンクコーナーにPCM-7050の兄弟機である「PCM-7030」が売られているというSNS投稿を発見。幸いなことに背景や周囲のジャンク品ラインナップから、どの店舗なのか容易に想像することができた。値札には電源が入らないと書かれているものの、一部の基板やメカといった部品は活用できるはずだ。
売れていないことを祈りながら週末そのハードオフに赴くと、SNS投稿で見た通りPCM-7030が鎮座している。価格は事前に分かっていたが、ジャンク品としては安くない。が、これを逃すといつ出会えるかも分からない。戸惑いは現物を前にして消え去り、気がつくと大きくて重たいPCM-7030を抱えて退店していた。
トランクルームに積み込まれたPCM-7030
購入したPCM-7030は電源が入らないと分かっていたので、通電確認もせず電源部を分解してみた。
背面に出っ張っている部分が電源部で、ケースのビスを外すと基板が露出する。基板を観察してみると、通電しない原因は一発でわかった。電解コンデンサの液漏れによって基板や周辺の素子に大きなダメージを与えていたのだ。
コンデンサは数々の電子機器を闇に葬ってきた悪名高い4級塩電解液を採用したもので、はんだごてを当てると4級塩特有のツンとした臭いが立ちこめてくる。
漏れた電解液が基板を伝わりヒートシンクを侵食
パターンも腐食して本来絶縁されている部分が導通してしまうこともある
4級塩電解液の液漏れによるダメージは非常に深刻で、基板に染み込んだ電解液が残留していると、表面上きれいでも時間差でパターンを侵食して被害を拡大する。また周辺に配置されている部品のパッケージにも浸透し内部を破壊してしまうこともあり、単にコンデンサを交換するだけでは済まないことが多い。
特に電源回路は高電圧や大電流を取り扱うため、パターンを侵食してショート等が発生すると、最悪の場合火災になることも考えられる。今回はできる限りの対策をするため、水濡れが好ましくない部品を取り外した後、基板を長時間洗浄液に漬け込む工法をとった。
洗浄と部品交換を終えた基板
洗浄した基板に再度部品を取り付けて電源を入れてみると、カチンという内部のリレー作動音と同時にFL管が点灯した後、セットが起動。その後はピンチローラー等の消耗部品を交換したり、テープテンションといったテープデッキ特有のメカ的な部分の調整を行ない、DATデッキとして使うことができる状態に仕上げた。
なお、DATデッキの調整は専用の治具やテスト用の特殊な信号が記録された専用のテストテープが必要となる。むやみに調整部分を触ったり、ニコイチ修理でメカや基板を入れ替えると、音が出なくなったりするどころか、大切なテープに傷をつけてしまうこともある。DATデッキの修理は、そのような知識や治具を備えたプロの方に依頼するのが良いだろう。
部品取りだった筈が、もう一台増えただけだった
2台並んだPCM-7050(写真下)と、PCM-7030
部品取りになる予定だったPCM-7030は、嬉しい誤算で可動品としてストックされた。本機はPCM-7050からスポット消去などの編集向け機能を取り去ったのと、タイムコード同期やデジタルでの入出力がオプションとなっていただけで、音を司る音声信号のA/D、D/Aやアンプ部分は全く同じものが使われている。
基板を観察してみると、D/Aコンバーターはバーブラウン社(現テキサスインスツルメンツ)の「PCM61P」という18bitチップが使われていた。主に普及価格帯から中級のモデルに数多く使われ、特筆して高級というものではない。高級機では「PCM58P」や「PCM63P」といったパッケージの大きなチップが使われることが多く、PCM61Pからこのような音が奏でられるのか不思議でならない。
D/AコンバーターチップのPCM61P
エアチェックしてるかい? これが2024年のDATデッキの使い方だ
DATは市場でミュージックテープが大量に売られているわけではなく、基本的には自分で録音しなければならない。
前記の通り、音楽配信サービスが当たり前となった今日、レンタルCDを借りてくることもなくなり、録音が必要となる機会はほぼなくなってしまった。ではDATデッキをどう使うか? というと、私はデジタルエアチェックと称してAmazon Music Unlimited等の配信サービスを使って再生した音源をDATに録っている。
各社の配信サービスは、再生する音源によってサンプリングレートやビット数が変わる。例えば、Amazon Music Unlimitedでは『HD』というアイコンが表示される楽曲はCDと同じ16bit/44.1kHzで配信される。これらの楽曲に絞ってプレイリストを作成し、サウンドインターフェイスからデジタルアウトしたものをDATデッキで録れば、デジタルエアチェックしたテープができ上がる。
Amazon Musicで配信されているCD相当の楽曲例
ちなみに、パイオニアの一部のDATデッキでは、テープを倍速で走らせることでサンプリングレートを96kHzまで引き上げるモデルが存在する。同機能を使えば、量子化ビットの変換は必要であるが、サンプリングレートを維持してDATに録ることができる。
もうひとつの使い方は、フリマサイト等に出品されているDATカセットの山を落札して再生することだ。
DATはカセットテープと違い、まだ高騰と言えるほど値上がりしていないため、100本単位の録音済みテープが簡単に手に入る。中身は千差万別であるが、当時のFM放送やBS放送(48kHzのリニアPCMで放送されていた)のエアチェックだったり、どこかの演奏会やセッションを生録したもの、果ては放送局で使われていたと思われるものなど、貴重な音源が紛れ込んでいたりする。
テープの山は内容を選別し、消しても構わないと思ったものはデジタルエアチェックに使ったり、手持ちのCDやレコードをダビングするのに使っている。DATはカセットテープのように上書きを繰り返しても音質に変化がないため、気軽に再利用ができるのだ。
落札した『山』の一部。ジャズのFM番組が大量に録音されていた
それにしても、この2台を並べて動かしていると、なんとも幸せな気持ちが溢れてくる。
民生用のDATデッキでは味わえない内照式の大型スイッチの明かりは美しく、押し込んだ時のストロークはとても気持ちいい。またこのデッキはビデオデッキのようにテープがセット内部に吸い込まれるため、テープの走行状態を観察するためにテープ挿入口は半透明になっている。目を凝らして覗き込むと、控えめなLED照明に照らされたテープの姿をミラー越しに眺めることができるのだ。
テープ挿入口に浮かび上がるテープの姿
DATはヘッドが回転してテープを高速で走査するため、テープ速さは8.150mm/sに抑えられている。そのため、カセットテープやオープンリールテープと比較すると、とてもゆっくりとテープが巻き取られていく。カートリッジの小ささとも相まってなんとも健気に巻き取られていくその姿を眺めていると、なんとも言えない愛くるしさにうっとりしてしまう。
見て楽しい、聴いて楽しい。DATは最高だ!!