サッカー女子 ワールドカップ で存在感を示したAI。スポンサー各社の活用事例を見る
想定内のことではあったが、この夏、「2023 FIFA女子ワールドカップ」の開催中にAIをはじめとする新興のテクノロジーがオーストラリアとニュージーランドで存在感を示した。
両国で開催された今大会は、期待の米国代表チームが早いラウンドで敗退したとはいえ大いに話題を集め、8月20日のスペイン対イングランド戦の決勝戦は盛況のうちに幕を閉じた。大会における広告、ゲーム、ソーシャルメディアの領域では、AIやAR、さらにはブロックチェーンなどが善戦したようだ。
昨秋にカタールで開催された男子ワールドカップでも、ARフィルター、バーチャルワールド、NFTなど、最新のテクノロジーが大いに注目を集めた。しかし、企業も新たなツールの活用法を模索しているとおり、人々の記憶に残るのはしばしば筆というツールよりも、出来上がった絵の方なのだ。
ガートナーのアナリストであるクリス・ロス氏は「ワールドカップはさまざまな実験を可能とする巨大なキャンバスだ」と話す。その開かれた性質によって、ファンも広告主も多様な広告や小売企業とのコラボレーション、あるいはピカピカの新技術をあれこれと試せる。
今回の女子W杯で一番の話題となった広告は、フランス代表チームを応援する通信事業者オランジュ(Orange)の動画かもしれない。ピュブリシス傘下のエージェンシーであるマルセルパリ(Marcel Paris)が制作したこの動画は、サッカー界の性差別にフォーカスした作品で、AIによる視覚効果を駆使した一種のディープフェイクだ。
「フランス女子代表に焦点を当てたこの動画は実に効果的だった」とロス氏は話す。「AIで生成した動画であることは明らかだが、そこにはもっと高次なメッセージがあった。その目的は大きな物語を伝えることであり、単に技術を誇示することではなかった。ただし、AIを活用する企業のなかには、この域に達していないケースも見られる」。
ジェネレーティブAIを活用した広告はほかにもあった。たとえば、チョコレートメーカーのキャドバリー(Cadbury)が展開した「チア・アンド・ア・ハーフ(Cheer and a Half)」のキャンペーンもそうだ。オグルヴィが制作を担当したこのキャンペーンでは、AI画像生成ツールを用意して、ファンが応援する女子アスリートのポスターを作成したり、自分の写真をアップロードして自身のスポーツ画像を生成したりできるようにした。
AIの活用で知られるメタバース企業のフューチャーヴァース(Futureverse)は、ブロックチェーンやAIなどのテクノロジーそのものを宣伝するかわりに、AIで生成した選手が互いに対戦するモバイルゲームをFIFAと共同で制作した。フューチャーヴァースの創業者であるシャラ・センダロフ氏は、この試みの狙いについて、「『試合前の試合』でAIやブロックチェーンのようなテクノロジーを主役に据えるよりも、コンテンツで技術をアピールしたかった」と述べている(大会終了の1週間前にセンダロフ氏が米DIGIDAYに語ったところによると、ゲームのダウンロード数は25万回を超えたという)。
「Web2の時代は、Web2を『Web2』と呼ぶことさえしなかった」とセンダロフ氏は話す。「PFDが文書共有の標準となったときも、わざわざ自宅の屋根にのぼって『PDFで文書共有しているぞ』と叫んだりしなかった。なのになぜ、実際にはメタデータを指すこれらの言葉を、フォーマットか何かのように話すのだろうか」。
FIFAもコンテンツモデレーション(投稿監視)にAIを活用した。FIFAは大会前からAIツールを駆使して各種のSNSプラットフォームを分析し、悪質な投稿をブロックして選手を保護する計画を立てていた(2022年のカタール大会でも、AIを活用して2000万件の投稿を分析し、2万件をブロックする一方、約300件を警察に通報した)。
スポーツおよびエンターテイメントのデータ分析を行なうスポンサーユナイテッド(SponsorUnited)のデータによると、B2Cブランド以外のAI企業としては、グローバント(Globant)が今大会に大きな予算を投じたという。会場はもとより、企業名やロゴを掲出するプロパティやメディアアセットなど、同社は大会協賛に限らない、より広範なスポンサー契約をFIFAと結んでいる。
スポンサーユナイテッドの共同設立者で最高経営責任者(CEO)のボブ・リンチ氏は、「グローバントのような高成長のSAAS企業にとって、ワールドカップのような大きなイベントのスポンサーになることのメリットは、ブランドビルディングに限られず、そこには特有の価値がある」と指摘する。
B2Bのテクノロジー企業は、スポーツのリーグやチームが新しい技術、たとえばAIやクラウドデータ、CRM、そのほかのウェブアプリケーションなどを導入する際、それを側面から支援することができる。一方で、企業にとっては「新たなビジネスチャンスに扉を開く」機会ともなる。
高成長かつ年商1億ドル(約146億円)以上のSAAS企業が、ワールドカップや(プロサッカーチームの)バルセロナらと提携すれば、本格的な規模拡大が期待できるうえ、信頼性だけで途方もない数の企業との取引に道が開かれる。
この大会期間中、AIに限らず、いろいろな企業がさまざまな種類のテクノロジーを活用していた。たとえば、Snapchatは代表チームのオフィシャルジャージを試着する機能など、ワールドカップで新しいAR機能の一部を披露した。また、各種のARレンズに加えて、米国女子代表チームと提携して、選手のビット文字アバターを作成する機能や、リアルタイムデータの連携により選手や試合の情報を取得する機能なども提供した。
Snapのアルカディアクリエイティブスタジオ(Arcadia Creative Studio)の責任者を務めるレッシュ・シデュー氏は、先月行った米DIGIDAYのインタビューで、こうした活動の狙いを「試合中とその前後に『セカンドスクリーン体験』を提供することにある」と説明していた(Snapはまた、サッカー米国女子代表チームのアレックス・モーガン選手をはじめ、米国の著名な女性アスリートが共同で設立したスタートアップ企業「Togethxr(トゥギャザー)」と連携して、女子スポーツ界で多様性と平等を推進する活動にも注力した)。
「Snapが作るARレンズは一芸に特化したものが多い」とシデュー氏は話す。「今回作成したレンズは、ARがユーザーのコンパニオンとして機能する可能性を示唆している。チームやワールドカップの観戦に必携の完璧なガイドのようなものだ。すべてを追跡し、管理し、リアルタイムで更新してくれる。これがあれば、ほかに何もいらないという優れものだ」。
ブロックチェーンを活用するゲーム企業各社も、ワールドカップで存在感を示すチャンスを見逃さなかった。たとえば、マッチデイ(Matchday)はリオネル・メッシ選手も出資するスペインのスタートアップ企業だが、2023女子ワールドカップでスポンサーを務め、FIFAとの提携のもと、クイズに答えて選手カードを当てる「マッチデイチャレンジ」というゲームを制作した。
女子ワールドカップのスポンサーシップや大会参加に積極的なIT企業は、ほかのスポーツリーグや大会に比べると決して多くはない。しかし、世界的な人気の高まりもあり、「大きな可能性を秘めている」とリンチ氏は期待を寄せる。
「クラウドデータやCRMのソリューション企業はもともと相性がいい」とリンチ氏は話し、「というのも、こうした企業はファン、チケットの購入者、関連商品の購入者に関する大量のファーストパーティデータを保有しているからだ。彼らのような企業が集まって、ひとつのビジネスエコシステムを構成している」と付け加えた。
クラウドIQ(CrowdIQ)のレイチェル・グッドガー最高収益責任者(CRO)によると、数年前にクリプト業界の企業がこぞってスポーツ関連のスポンサーに乗り出したように、多くのIT企業、とくにB2B企業がスポーツに参入する道を模索しているという。
しかしながら、グッドガー氏は「IT企業に見られる傾向として、彼らは何かと結びついていれば、何と結びついていてもかまわないと考えている」と言い添えた。
[原文:How AI and other emerging tech showed up during the FIFA Women’s World Cup]
Marty Swant(翻訳:英じゅんこ、編集:島田涼平)
両国で開催された今大会は、期待の米国代表チームが早いラウンドで敗退したとはいえ大いに話題を集め、8月20日のスペイン対イングランド戦の決勝戦は盛況のうちに幕を閉じた。大会における広告、ゲーム、ソーシャルメディアの領域では、AIやAR、さらにはブロックチェーンなどが善戦したようだ。
注目を浴びたAI活用事例は?
ガートナーのアナリストであるクリス・ロス氏は「ワールドカップはさまざまな実験を可能とする巨大なキャンバスだ」と話す。その開かれた性質によって、ファンも広告主も多様な広告や小売企業とのコラボレーション、あるいはピカピカの新技術をあれこれと試せる。
今回の女子W杯で一番の話題となった広告は、フランス代表チームを応援する通信事業者オランジュ(Orange)の動画かもしれない。ピュブリシス傘下のエージェンシーであるマルセルパリ(Marcel Paris)が制作したこの動画は、サッカー界の性差別にフォーカスした作品で、AIによる視覚効果を駆使した一種のディープフェイクだ。
「フランス女子代表に焦点を当てたこの動画は実に効果的だった」とロス氏は話す。「AIで生成した動画であることは明らかだが、そこにはもっと高次なメッセージがあった。その目的は大きな物語を伝えることであり、単に技術を誇示することではなかった。ただし、AIを活用する企業のなかには、この域に達していないケースも見られる」。
ジェネレーティブAIを活用した広告はほかにもあった。たとえば、チョコレートメーカーのキャドバリー(Cadbury)が展開した「チア・アンド・ア・ハーフ(Cheer and a Half)」のキャンペーンもそうだ。オグルヴィが制作を担当したこのキャンペーンでは、AI画像生成ツールを用意して、ファンが応援する女子アスリートのポスターを作成したり、自分の写真をアップロードして自身のスポーツ画像を生成したりできるようにした。
FIFAとスポンサーによるAIの使い道
AIの活用で知られるメタバース企業のフューチャーヴァース(Futureverse)は、ブロックチェーンやAIなどのテクノロジーそのものを宣伝するかわりに、AIで生成した選手が互いに対戦するモバイルゲームをFIFAと共同で制作した。フューチャーヴァースの創業者であるシャラ・センダロフ氏は、この試みの狙いについて、「『試合前の試合』でAIやブロックチェーンのようなテクノロジーを主役に据えるよりも、コンテンツで技術をアピールしたかった」と述べている(大会終了の1週間前にセンダロフ氏が米DIGIDAYに語ったところによると、ゲームのダウンロード数は25万回を超えたという)。
「Web2の時代は、Web2を『Web2』と呼ぶことさえしなかった」とセンダロフ氏は話す。「PFDが文書共有の標準となったときも、わざわざ自宅の屋根にのぼって『PDFで文書共有しているぞ』と叫んだりしなかった。なのになぜ、実際にはメタデータを指すこれらの言葉を、フォーマットか何かのように話すのだろうか」。
FIFAもコンテンツモデレーション(投稿監視)にAIを活用した。FIFAは大会前からAIツールを駆使して各種のSNSプラットフォームを分析し、悪質な投稿をブロックして選手を保護する計画を立てていた(2022年のカタール大会でも、AIを活用して2000万件の投稿を分析し、2万件をブロックする一方、約300件を警察に通報した)。
スポンサーとなる価値
スポーツおよびエンターテイメントのデータ分析を行なうスポンサーユナイテッド(SponsorUnited)のデータによると、B2Cブランド以外のAI企業としては、グローバント(Globant)が今大会に大きな予算を投じたという。会場はもとより、企業名やロゴを掲出するプロパティやメディアアセットなど、同社は大会協賛に限らない、より広範なスポンサー契約をFIFAと結んでいる。
スポンサーユナイテッドの共同設立者で最高経営責任者(CEO)のボブ・リンチ氏は、「グローバントのような高成長のSAAS企業にとって、ワールドカップのような大きなイベントのスポンサーになることのメリットは、ブランドビルディングに限られず、そこには特有の価値がある」と指摘する。
B2Bのテクノロジー企業は、スポーツのリーグやチームが新しい技術、たとえばAIやクラウドデータ、CRM、そのほかのウェブアプリケーションなどを導入する際、それを側面から支援することができる。一方で、企業にとっては「新たなビジネスチャンスに扉を開く」機会ともなる。
高成長かつ年商1億ドル(約146億円)以上のSAAS企業が、ワールドカップや(プロサッカーチームの)バルセロナらと提携すれば、本格的な規模拡大が期待できるうえ、信頼性だけで途方もない数の企業との取引に道が開かれる。
SnapchatはARとリアルタイムデータでファンを獲得
この大会期間中、AIに限らず、いろいろな企業がさまざまな種類のテクノロジーを活用していた。たとえば、Snapchatは代表チームのオフィシャルジャージを試着する機能など、ワールドカップで新しいAR機能の一部を披露した。また、各種のARレンズに加えて、米国女子代表チームと提携して、選手のビット文字アバターを作成する機能や、リアルタイムデータの連携により選手や試合の情報を取得する機能なども提供した。
Snapのアルカディアクリエイティブスタジオ(Arcadia Creative Studio)の責任者を務めるレッシュ・シデュー氏は、先月行った米DIGIDAYのインタビューで、こうした活動の狙いを「試合中とその前後に『セカンドスクリーン体験』を提供することにある」と説明していた(Snapはまた、サッカー米国女子代表チームのアレックス・モーガン選手をはじめ、米国の著名な女性アスリートが共同で設立したスタートアップ企業「Togethxr(トゥギャザー)」と連携して、女子スポーツ界で多様性と平等を推進する活動にも注力した)。
「Snapが作るARレンズは一芸に特化したものが多い」とシデュー氏は話す。「今回作成したレンズは、ARがユーザーのコンパニオンとして機能する可能性を示唆している。チームやワールドカップの観戦に必携の完璧なガイドのようなものだ。すべてを追跡し、管理し、リアルタイムで更新してくれる。これがあれば、ほかに何もいらないという優れものだ」。
いまだ衰えぬブロックチェーン企業の存在感
ブロックチェーンを活用するゲーム企業各社も、ワールドカップで存在感を示すチャンスを見逃さなかった。たとえば、マッチデイ(Matchday)はリオネル・メッシ選手も出資するスペインのスタートアップ企業だが、2023女子ワールドカップでスポンサーを務め、FIFAとの提携のもと、クイズに答えて選手カードを当てる「マッチデイチャレンジ」というゲームを制作した。
女子ワールドカップのスポンサーシップや大会参加に積極的なIT企業は、ほかのスポーツリーグや大会に比べると決して多くはない。しかし、世界的な人気の高まりもあり、「大きな可能性を秘めている」とリンチ氏は期待を寄せる。
「クラウドデータやCRMのソリューション企業はもともと相性がいい」とリンチ氏は話し、「というのも、こうした企業はファン、チケットの購入者、関連商品の購入者に関する大量のファーストパーティデータを保有しているからだ。彼らのような企業が集まって、ひとつのビジネスエコシステムを構成している」と付け加えた。
クラウドIQ(CrowdIQ)のレイチェル・グッドガー最高収益責任者(CRO)によると、数年前にクリプト業界の企業がこぞってスポーツ関連のスポンサーに乗り出したように、多くのIT企業、とくにB2B企業がスポーツに参入する道を模索しているという。
しかしながら、グッドガー氏は「IT企業に見られる傾向として、彼らは何かと結びついていれば、何と結びついていてもかまわないと考えている」と言い添えた。
[原文:How AI and other emerging tech showed up during the FIFA Women’s World Cup]
Marty Swant(翻訳:英じゅんこ、編集:島田涼平)