ホンダがアストンマーティンを相棒に選んだ決め手とは? そのオファー内容は群を抜いていた
2026年「ホンダF1復帰」の青写真(前編・運営編)
2023年5月末、それは突然、発表された。
ホンダが2026年、アストンマーティンにパワーユニットを供給するPUサプライヤーとして、F1に参戦する──。
世間の反応は、まさに様々だった。
安堵と驚き。喜びと反発。ファンを裏切るようなかたちで2021年かぎりで撤退し、まだわずか1年半というタイミングだけに、あのとき落胆したファンほど反感を覚えたかもしれない。
ホンダはアストンマーティンとタッグを組んでF1に復帰する
しかし、3月の開幕戦バーレーンGPを訪れたHRCの渡辺康治社長や浅木泰昭前開発責任者の言葉を以前のコラム(『ホンダF1の未来・前編&後編』)でもお届けしたように、ホンダがF1復帰に向けて熱意を燃やしていたことは明らかだった。いや、正確に言えば「撤退」という決断を余儀なくされてからも、F1への情熱を絶やしてはいなかった。
だからこそ、このタイミングで2026年の参戦を決断することができ、第4期のようにスタートダッシュで大きく出遅れるようなこともない時間と体制を整えたうえで、F1復帰に挑むことができる。
舌の根も乾かぬうちにとか、カーボンニュートラルが大切だったのではないかとか、そんなことはどうでもいい。ホンダは、勝つために必要だからやる。勝つために必要なことをやるのに、理由など必要ない。勝つために必要なことを阻害するような面子やタテマエに、足を引っ張られたりはしない。
もちろん、会社としてF1参戦を決断できた理由は様々ある。
2026年新規定がホンダの本業にフィードバック可能な要素に満ちていること、コストキャップ導入等で予算規模が小さくなること、F1人気によってマーケティング効果が高まること。
しかし、その根底にあるのは「F1をやりたい」「勝ちたい」という情熱だ。
F1への想いを熱く語るHRCの渡辺康治社長
ホンダのF1活動母体となるHRCの渡辺社長は、今回の決定についてこう語る。
「今の気持ちとしては、そんなに甘いものではないことは理解していますが、なんとしてでも勝ちたい、新しい電動時代のF1においてもホンダ、HRCが世界でナンバーワンを獲るということを最大の目的としてチャレンジしていきたいと考えています。
2026年のレギュレーションが大幅に電動化にシフトしていくことで、高性能なモーターとバッテリーの開発が相当必要になってくる。そこに対して、本田技研工業(ホンダ本社)としてもこれが将来のホンダのコア技術のひとつになっていくと考えています。また、F1を通じていろんなバリューを上げ、ブランド価値を高めていきたいとも考えています」
まだF1復帰など決まっていなかった昨年11月、ホンダはHRCとしてFIAの定める締め切りに合わせて、2026年のPUサプライヤー登録を行なった。参戦するにしても、しないにしても、ここで登録しておかなければ、この瞬間に2026年参戦の可能性はなくなるからだ。
しかし、事態はここから一気に動き出した。
「去年の11月15日に2026年のパワーユニット製造者登録をして、それをすぐに公表したんですが、その情報を踏まえてほぼすべてのF1チームと何らかのかたちでコンタクトをしました。コンタクトを取っていないのは、フェラーリやメルセデスAMG、アルピーヌといったワークスチームだけです」
そしてそのなかで、アストンマーティンからのオファーは群を抜いていた。
「勝ちたい」という情熱、それを実現するためならどんな投資もいとわないこと、そして何より勝つためにホンダが必要なんだというリスペクト──。
年明けからアストンマーティンとの交渉を開始。3月のバーレーンではお互いの条件を提示し合い、合意に達したうえでホンダ本社の承認を得て、4月末にF1参戦が正式決定した。
【満場一致でタッグが成立】アストンマーティンの印象について、渡辺HRC社長は語る。
「アストンマーティンがホンダのパワーユニットを一番高く評価してくれて、『これがないと我々はワールドチャンピオンになれないんだ。だから一緒にやろう!』と言ってくれました。
4月上旬にはあちらのファクトリーにもお邪魔し、チームの主要メンバー全員とミーティングをさせてもらった。すごくオープンでフェアな人たちばかりで、仕事がやりやすいなと感じましたし、あちらからもこちらに来てもらったりもしました。
その一方で、HRC内での議論の積み上げもあり、その後に三部(敏宏社長)をはじめとしたホンダの経営陣とも話をしてもらいました。そして最終的には、アストンマーティンとタッグを組むことが満場一致で決まりました」
もうひとつ気になるのは、出たり入ったりを繰り返すホンダのF1活動は、状況が変わればまたすぐに終焉を迎えるのではないか......という懸念だ。
これについては、もちろん100%撤退しないと断言することはできないと渡辺社長も語る。しかし、F1活動の継続性は従来に比べて格段に上がっている。
F1では昨今、PUメーカーにもコストキャップが導入された。2025年までの開発期間は年間9500万ドル(約130億円)、2026年からは年間1億3000万ドル(約190億円)に予算が制限される。
それに加えて、これまでマクラーレンやレッドブルにパワーユニットを供給しても収益に結びつかず、金銭的にはマイナスしかなかったのが、アストンマーティンとの契約ではその条件面が大きく異なる。彼らがそれだけ勝つためにホンダを欲しているということでもあるが、ホンダにとっても収益の改善はF1活動の継続性に大きくプラスの効果をもたらすことになる。
「パワーユニットサプライヤーとしての権利と地位みたいなところが、今までは相当弱かった。我々は、開発費や製造の出費はあるが収入はない、もしくはものすごく少ないという状態でやっていて、それでは経営が苦しくなってくるとF1を辞めるという判断が選択肢のひとつとして出てきてしまう。
しかし今回のアストンマーティンとの契約では、パワーユニットサプライヤーとしての権限を少し増やすことができた。今まで(の契約では)チーム運営に対して何も言えなかったり、出費しかなく収支の成立性が非常に弱かったりした。そのところが改善されることで、かなり従来と違った環境になったことが継続性という意味では非常に大きかった」
【今度こそ期待を裏切らない?】参戦当初は技術的にもアストンマーティンとの提携に専念する予定だが、将来的にはカスタマー供給も可能であり、そうすれば収益性はさらに向上すると見られている。それ以外にもHRCブランドを使ったビジネスでHRC単独での収益性を上げ、ホンダからの支援に左右されずともF1活動を継続していける体制の強化を図っていく。
ホンダが2021年かぎりでF1から撤退したあとも、HRCは2022年型パワーユニットを設計・製造し、レッドブルパワートレインズにパワーユニットを供給して運営も行なってきた。
2025年までは開発が凍結されて開発部隊は縮小されたとはいっても、レースのオペレーションやベンチテストによるセッティング作業など、現場とファクトリーの両面で運営を担い、実質的に2021年までとまったく変わらない体制でF1活動を続けていた(現場運営スタッフの約半数を占める現地雇用組がレッドブルパワートレインズに転籍したのみ)。
そして、開発スタッフも一部はHRC Sakuraに残り、2026年規定を見据えた先行基礎開発を継続していた。
つまり、ホンダは表向きは撤退していても、HRCとしてプロジェクトを継続し、F1への情熱は燃やし続けていた。
第3期を終えてすべてを清算してしまったことで、第4期の起ち上がりで多大な苦労を味わった苦い経験があったからこそ、いずれやってくるF1復帰に向けて、その火は絶やしていなかったのだ。だからこそ、2026年に来たる第5期は「初年度から勝ちを狙いに行く」と胸を張って言うことができる。
これまで第3期、第4期と、期待しては裏切られ、自分たちの好きだったホンダはどこに行ってしまったんだと感じていたファンは少なからずいたはずだ。何を隠そう、筆者自身がそうだった。開発や運営にあたる技術者たちの情熱は変わらなくても、大企業の経営的観点で右往左往を繰り返すたびに落胆させられてきた。
だが、ホンダは明らかに変わり始めている。
大企業病のサラリーマン集団ではなく、HRCを中心としたレース屋集団。タッグを組む相手も、ひたすら勝利だけを渇望するレース屋集団──。
2026年に始まる第5期F1活動は、ホンダがホンダらしく疾走する姿を見せてくれると確信している。
(後編・技術編につづく)
◆「ホンダF1復帰」後編・技術編>>ホンダの開発は遅れ気味も間に合うのか?