「VIVANT」乃木憂助役の堺雅人(左)とノゴーン・ベキ(乃木卓)役の役所広司

写真拡大

 昨年の夏ドラマとして放送されたTBS「日曜劇場 VIVANT」の海外展開が思うようにいっていない。日本では大ヒットしたが、昨年12月からのNetflixの世界レベルでの配信数は平凡で、海外のテレビ局への販売も実現していない。このままでは現時点まで一貫して未定である続編の制作が難しくなってしまいそう。【高堀冬彦/放送コラムニスト、ジャーナリスト】

【写真を見る】国内ロケ地はいまや「聖地」だが…海外展開までは後押しできず?

なぜ、海外でヒットしないのか

VIVANT」の海外展開が思うようにいっていない。海外で利益が上がらないと、制作費の回収ができず、当初から未定の状態が続いている続編の計画が現実化しない。背景には日本と海外の価値観の違いがあると見る。

VIVANT」乃木憂助役の堺雅人(左)とノゴーン・ベキ(乃木卓)役の役所広司

 このドラマが日本で大ヒットしたのは疑いようのない事実である。

 昨年9月17日の最終回は個人視聴率が12.5%に達した。通常は個人視聴率が6〜7%程度で全ドラマの中でトップに立てるから、ケタ違いの強さだった。(ビデオリサーチ調べ、関東地区)

 TVerの再生回数も全10回で5400万回を突破。これも断トツ。2位の「最高の教師 1年後、私は生徒に■された」(日本テレビ)の約3400万回を寄せ付けなかった。

 また、TBS内にそんな声がないにも関わらず、放送中から繰り返し「続編決定」と伝えられたのも特徴だった。人気の表れだったのだろう。

局の経営状態とドラマ制作費は別問題

 原作者で監督の福澤克雄氏(60)が明確に否定しても「続編決定」との報道は続いた。しかし、実際には一貫して「続編は未定」。TBSのドラマ制作部も編成部もそう口にしていた。

 福澤氏は2月15日にも東京都内であらためて「続編は決まっていません」と明言した。続編の話より制作費の回収が先なのである。

 通常の「日曜劇場」の制作費は1回あたり約4000万円なのに対し、「VIVANT」は同1億円を突破していた。その差額を埋めなくてはならない。

 一部には「TBSには持ち株などの含み資産がふんだんにあるから、赤字でも問題はない」と見る向きもあるようだが、あり得ない話だ。局の経営状態とドラマごとの制作費は別問題。民放ビジネスの常識である。

海外のコンテンツ見本市で賞を獲得

VIVANT」が黒字化を実現するためには有料動画配信で稼ぐか、あるいは海外テレビ局にドラマそのものかフォーマット・リメイク権を売らなくてはならない。

 国内の動画配信については放送中からTBSと資本関係のあるU-NEXTで始まり、好調だった。昨年12月からは世界190以上の国と地域に向けてNetflixでの動画配信が開始された。

 制作側としては高い利益の獲得に自信満々だったはずだ。昨年10月にフランスのカンヌで開催された世界最大級のコンテンツ見本市「MIPCOM」では、番組バイヤーたちが日本の優れたドラマに与える賞「MIPCOM BUYERS’ AWARD for Japanese Drama 2023」でグランプリを獲得していた。

 また、過去には同じTBSの「JIN―仁―」(2009年、2011年)が欧米や韓国、台湾など80カ国・地域に売れた。日本テレビ「Mother」(2010年)もドラマ大国のトルコにリメイク・フォーマット権が販売され、そのリメイク版は40カ国以上に売れた。海外での成功例があったのである。

ベキがテロリストである事実

 しかし、「VIVANT」のNetflixでの動画配信数は平凡の域を出ず、海外へのドラマやリメイク・フォーマット権の販売は実現していない。ここで、このドラマには特殊事情があったことに気づかされる。物語全体に横たわる国際テロ組織「テント」とその首領であるノゴーン・ベキこと乃木卓(役所広司・68)の存在である。

 物語中盤までは謎の組織だったテントだが、終盤で正体が見えた。テントとベキには野心や私欲がなく、それどころか内戦などで家族を失った子供たちを育てていた。まるで慈善家であり、「良いテロリスト」として描かれていた。

 悪玉は国民の幸福を考えぬバルカ共和国。また、公安の潜入捜査員だったベキを捨て石にした元公安幹部の内閣官房副長官・上原史郎(橋爪功・82)だった。

 もっとも、テントとベキが完全な善玉かというと、そうとは言えない。子供たちを養う資金を稼ぐため、世界各地でテロの仕事を請け負い 、破壊工作を行っていた。泣いている民の姿も映された。

 いずれにせよ、ベキがテロリストであるのは動かしようのない事実だった。それを良い人として描くのは国際的に異例。これが「VIVANT」が海外では広く受け入れられない理由と見る。

大規模テロの被害から免れている日本

 Netflixの最大のマーケットは米国である。その米国では2001年9月11日、アルカイダによる同時多発テロ事件が起きた。テロリストが旅客機4機をほぼ同時にハイジャックし、そのうちの2機でニューヨークの世界貿易センタービルに、1機でワシントンDCの国防総省ビルに突っ込んだ。残りの1機は墜落した。

 この事件によって、テロ事件としては史上最悪の3000人を超える犠牲者(行方不明者を含む)が出た。米国はすぐさま報復を開始した。世界規模での対テロ戦争が始まった。

 米国はアフガニスタンやイラクに部隊を展開した。2011年にはアルカイダの指導者であるウサマ(オサマ)・ビンラディンを殺害するが、それ以降も「イスラム国」(IS)との戦いなどテロとの戦争は終わっていない。

 米国ばかりではない。昨年から今年だけでもスペイン、イスラエル、パレスチナ、パキスタン、インド、フィリピン、マリ、エジプト、トルコ、シリア、フランスなどで絶え間なくテロが起き、多数の死者が出ている(公安調査庁調べ)。テロリストとテロを嫌悪する心情は各国共通のものだろう。

 一方、「VIVANT」の中でも触れられたが、日本は国際的な大規模テロの被害から免れている。1995年にオウム真理教による地下鉄サリン事件があったが、日常的にテロの脅威にさらされるようなことはない。

海外はテロリストを受け入れない

 だから、このドラマは日本国内で成立したのだろうが、海外の人には違和感があると見る。米国にとってテロリストは一般的に憎悪の対象でしかない。

 それは米国ドラマを観ても分かる。FBIが失踪者絡みの事件を追うCBSのヒットドラマ「WITHOUT A TRACE」やニューヨーク市警の活躍を描くNBCの同「Law & Order: Special Victims Unit」、CBSの同「FBI」にはテロリストがたびたび登場するが、ことごとく唾棄すべき人物として描かれている。

「WITHOUT A TRACE」ではテロリストに間違えられた善人の研修医がSWAT(米国警察の特殊部隊)に射殺されたが、それを後悔した捜査官はたった1人。一方で、妻を同時多発テロ事件で失い、悲しみのあまり人が変わり、凶悪犯になってしまう男が極端に同情的に描かれた。

 無論、こんなことは福澤克雄氏も折り込み済みだっただろう。しかし、歴史や環境、文化が違う異国民同士が価値観を共有するのは難しい。

全10回では短すぎる

 ほかにも海外テレビ局に「VIVANT」が売れにくい理由がある。これは日本の全ドラマに共通することだが、全10回では短すぎる。前出の3つの米国ドラマは1時間作品で全て20回以上ある。しかもシリーズ化されている。

 韓国ドラマも大半が20回以上ある。テレビ東京「韓流プレミア」(月〜金曜午前8時15分)で放送中の「王女ピョンガン 月が浮かぶ川」は、毎回約1時間で約30回ある。全10回程度では各国の放送フォーマットと合わせにくいのである。

 前出の「Mother」も数多く売れたのはトルコによるリメイク版。こちらは全85回でつくられた。

 動画配信だけ考えるのなら、全10回は平均的だ。しかし、海外テレビ局への販売も視野に入れた場合、ドラマの放送体制の根本的な見直しが必要となる。

高堀冬彦(たかほり・ふゆひこ)
放送コラムニスト、ジャーナリスト。放送批評懇談会出版編集委員。1990年にスポーツニッポン新聞社に入社し、放送担当記者、専門委員。2015年に毎日新聞出版社に入社し、サンデー毎日編集次長。2019年に独立。

デイリー新潮編集部