レッドオーシャン化する焼肉チェーンの淘汰が進む…「安楽亭」が苦戦する裏で「焼肉きんぐ」が快走を続けるシンプルな理由
日本人の国民食ともいえるほど人気外食メニューとして定着している焼肉。その中でもファミリー層をターゲットとするチェーン店群において、地殻変動が起こっている。昭和から平成にかけて店舗数を拡大した「安楽亭」の業績が振るわず、物語コーポレーションの「焼肉きんぐ」が絶好調なのだ。焼肉チェーン店に対する消費者の意識は変化しており、もはや安さは武器にならないことを物語っている。
焼肉界の王者「牛角」を追い抜く勢い
物語コーポレーションの2023年7-12月売上高は前年同期間比17.7%増の520億円、営業利益は同42億円だった。営業利益率は8.1%である。安楽亭が3.7%、「牛角」を傘下に持つコロワイドが3.5%だ。
物語コーポレーションは「丸源」などのラーメン店や「お好み焼き本舗」などを運営しているが、売上高の1/2ほどを「焼肉きんぐ」が占めている。
このブランドは2007年3月に誕生した。郊外の幹線道路沿いを中心に出店するロードサイド型で、ファミリー層をターゲットとする食べ放題の焼肉店だ。タッチパネルによるオーダーで、各卓に注文した肉を運ぶオペレーションを採用した。焼き加減などをアドバイスする「焼肉ポリス」を店内で巡回させるなど、ユニークな取り組みを行っている。
焼肉きんぐの店舗数は2023年6月期に300店舗を超え、順調にその数を増やしている。焼肉店のナショナルチェーンの代表格と言えば牛角だ。平成の焼肉界において一目置かれる存在だったが、その勢いは失われつつある。店舗数600店以上を維持していたが、現在は538まで減った。その一方で、焼肉きんぐはロードサイドから繁華街・駅前にも出店を重ねており、かつての牛角に似た勢いがある。
安楽亭は2020年3月末の店舗数が、同じ系列の「七輪房」を合わせると209あった。2023年12月末時点では169。不採算店の閉店を進めているのだ。
安楽亭は2023年4-12月の焼肉事業の売上高が前期比2.5%減の90億円、営業利益は1億円(前年同期間は2億円の営業損失)だった。事業単体の営業利益率は1.5%ほどだ。実は安楽亭は会社の屋台骨となっていた焼肉は不調が続いており、業績を支えているのは「ステーキのどん」などを運営するアークミールだ。
安楽亭は2020年に吉野家ホールディングスから買収した。その経営判断が奏功している。
焼肉店への支出額がコロナ禍前より1000円アップ
ファミリー向け、ロードサイド型の焼肉店は典型的な「ハレの日」需要の受け皿だ。子どもの誕生日、テストや部活でいい結果が得られたお祝い、家族が集まる日など、イベントで使われることが多い、非日常型の業態である。下のグラフはインターネットの検索需要を調査するツール「Googleトレンド」で、過去30日の焼肉きんぐを調べた結果だ。
※Googleトレンドによる独自調査の結果
土曜日と日曜日に検索が集中している。家族が顔をそろえやすい週末に客が集中するのだ。焼肉きんぐは平日のランチ営業も行なっているが、稼ぎの中心は土日となる。
日常型の業態に牛丼やラーメン、カレー、そば。非日常型に焼肉、すき焼き、しゃぶしゃぶ、寿司などがある。日常型と非日常型で決定的に異なるものが、顧客の店に対する期待値の高さだ。
日常型の店舗はコストパフォーマンスに優れていることが重要だ。顧客は安く、そこそこの味の料理が手早く食べられれば十分だと考える。しかし、非日常型店舗での食事はエンターテインメントの要素が高く、特に食事の満足度がものをいう。高く設定されている顧客の期待値を、さらに上回るサービスを提供することがリピーターを創出するポイントなのだ。価格を下げることだけが集客フックにはなりえない。
その傾向は、コロナ禍を経て強まった。総務省の家計調査によると、2023年の焼肉への年間支出額は7984円。2019年は7004円だった。1000円近くも上昇しているのである。
※総務省家計調査より筆者作成
コロナ禍で消費者の外食頻度は減っている。その代わり、1回当たりの支出額は増えており、贅沢をしたいという意識が高まっているのは明らかだ。日常型のファミリーレストランでさえ1回当たりの支出額は増えている。
ハレの日需要を獲得する焼肉店は、これまで以上に消費者の期待値が高まっていると考えるべきだろう。経営の難易度が上がっているのだ。
提供する肉の質とキラーコンテンツの充実で期待値を超える
焼肉チェーンは店舗オペレーション効率化の観点から、セントラルキッチンでスライスした肉を冷凍し、店舗で解凍するケースが多い。しかし、この方法だとドリップと呼ばれる赤身を帯びた液体が出てしまう。ドリップは旨味のもとになるもので、栄養素が詰まったものだ。
調理された肉であれば、冷凍しても味が落ちることには気づきにくいものの、焼肉のように素材の味がダイレクトに伝わるものはごまかしがきかない。
そこで、焼肉きんぐは店内カットにこだわっている。人気メニューの一つである「壺漬けドラゴンハラミ」は一本ずつ手切りによる処理も行なわれている。手間をかけて提供されているのだ。
メニュー構成も巧みだ。一頭から500グラムしかとれない希少部位「きんぐカルビ」など、食べ放題でも顧客を引き付けるキラーコンテンツを用意している。
肉の質、メニューの内容ともに期待値の高い顧客を満足させる内容になっている。
一方、安楽亭が重視しているのは安心・安全だ。特に無添加にこだわっている。安楽亭は牛脂注入肉を使わないことで有名だ。これは赤身肉などに添加物を注入したもので、2013年には関西の有名ホテルで食材偽装が発覚したことで問題視された。しかし、消費者庁が「牛脂注入加工肉」という一般名をつくって、その名称の広がりとともに牛脂注入肉に対する消費者の意識は変化しているはずだ。
そして、安心・安全であることは外食業界においていわば常識化しており、日常食型の飲食店にさえ浸透しきっている。安楽亭は価値観がアップデートされておらず、今の非日常型の店舗に求められるものをつかみ切れていない印象を受ける。
現在、安楽亭は学生専用食べ放題メニュー、100分2838円を集客フックにしている。安さを武器にしているが、それも時代を見誤っているように見える。
取材・文/不破聡