インドのナレンドラ・モディ首相。世界で存在感を高めるインド外交をどうリードするか(写真・ 2023 Bloomberg Finance LP)

インドが世界から引っ張りだこの状態が続いている。急速な経済成長に加え、人口が中国を抜いて世界一となるなか、今年はG20の議長国を務める立場でもある。主要国はなぜインドへの関与を深めようとし、インド側はいかなる姿勢で応じているのか--。本稿では、2023年6月下旬から7月上旬にかけて起きた外交面の動きから、その背景を読み解いていく。

国賓としてモディを迎えたアメリカの意図

2023年6月21日から23日にかけて、インドのナレンドラ・モディ首相が訪米した。モディ氏は2014年の首相就任以降、国連総会や国際会議への出席を含めると7回訪米しており、訪問自体は珍しいことではない。

だが、8回目となる今回、アメリカはモディ首相を国賓として招待した。国賓の場合、さまざまな式典や公式晩餐会、迎賓館(ブレア・ハウス)の使用、そして連邦議会での演説など、最高の格式にもとづいた行事が行われる。

バイデン政権下で国賓として訪問した外国首脳はこれまでフランスのエマニュエル・マクロン大統領と韓国の尹錫悦大統領しかないことからも、アメリカのインド重視姿勢がうかがえる。

6月22日のモディ首相とバイデン大統領の首脳会談後に発表された共同声明でも、印米関係の重要性が前面に打ち出されていた。両国首脳が印米を「世界でもっとも緊密なパートナー関係のひとつにするというビジョン」について確認したほか、「人類の活動において、2つの偉大な国同士のパートナーシップが関わっていない分野はない」とまで持ち上げているのだ。

外交的レトリックだけではない。具体的な成果という点でも、今回のモディ訪米は目を見張るものがある。中でも目を引くのは、防衛分野での協力だ。重要な合意は以下のとおりである。

●新たに策定された「防衛産業協力ロードマップ」の下、先進的な防衛システムの生産や共同での研究・実験・試作が可能になる。
●インド国防省と米国防総省が軍の補給に関する協定に関する交渉を開始するほか、防衛装備品相互調達協定についても協議に着手する。
●ゼネラル・エレクトリック(GE)とインド航空・防衛最大手のヒンドゥスターン・エアロノーティクスの間で覚書が交わされ、GEがインドの国産軽戦闘機Mk2向けのF-414エンジンをインドで製造する。
●ゼネラル・アトミックスのMQ-9B高高度長時間耐久型(HALE)無人機について、インド国内で組立を行う。ゼネラル・アトミックスはインドに総合MRO(整備・修理・オーバーホール)センターを設置し、インドにおける防衛製品国産化の強化を長期的に支援していく。
●インドの造船所を整備・修理の拠点とする計画がアメリカ海軍との間でも進められており、「船舶修理基本協定」が締結された。
●大学やスタートアップ企業、産業界、シンクタンクからなるネットワークであり、防衛技術に関する共同イノベーションや先進防衛技術の共同生産を促進していく「印米防衛推進エコシステム(INDUS-X)」というイニシアチブが新たに設置された。
●アメリカ国防総省の宇宙軍が、「114 AI」および「3rdiTech」というインドのスタートアップ企業との間に「国際協力研究開発協定」を締結したことも発表された。

なお、防衛分野以外にも、半導体やAI、量子といった先端技術分野での協力推進が謳われている。

筆者はこうした合意メニューを見て、「アメリカがかなり踏み込んできた」という印象を受けた。インドを自陣営に取り込むことで、ウクライナ戦争をめぐる対ロシア、経済・軍事面で対立が深まっている対中のパワーバランスを自国に有利なものにしたいというねらいがあってのことだろう。

もちろん、アメリカとしてもインドが軍事やエネルギー面でロシアに大きく依存していることは百も承知のはずだ。これまでもアメリカはインドの防衛装備品調達に食い込もうとしてきた。しかし今回は単に武器を売却するのではなく、無人機の組立やエンジンの生産のように、インドとの継続的な関与と協働に本気で取り組もうとするものと言える。

こうした取り組みを通じて、対ロシア依存の度合いを低下させ、かつ自国のプレゼンスを高めていこうとしているのではないか。当のインドにしても、ロシアからは得られない先端技術分野での協力を得られるのは悪い話ではない。

上海協力機構サミットで見せたインドの「安全策」

では、これでインドは今後、アメリカへの傾斜を強めていくのだろうか。印米関係の緊密化が進んでいくことは間違いない。しかし、インドのジャイシャンカル外相が2022年11月にモスクワを訪問し、2023年4月にはロシアのラブロフ外相がデリーを訪問するなど、インドとロシアの密接な関係は引き続き維持されている点も忘れてはならない。

エネルギー面でも、インドは昨年からロシア産の原油輸入を急増させ、対ロシア経済制裁を続ける米欧とは一線を画している。つまり、インドの対米接近が進むからといって、その分対ロシア関係の重みが減るということにはならないのである。

ただ、モディ首相が2022年9月にプーチン大統領との首脳会談で「今は戦争の時代ではない」と、長期化するウクライナ戦争について苦言を呈しているように、インドもロシアの対応を積極的に支持しているわけではない。対ロシア関係の維持は必要としても、国際社会からロシアが始めた戦争を容認していると受け取られるのは避けたいという考えもあるだろう。

2023年、インドはG20以外にもう1つ重要な会議の議長国を務めた。上海協力機構(SCO)である。SCOは2001年に中国、ロシアおよび中央アジア4カ国で発足し、安全保障やテロ対策を主要な協力分野とする地域機構だ。

インドは2005年にオブザーバーとして参加し、2015年にはパキスタンとともに正式加盟が認められた。インドは2022年9月にウズベキスタンから引き継ぐかたちで初の議長国を務めることになった。

だが、ウクライナ戦争が続く中で、ロシアが参加する多国間組織の首脳会合を開催することは相当に神経を使う。加えて、インドにとっては国境問題で対立する中国や、カシミール問題をはじめ懸案を抱えるパキスタンの存在もある。

そこでインドは、7月4日の首脳会議をオンライン形式で開催することにした。4月の国防相会合と5月の外相会合はいずれも対面で開催していただけに不自然な印象は否めなかったが、インドとしては「安全策」をとったということなのだろう。

首脳会議終了後に発表された「ニューデリー宣言」を見ると、加盟各国は「より多極的な世界秩序の形成に向けたコミットメントを確認した」という、過去の声明を踏襲した文言がある。また、イランの正式加盟が承認されたほか、ベラルーシの正式加盟に向けた手続きが進んでいることの言及もあった。

こうした展開はインドがイニシアチブをとって推進してきたものではないが、米欧とは異なる秩序構築を掲げるSCOに加盟していること自体が独自の立ち位置を象徴していると言える。

G20首脳会議にかけるインドの意気込み

インドにとって2023年最大の外交行事は、9月9〜10日にニューデリーで予定されているG20首脳会議だ。

インドは自国でのG20開催を並々ならぬエネルギーを注いでアピールしている。筆者は今年に入ってから2回インドを訪問したが、首都ニューデリーでは空港や街の至る所にG20議長国をアピールするバナーやデジタルサイネージが設置されていることに目を見張った。28の州および8つの連邦直轄領すべてでG20の関連会合が開催されるとのことで、壮大な地域振興にもなっている。

その締めくくりが首脳会議であり、SCO首脳会議のようにオンライン開催というわけにはいかない。そして、G20はSCO以上に困難な舵取りが求められる。プーチン大統領が出席するかという問題もさることながら、ウクライナ戦争について、インドは議長国として解決につながるメッセージを発信するような共同声明をまとめることができるだろうか。

2023年2月に行われた財務相・中央銀行総裁会合では、ロシアのウクライナ侵攻についての言及が中ロの賛成を得られず、「共同声明」ではなく「議長総括」というかたちで発表された。紛争の当事国や立場もさまざまな国々が集まるG20という場で、コンセンサスを形成するのは容易ではない。

また、インドは2023年1月に「グローバルサウスの声サミット」を開催するなど、われこそが途上国の利益の代弁者であるとの姿勢を鮮明に打ち出している。だが、7月に開催されたG20エネルギー相会合では、脱炭素化に向けた動きを推進したい欧州勢と新興国・産油国の溝が埋まらず、発表された文書は一部のパラグラフが「議長総括」となり、残りが「成果文書」というかたちになった。

首脳会議ともなれば、閣僚会合以上に世界各国や国際機関から大きく注目されることになる。加盟国の利害を調整し、G20をグローバルな課題の解決にインパクトをもたらす場にできるかどうか。インド外交の手腕が問われている。

(笠井 亮平 : 岐阜女子大学南アジア研究センター特別客員准教授)