── 光星の背番号6といえば坂本勇人さん(巨人)がいますが、意識はしていますか?

 報道陣から坂本の名前が出ると、中澤恒貴の表情から色がなくなっていくように見えた。質問を受けて、中澤はこう口を開く。

「ほかの人から比べられたりするんですけど、自分はあまり意識しません。自分は自分なので、自分のいいところを突き詰めていきたいと思います」


高校通算24本塁打を放っている八戸学院光星の中澤恒貴

【憧れている選手はいない】

 八戸学院光星(旧校名・光星学院)という高校、右投右打の遊撃手で強打者という属性。中澤は坂本と重なる面があり、メディアから「坂本勇人2世」と見出しをつけられることも珍しくない。

 甲子園の試合後の囲み取材は、記者やテレビカメラが入れ替わり立ち替わり選手を取り囲み質問を重ねていく。当然、同じような質問も出てしまう。

 中澤は何度も「坂本選手は......」という質問を浴び、そのたびに判で押したように前出のコメントを発した。中澤を囲む報道陣がほとんどいなくなったタイミングを見計らって、本人に聞いてみた。「坂本選手の質問ばかりでうんざりしますか?」と。

 中澤は苦笑を浮かべつつ、言葉を探すようにこう答えた。

「『憧れているのは坂本選手ですか?』という質問が多いんですけど、自分は憧れている選手はいないんです。坂本さんにはなれませんし、自分を磨くしかありません。それに、まだ(坂本のように)偉大じゃないので。そこを知ってもらいたいですね」

 当然のことながら、中澤は坂本を大先輩として尊敬している。だが、中澤がなりたいのは坂本ではなく、まだ見ぬ「最高の自分」なのだ。それがアスリートの本能というものだろう。

 一方、メディアからするとプレースタイルの近い有名選手を例に出したほうが、伝えやすい事情がある。アマチュア野球では似たような属性の選手が登場すると「◯◯2世」「△△(地域名)の◯◯(選手名)」といった二つ名が広まる。大谷翔平だって高校時代は「みちのくのダルビッシュ」と呼ばれていたのだ。

 だが、その異名が選手の本質を言い表しているかといえば、疑問を覚えるケースも多い。たとえば近畿大時代の佐藤輝明(現・阪神)は「糸井嘉男2世」と呼ばれていた。元阪神の糸井が近畿大OBだったことにちなんだ命名だったが、糸井と佐藤の持ち味が異なることは当時から明白だった。今でも佐藤を「糸井2世」と呼ぶファンなどいないだろう。

【プレーヤータイプは浅村栄斗】

 中澤もまた、独自の魅力がある。

 本人が一番自信を持つのは打撃だ。高校通算24本塁打と飛び抜けて多い本数ではないものの、公式戦で7本塁打と密度が濃い。

 そのスイングはネクストバッターズサークルでの素振りを見るだけで胸が躍る。中澤は「ボールの軌道にバットを入れるイメージ」と語るが、下からかち上げるような軌道を描く。雄大なフォロースルーから放たれる打球は、どの方向にもよく伸びる。勢いよくスイングできると、その反動でバットが手から自然と飛んでいく。

「『打ったあと、バットめっちゃ飛んでるね』ってよく言われます。反射で飛んでしまうので、無意識なんですけど。小さい頃からこのスイングですし、これからも貫いていきたいです」

 一方で、守備・走塁は不得手ではないものの、突出した素養は感じられない。高校卒業後は三塁や二塁など、別のポジションで打力を生かす選択肢も考えられる。

「将来の自分の完成イメージをどのように描いていますか?」と尋ねると、中澤はこう答えた。

「売りは逆方向に長打を打てる部分なので、もうちょっと突き詰めていきたいです」

 プレーヤータイプは坂本というよりも、浅村栄斗(楽天)のイメージが重なる。とはいえ、中澤にとってはこうしたラベリングも余計なお世話だろう。

【肉体改造で飛距離アップ】

 そして、今夏の中澤を見て驚いたことがある。肉体がひと回り大きくなっていたことだ。昨夏は72キロだった体重が、現時点で79キロあるという。

「1年間ずっとウエイトトレーニングに力を入れてきて、毎日欠かさずやってきたので。全体的に鍛えてきましたけど、とくに重視していたのはデッドリフトです。背中を頑張って鍛えて、『もうちょっとラクにホームランを打ちたい』と思いました」

 8月12日の甲子園初戦(ノースアジア大明桜戦)では、爽快な振り抜きで左中間を破る二塁打を放っている。本人によると、「少し詰まった」という。

「詰まってもあれだけ飛んだので、ウエイトトレーニングのおかげかなと思いました。練習試合でも打ち損じの打球が長打やホームランになって、よくなってきたと感じます」

 4月にはU−18日本代表候補に選ばれ、強化合宿に参加している。木製バットを使っての打撃練習では打ち損じの打球も目立ったものの、ツボにはまった際の飛距離は目を見張った。八戸学院光星はふだんの練習では重い金属バットを使っており、木製バットはあまり使い慣れていない。それでも、中澤は「バッティングが売りのつもりで合宿に行ったんですけど、あのなかでは通用する自信がつきました」と手応えを得た。

 肉体改造の成果を実感する中澤に、「最終的にはどんな肉体になりたいですか?」と聞くと、少し首をかしげて考えてからこう答えた。

「もうちょい身長を伸ばしたいですね。今は178センチなんですけど、180はいきたいなと。でも、たぶん無理っすね」

 東京を15歳で出て、八戸で己を磨いて3年目。冬場に暴力的な海風が吹き荒れ、「寒くて、痛くて、ボールを打つのもイヤ」という時期もあった。それでも、「強制的に慣らしました」と強靭な精神力で順応した。すべての経験が中澤の養分になり、味になっている。

 八戸学院光星の次戦は文星芸大付との3回戦になる。

 オレは「坂本2世」ではなく、「中澤恒貴」だ。中澤のフルスイングには、そんな魂の叫びがこもっているように感じられてならない。