クレジットカードやキャッシュレス決済にまつわる疑問や悩みに、“クレカの鉄人”岩田昭男師範が答える連載企画。今回は、公共交通機関におけるクレジットカードを使ったタッチ決済乗車の最新事情について、岩田師範が詳しく解説します。

【第11回】クレジットカードのタッチ決済乗車について教えてほしい!

 

【解説する人】岩田昭男

クレジットカード〜キャッシュレス決済分野の取材・研究に30年以上携わるオピニオンリーダー。『あなたの生活をランクアップさせる プレミアムカード』(900円/マイナビムック)など著書・監修書多数。

 

【今月の悩める子羊】浅羽野 勤(あさはや つとむ)

通勤や取引先訪問、出張で電車に乗ることが多い32歳男性。最近「クレジットカードのタッチ決済で電車に乗れるようになる」との話を聞くが、いまのところSuicaに満足しており、タッチ決済にする利便性がいまひとつわからない。そこで「タッチ決済乗車」のメリットや現況について、岩田師範に訊きに来た。

 

相談者の要望

○改札タッチ決済が現在どれくらい普及しているのか知りたい

○Suicaなど交通系ICカードとの違いについて教えてほしい

○タッチ決済乗車にはどんなメリットがあるのか知りたい

 

「タッチ決済乗車」導入が日本各地で加速中!

師範  クレジットカードの「タッチ決済乗車」について知りたいというのはおぬしか?

 

浅羽野 はい。ネットニュースなどで「Suicaなどの交通系ICカードを使わずクレジットカードをそのままタッチするだけで電車に乗れる」という報道を見て、興味が湧いたんです。

 

師範  確かにこの話題はカード業界では“旬”と言えるな。2021年4月に、南海電鉄の一部駅でVisaのタッチ決済とQRコード決済を利用した入出場の実証実験が開始。これ以降、各地で急速に改札タッチ決済の実証実験や正式導入が進んどる。

↑Visaのタッチ決済に対応した改札。Visaのタッチ決済機能を搭載したカードまたはスマホを機器にかざすことで、改札を通過でき決済も完了する

 

首都圏では今年4月から江ノ島電鉄が全線でタッチ決済を導入したのを皮切りに、この夏から東急電鉄も田園都市線での実証実験を開始。2024年春には東急線全線への拡大を目指しとる。東京メトロも2024年度中にクレカのタッチ決済とQRコードを使った乗車システムの実証実験を開始予定じゃ。

 

浅羽野 へえ〜、クレジッカードだけじゃなくて、QRコードを使って乗車できるシステムもあるんですね!

 

師範  関西では上述の南海電鉄に加え、阪神・阪急・近鉄の私鉄3社、さらに大阪メトロや大阪モノレール各社のほぼ全駅が2024年度中にタッチ決済乗車に対応予定。関西はタッチ決済乗車の普及で関東を一歩リードする形になるかの。

 

浅羽野 関西でこれだけタッチ決済乗車が進んだのは、やはり大阪万博に向けての動きですかね?

 

師範  それもあるが、ワシは日本のタッチ決済乗車の旗振り役である三井住友カードのお膝元が関西、というのが大きいと思うぞ。三井住友カードは元々関西で「PiTaPa」という交通系電子マネー(ICカード)を展開。すでに20年近い実績がある。今回、関西私鉄各社が採用するのも三井住友カードなどが提供するstera transitというシステムじゃ。各社が同システムを採用したのも「PiTaPa」の実績を買って、という部分が大きいと思うぞ。

 

浅羽野 そもそも、タッチ決済乗車ってどういう仕組みなんですか? Suicaなどの交通系ICカードとはどんな違いがあるんですか?

 

師範  タッチ決済による乗車も、日本の交通系ICによる乗車も、近距離無線通信技術を使った乗車システム(改札システム)であるのは同じ。違いは、日本の交通系ICがFeliCaという通信技術を使うのに対し、タッチ決済ではNFC Type-A/Bという技術を使っている点じゃ。2つの技術を単純に比べると処理速度ではFeliCaが上。NFC Type-A/Bを活用した交通機関での決済では「処理時間最長0.5秒以内」がルールなのに対し、FeliCaは「0.2秒」と圧倒的に短い。

 

ただし、三井住友カードなどが主導するstera transitは、FeliCaのそれには及ばないものの、Type-A/B規格を採用しつつ処理時間を「0.25〜0.35秒」まで高速化しとるぞ。

 

また、交通系ICとタッチ決済のもうひとつの違いは、改札のリーダーがカードを認識するまでの距離にある。例えば、Suicaが認識される距離が最大85mmなのに対し、NFC Type-A/Bは最大40mm。つまり、Suica(交通系IC)のほうがかなり早くから利用者が改札を通るのを認識し始めることになる。

 

浅羽野 そう聞くと、わざわざFeliCaより技術で劣る規格を採用する必要はないんじゃないかとも思いますけどね。

 

師範  ところが、世界中でFeliCaを採用しとる交通機関はほぼ日本のみ。逆に言えば、世界の多くの交通機関では、Type-A/B規格が採用されておる。海外からの観光客の目線で言えば、普段使いのクレジットカードで日本の交通機関をそのまま利用できるのは大きなメリットなんじゃ。そうしたタッチ決済乗車も、特に乗降者数の多いJR新宿駅などでは、ラッシュ時に混乱を来すのではとの指摘もある。

 

じゃが、観光客が慣れない交通系ICカードへのチャージ不足などにより改札を通過できないといった事態を防ぐ効果や、実は利用客は混雑時にはそこまで早いスピードで改札を通過していない可能性もあり、この点については更なる検証が求められるじゃろう。

 

JR東日本は来年以降にチケットレスの「QR乗車」を開始

浅羽野 でも、Suicaに強力なライバルが生まれることで、JR東日本は焦ってるんじゃないですか?

 

師範  ワシもJR東日本はこれからが大変じゃと思うが、いまのところ、目立った対応策は聞こえてこんな。前述の通り、改札での処理速度の問題から、とりあえずNFC Type-A/Bを使ったタッチ決済は使わぬようじゃ。ただ、現在チケットを購入して乗車している人向けに、「えきねっと」アプリを使ったQRコードによる乗車サービスを、2024年度以降に開始予定ではある。

 

浅羽野 おお、それはどういう仕組みなんですか?

 

師範  「えきねっと」で乗車券などを購入する際に「QR乗車券」を選択し、チケット購入後にえきねっとアプリに表示されるQRコードを改札機にかざせば駅改札を通れるというものじゃ。

↑えきねっとアプリの画面イメージ。表示される乗車に必要なQRチケットを、自動改札機のリーダーにかざして通過する

 

わざわざ駅の券売機まで行かなくてもチケットを購入してそのまま乗車でき、在来線も新幹線もシームレスに利用できるということで利用者のメリットは大きい。

 

また、駅(JR東日本)側にとっても、高価な券売機や自動改札機の購入コストを減らせ、大幅なコスト減が見込める。そもそも、磁気乗車券を使った自動改札のシステムは機器製造にもメンテナンスにもコストがかかり過ぎ、各鉄道会社の悩みの種じゃった。乗車チケットのQRコード化は、こうした問題を解決する願ってもない好機となる。

 

ちなみに、JR西日本も2024年度から、スマホを使ったQRコード乗車サービスを開始予定。一方、JR九州はstera transitを使ったタッチ決済乗車を採用と、同じJRでも管轄地域によって対応が違うのが面白いところじゃ。

 

浅羽野 でも、QRコードを使った乗車って、改札の処理速度は大丈夫なんですか?

 

師範  実は、QRコードの体感の処理時間はタッチ決済と比べてかなり短い。というのも、QRコードは改札機のリーダーがコードを読み取れるまでの距離が長いため、スマホ画面をリーダー画面に近づけ始めた段階から読み取りを開始できるんじゃ。ただし、スマホ画面がリーダーに近過ぎると逆に読み取れなくなるので、利用には“コツ”が必要じゃ。

 

浅羽野 そうなると、日本ではタッチ決済乗車よりQRコード乗車のほうが普及する可能性がありそうですね?

 

師範  インバウンドがあるから、タッチ決済乗車がなくなることはないじゃろ。ただし、QRコードはアプリなしのWebブラウザだけでも利用できるし、周遊券やテーマパークなどの入場券と込みのチケットの発行も容易。

 

もっとも、タッチ決済乗車も1日に一定額以上の利用があれば、1日乗車券を買わなくてもそれと同額を超える追加請求は行われないようにできるなど、かなり柔軟な料金設定が行える。交通系ICのような定期券の発行や子ども料金の設定が難しいといった課題はあるが、しばらくは交通系ICとタッチ決済、QRコードの3つが共存する状況が続くのではないかな?

 

「タッチ決済乗車」は登録&チャージ不要でスグ使える

師範  国際ブランドのタッチ決済を活用した公共交通機関向けのソリューションであるstera transitは三井住友カードが提供するサービスで、Visa、JCB、アメックス、ダイナースクラブ、銀聯などが利用可能なほか、マスターカードも今後対応予定じゃ。

 

浅羽野 主要ブランドがそれだけ対応していると、確かに外国人観光客も安心でしょうね。タッチ決済乗車を利用するには、登録は必要なんですか?

 

師範  いや、Wi-Fiマークを横にしたようなタッチ決済対応マーク「リップルマーク」付きカードであれば、登録なしですぐに使える。

↑タッチ決済対応のカードの例。Wi-Fiマークにも似た「リップルマーク」が対応の目印だ

 

また、「後払い式」なのでオートチャージの設定をしなくてもチャージ不要で使えたり、利用運賃に対して各カードのポイント還元が受けられるなど、メリットは大。デパートなどでの買い物と交通機関の利用とで同じポイントが貯まるようになり、ポイント付与に一貫性があるのはかなり利便性が高いはずじゃ。

 

ちなみに、タッチ決済を利用した乗車システムは、Suicaなど特定の支払い方法に限定されずに手持ちのクレカで支払いができることからオープンループと呼ばれとる。交通系ICカードは、主要都市の鉄道会社以外だとSuicaなどと相互利用できず、非常に使い勝手が悪かった。そういう意味でも、オープンループのシステムは地方の鉄道にはメリットが大きいと言えるな。

 

浅羽野 そうなると、JR東日本もぜひタッチ決済を導入してほしい気がします。

 

師範  うーん、これまでSuicaという交通系ICを牽引してきて、独自性へのこだわりも強いJR東日本は、stera transitには参加せんのじゃなかろうか。実際に、JR東日本は今年、Suicaの改札システムにおいて「センターサーバー方式」を採用。これまで各駅の改札でローカル処理していた運賃計算を、クラウド処理に移行していくと発表した。

 

今回独自の“サーバー方式”採用で、従来の処理速度を維持しつつ、「東京で乗って青森で降りる」などSuicaを使った「エリアまたぎ」が“技術的に”可能になるほか、運賃の割引クーポンや、鉄道沿線の商業施設やイベントと融合したチケットなど、業態をまたがる柔軟な商品展開も可能になる。ただし、具体的なプランはまだ聞こえてこんがな。

 

浅羽野 うーん、 “魅力”という点ではちょっと弱い気がしますけどね。

 

師範  おぬしもそう思うか! クレカ〜キャッシュレス業界の専門家のなかには「むしろSuicaを使ったポイント経済圏構築を考えたほうがよいのではないか?」という意見もあって、ワシもそれに同意するな。

 

とにかく、いまのままではSuicaのシェアが脅かされるのは間違いない。JR東日本も本気を出してSuica経済圏の確立に乗り出すのではないかと、ワシなどは期待して見とるんじゃが、さてどうなるじゃろ?

 

◎情報は掲載時のものです。

構成/佐伯尚子 文/平島憲一郎 監修/岩田昭男