高校球界は空前の「盛り上がりが足りないブーム」だが、聖光学院は採用せず「男の勲章」を貫くワケ
「もっ! ......もり! ......もりぁ! ......盛り上がりが足りない!」
春から夏にかけて、このチャント(一定のリズムに乗せて、太鼓などを叩きながら歌う応援歌のこと)を何度耳にしただろうか。高校野球界は空前の「盛り上がりが足りないブーム」である。
高校球界を代表するスラッガー・佐々木麟太郎(花巻東)を追って、私は今春の岩手大会に4日間通った。すると、花巻東だけでなく登場するチーム、登場するチームがスタンドで「盛り上がりが足りない!」と叫んでいた。あまりにどのチームも同じ応援をしているので「この応援を布教するための宣教師でもいるのか?」と勘繰ったほどだ。
今夏の東東京大会5回戦では、私が取材した3試合・6校すべてが「盛り上がりが足りない!」を導入。なかには試合中に双方の応援スタンドが同時に叫び合う、「盛り上がりが足りない合戦」も展開された。ここまでくると、さすがに「盛り上がりは足りているのでは?」と思わずにはいられなかった。
このチャントは学生サッカーが発祥とされ、SNSにアップされた動画から火がつき、高校野球界に広まったと言われる。
夏の大会など主要な大会ではない限り、吹奏楽部員が野球部の応援にかけつけるのは難しい。自力で応援する術を編み出さなければならない応援部隊にとって、「盛り上がりが足りない!」は楽器が必要なく、みんなでワイワイ盛り上がれる利便性の高い応援といえる。
なお、神奈川では慶應義塾によって「森林(もりばやし)が足りない!」というアレンジも生まれた。試合中に森林貴彦監督をイジってしまうところに、慶應義塾のスマートさを感じてしまう。
今夏の甲子園では、どれくらいのチームが「盛り上がりが足りない!」を導入するのか。私は開幕日から注意深くアルプススタンドの様子を見守っていた。
大会2日目を終えた段階で、「盛り上がりが足りない!」のチャントを導入したのは14校中11校。じつに79パーセントもの甲子園出場校が流行を取り入れている計算になる。3回裏にいち早く歌い上げた鳥取商を除けば、どのチームも試合中盤から終盤にかけて勝負どころの攻撃開始時にチャントを入れていた。
開幕日の第3試合に登場した仙台育英は、宮城大会では一体感のある「盛り上がりが足りない!」を披露していた。ところが、甲子園初戦(浦和学院戦)ではその機会は訪れなかった。試合序盤から打線が爆発し、その後は浦和学院に猛追を許すスリリングな展開に「盛り上がり」が足りていたのかもしれない。
初戦で共栄学園を下した聖光学院ナイン
そんななか、盛り上がり不足とは無縁のチームがあった。福島のリアル男塾・聖光学院である。
聖光学院の名物応援といえば、野太い声で歌い上げる『男の勲章』。たとえ吹奏楽部の演奏がない日でも、100人を超える通称「口ラッパ隊」はアカペラで男臭く突っ張ってみせる。
吹奏楽部の演奏に頼らない「盛り上がりが足りない!」と聖光学院の口ラッパ隊は、相性がいいように思える。だが、いくら試合が進もうと、聖光学院のアルプススタンドから「盛り上がり不足」を指摘する声は起きなかった。
私は恐る恐る、聖光学院の口ラッパ隊に聞いてみた。「聖光学院では、『盛り上がりが足りない!』はやらないのでしょうか?」と。
「ウチではやりません」
そう断言したのは、応援団の副団長を務める小林響樹(3年)だ。なぜ、聖光学院では取り入れないのか。そう問うと、小林副団長から意外な答えが返ってきた。
「春から夏にかけて『盛り上がりが足りない』が流行っていましたけど、その応援をやっていたチームが負けている傾向にあったので......」
これは常勝チームゆえの「ジンクス」かもしれない。高校野球では、優勝チーム以外はすべて「敗者」になる。つまり、「盛り上がりが足りない!」を取り入れるチームが多ければ多いほど、「負けたチームの応援」という見方もできる。
そして、小林副団長は神妙な表情でこう続けた。
「自分たちには、この応援が格好いいとは思えなかったんです」
選手たちで話し合い、最終的に今夏の導入を見送ることにしたという。小林副団長の語った「自分たちには」という前置きには、「他校の応援スタイルを否定したくない」という思いが滲んでいた。
【チーム全員で戦うのがモットー】聖光学院には聖光学院のスタイルがある。アルプススタンドの応援部隊は、最前列を3年生が陣取る。スタンドで戦う意志を示すため、3年生が先頭に立って声を張り上げるのだ。小林副団長は言う。
「自分たちもそんな先輩方を見て、『格好いいな』と思ってきました」
小林副団長は茨城の江戸崎ボーイズから聖光学院に進学している。左投手として甲子園での華々しい活躍を夢見たが、それはかなわなかった。それでも、小林副団長は悔しさを押し殺して声を張り上げる。
「たとえベンチに入れなくても、チーム全員で戦うのが聖光学院のモットーなので。『自分が、自分が』と自己中心的に考えるのではなく、全員で勝つにはどうすればいいのか。そう考えて、自分もグラウンドのメンバーと一緒に戦っているつもりです」
共栄学園との初戦を9対3で勝利した聖光学院は、8月12日に仙台育英との2回戦を戦う。
「盛り上がりが足りない!」と己を鼓舞するもよし、『男の勲章』を歌い上げるもよし。彼らはそれぞれの方法でスタンドを盛り上げ、勝利のために戦っている。