これが本当に、あの森なのか......?

 甲子園球場のまばゆいLEDライトに照らされる森煌誠(こうだい/徳島商)を眺めながら、何度もそう思ってしまった。

 8月7日の甲子園1回戦・愛工大名電戦に先発した森は、9回を投げきり被安打5、奪三振10、与四球1、失点1の快投で完投勝利を挙げた。

 自己最速には2キロ及ばなかったものの、9回には最速147キロをマーク。縦に大きく変化するカーブと、130キロ台で落ちるスプリットを武器に優勝候補をねじ伏せた。


優勝候補の愛工大名電打線を5安打、1失点に抑えた徳島商の森煌誠

【屈辱のU−18日本代表候補合宿】

 大会前から森は有力投手のひとりに数えられていた。それでも筆者が驚いた理由は、4カ月前に恥辱にまみれる森の姿を見ていたからだ。

 4月5日、森は近畿地方のとある球場のマウンドに上がっていた。U−18日本代表候補に選ばれた森は強化合宿に招集され、参加メンバー同士の紅白戦に出場したのだ。投手には2イニングが与えられ、それぞれに持ち味をアピールしていく。

 前田悠伍(大阪桐蔭)、東松快征(享栄)、武田陸玖(山形中央)らドラフト候補が次々に登板し、U−18日本代表監督の馬淵史郎(明徳義塾)ら首脳陣が目を光らせる。バックネット裏にはプロスカウトが大挙して並んでいた。

 そんななか、森の残した結果は無惨なものだった。投打二刀流の武田に2安打を浴びるなど、被安打6、与四球2、失点5。失点数は合宿に参加した投手のなかでワーストだった。

「周りは有名な高校のピッチャーばかりで、緊張していいボールがあまり投げられませんでした。恥ずかしくて『帰りたいな』と思いましたね」

 森は当時を苦笑しながら振り返る。

 ただし、結果こそ出なかったもののポテンシャルの一端は見せていた。とくに変化量の大きなカーブは目をひき、ストレートも指にかかりさえすれば「ガツッ!」と捕手のミットを強く叩いた。この日はそんなストレートが極端に少なかったのだ。

 強化合宿での苦い経験は、森に大きな影響を与えた。徳島に戻った森を見て、バッテリーを組む真鍋成憧(せいどう)は「あいつ、めっちゃ悔しそうにしてるな」と鬼気迫る雰囲気を察知したという。森は当時の心境を「こんなところで挫けても仕方ないと思っていました」と振り返る。

【徳島大会はノーシードから優勝】

 投球フォームでは、それまでオーソドックスだった左足の上げ方を高く振り上げるように改良した。

「足を高く上げると体が大きく使えて、腕が振れる感覚があったので。1年生の時はその使い方だったんですけど、いろいろと試すなかで変えていて。合宿のあとに戻しました」

 そして、強化合宿で自分を見失った反省から、投球に対する考え方を変えた。

「三振をとりにいこうとすると力んでしまうので、力を抜いて投げることを意識するようになりました」

 夏の徳島大会は5試合45イニングをひとりで投げ抜き、ノーシードから優勝に導いた。だが、脱力投法の効果を実感する森は「疲れは全然ありません」と胸を張る。大きな故障をしたことがない丈夫な肉体も、森にとって大きな財産になりそうだ。

 報道陣から目標の投手を聞かれた森は、迷わず「山下舜平大さん(オリックス)です」と答えている。

「高校の時から見ていたんですけど、大きなカーブが投げられてちょっと似ているなと」

 福岡大大濠時代の山下が将来を見据えて、ストレートとカーブの2球種しか使わなかったことも知っている。ただし、森の場合は「(球種を)増やしたいんですけど、器用なほうではないので」と事情が異なるようだ。

 特徴的なカーブは小学生時から壁当てで遊ぶなかで、「よく曲がっていた」という感覚が今につながっている。打者の目線を上下に動かす縦割れのカーブは、今後も森の野球人生を支える武器になるはずだ。

【全国制覇経験のある敵将も脱帽】

 そして、愛工大名電戦で試合中盤以降に猛威をふるったのはもうひとつの変化球、スプリットである。捕手の真鍋によると、徳島大会ではそこまで信用していない球種だったという。

「甲子園に来て、めっちゃ落ちるなと思って使いました。今日は3球続けて空振りを取れたんですけど、そんなの初めてで『めっちゃええやん!』と思って。結局1球も打たれませんでした」

 試合後、愛工大名電の倉野光生監督は完敗を認めてこう語った。

「森くんはスキのない本格派のピッチャーでしたね。強いストレートと落ちる変化球があって、変化球は見極めるのも難しいボールでした」

 AI搭載の最新型ピッチングマシンを活用して、愛知大会ではドラフト候補左腕の東松快征(享栄)を攻略した。だが、倉野監督は「あれは自分たちのグラウンドでしか使えないので」と、甲子園では使えなかったことを明かした。

 愛工大名電を撃破し、続く2回戦では智辯学園と名門との対戦が続く。奈良大会5試合で12本塁打を放った強打線は、当然のように森を警戒して牙をむいてくるだろう。

 一方、森も愛工大名電戦での投球が完璧という実感はないようだ。

「変化球はよかったんですけど、ストレートが思った以上に走ってなかったので。腕の振りが横振りになっていたのを修正して、安定したフォームで投げたいです」

 プロ注目の投手が続々と地方大会で敗れ、有力投手の多くが本来の力を出しきれない今夏の甲子園。新星・森煌誠は大会の顔になるのか、それとも......。伝統校の剛腕から目が離せない。