中野信治 インタビュー 中編(全3回)

 RBでF1参戦4年目のシーズンを戦う角田裕毅選手。開幕戦からチームメイトのダニエル・リカルドを上回る速さを披露し、第3戦のオーストラリアGPでは今季初入賞を果たしている。

 角田選手がレッドブル昇格のために必要なものとは? また今シーズンは、将来のF1参戦を目指して国内外のトップカテゴリーで奮闘する若手ドライバー、宮田莉朋選手と岩佐歩夢選手の将来性とは? 中野信治氏のインタビュー中編では日本人ドライバーについて聞いた。

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【角田裕毅に足りないもの】

中野信治 角田裕毅選手はまだ23歳と若いですが、デビュー以来すごく成長したと思います。速さはありますし、ドライビングは確実に進化しています。


F1参戦4年目の角田裕毅 photo by Sakurai Atsuo

 正直、速さだけで言えば、すでにチームメイトのダニエル・リカルド選手を上回っていると思っています。リカルド選手はF1で通算8勝を挙げている経験豊富なドライバーですが、すでにピークを越えています。対して、角田選手は若さと勢いがあります。

 角田選手のレース後のコメントを聞くと、しっかりとしており、マシンを降りたあとは自分自身をすごくコントロールできています。今、角田選手に求められるのは走りうんぬんではなく、ほかのところだと思います。少し言葉は悪いですが、リカルド選手のようなチームをコントロールする「狡猾さ」です。

 現場のエンジニアやRBのローラン・メキーズ代表はもちろん、さらにレッドブルのクリスチャン・ホーナー代表や(モータースポーツコンサルタントの)ヘルムート・マルコのような人間たちを味方につけ、動かしていくためにはどうしたらいいのか、ということです。

 角田選手が無線などで自分の感情を露わにするのは見ているファンにとって楽しいかもしれませんが、やっぱりチームのなかで一緒に戦っている人たちにとってはおもしろくない。エンジニアだってドライバーが冷静に戦ってくれるほうがコミュニケーションをとりやすいし、言いにくいことも言いやすい。

 RBの戦いぶりを見ていると、エンジニアは保守的。「ここが確実だよね」というところを常に狙っている印象です。でも、エンジニアがレース中の瞬時の判断で、思いきった作戦をとってみようと考えることがあるはずです。そういう時に頭をよぎるのがレース後にドライバーがどういう反応を示すのか、ということだと思います。

 もし、その作戦が結果的にうまく機能しなかったとしても、ドライバーが「それは仕方ないよね。この経験を次に活かそう」と言ってくれれば、エンジニアは次も思いきった作戦ができます。でも、角田選手がエンジニアに対して変なプレッシャーを与えており、作戦を躊躇するような部分があったらとしたら、結果的に角田選手のためにはならない。

 だからこそ、角田選手はもう少し冷静さが必要だと思います。感情を露わにすることは大事ですが、たとえば、チームの作戦ミスがあったとしても、そこを声高に非難するのではなく、利用する賢さを持ってほしい。

 あえて何も言わずに「次に同じようなことが起こったらリカルドじゃなくて俺を優先してね」というプレッシャーをチームにかけ、自分が有利になるようにスタッフを動かしていく姿勢が必要になってくるのではないでしょうか。

【リカルドを意識しすぎている】

 もちろん結果は必要ですが、チームを味方につけてスタッフが「裕毅を優先して戦っていくしかない」という流れをつくっていけば、本当の意味で変わると思います。角田選手はもっと強くなります。そういう状況をつくるのは簡単なことではないですが、一流ドライバーを目指すのであれば、チームを自分のために動かす能力は欠かせません。

 そこで重要なカギになるのは、リカルド選手の持つ狡猾さや時には我慢することだと思います。もちろん角田選手は今でも我慢していると思いますが、表現の方法は別にあるのかなと感じています。

「アンガーマネージメントをもっとしっかりしろ」と、若い角田選手に望むのは酷なのはわかっています。でも、彼が目指しているのはもっと上のレベルだと思いますし、今のF1で生き残っていくためにはそういう能力が必要だということも現実としてあります。そのためには、角田選手は変わらなくてならない。


インタビューに応じる中野信治氏 photo by Murakami Shogo

 あと、角田選手はリカルド選手のことを意識しすぎなのかなと感じます。同じことはリカルド選手にも言えます。来年のレッドブルへの昇格やRBの残留などが頭にあるのだと思いますが、まだシーズンは始まったばかり。まずは目の前のレースに集中してほしい。

 RBのマシンには現時点で表彰台に上がるだけの競争力はありません。とはいえ、長いシーズンのなかには数回、RBのマシンに合うサーキットが必ず出てきます。チャンスが来たときにしっかりとつかむ準備を角田選手にできているかどうかがポイントになってくると思います。

 これまで話してきたように、角田選手がチームをしっかりと味方につけて、自分を優先して戦う状況に持っていくことができれば、表彰台に上がるチャンスは決して少なくないと僕は思っています。

【新たな日本人F1ドライバー誕生の道筋】

 2024年シーズンは、昨年のスーパーフォーミュラ(SF)チャンピオンの宮田莉朋選手(24歳)がF2に参戦しています。

 トヨタの育成ドライバーの宮田選手が所属するロダン・モータースポーツは、開幕戦でチームメイトのゼイン・マローニ選手が連勝しています。クルマの仕上がりは悪くないので、宮田選手がきちんと経験を積み重ねてくれば表彰台に上がってくると思います。

 僕はSFで宮田選手の走りを何度か見ましたが、すごく速くてうまかった。世界の舞台で活躍する能力はあると思いますし、チームとマシンもすごくいい。しかもチームメイトはザウバー育成のドライバーで能力が高い。彼に勝てなければ、その上のF1には行けないというシンプルな指標があります。

 逆にしっかり結果を出したら、上のクラスに乗せるしかない理由ができます。そのあたりの流れのつくり方は、トヨタはうまいなと感じます。

 トヨタが今後F1にどのように関わっていくのかはわかりませんが、日本人のドライバーがヨーロッパで戦えるチャンスが広がるのはうれしいことですし、我々レース関係者にとっては明るいニュースです。宮田選手の活躍次第で日本人の若いドライバーにとって新しい道が開けてくるかもしれませんので、僕は期待しています。

 ホンダとレッドブルの育成ドライバーの岩佐歩夢選手(22歳)はF2から日本に帰ってきて、SFに参戦することになりました。昨年のリアム・ローソン選手のようにSFで結果を残してF1へのステップアップの道を切り拓こうとしています。

 現在、レッドブルとRBのリザーブドライバーを務めるローソン選手と同じ道を歩めるのかどうか。岩佐選手は、日本で真価を問われるシーズンなりますが、彼は賢いドライバーなのでやるべきことはすでにわかっていると思います。

 岩佐選手はこれまで海外のレースで結果を出してきましたが、レースのシステムが異なる日本でもローソン選手のようにチームメイトを上回るようなパフォーマンスを発揮してチャンピオン争いができるのか。

 彼のチームメイトである野尻智紀選手は、SFで2度のタイトルを獲得する強力なドライバーです。チャンピオン経験者の野尻選手に負けない結果を出せば、「日本にとどまる理由はない」という流れになり、海外で戦う道が再び開けてくると思います。そう周囲が納得するだけの成績を岩佐選手には残してほしいです。

後編<F1日本GPの行方を中野信治が占う......フェルスタッペンの「異次元の走り」を止められるチームはあるか>を読む

前編<中野信治が今季F1の勢力図を詳細解説 「レッドブルで何が一番進化しているかと言えば......」>を読む

【プロフィール】
中野信治 なかの・しんじ 
1971年、大阪府生まれ。F1、アメリカのカートおよびインディカー、ルマン24時間レースなどの国際舞台で長く活躍。現在は豊富な経験を活かし、ホンダ・レーシングスクール鈴鹿の副校長として、F1参戦を目指す岩佐歩夢をはじめ、国内外で活躍する若手ドライバーの育成を行なう。また、DAZN(ダゾーン)のF1中継や毎週水曜のF1番組『WEDNESDAY F1 TIME』の解説を担当。