ビッグモーターの記者会見は、PR会社の巧みな危機管理を、ビッグモーター側のお粗末対応が打ち消す、実に不思議な会見となった(撮影:今井康一)

保険金不正請求をはじめとした数々の不祥事で、報道、さらにSNS上で批判の集中砲火を浴びているビッグモーターが、ついに会見を開いた。

この会見だが危機管理の「巧みさ」と「お粗末さ」が同居する、実に不思議なものであった。同時に入念な準備を重ねたというよりも、かなり「急ごしらえ」であったことも窺える。

かつてはテレビ東京の記者として、現在は企業の広報PRを支援する立場として、多くの会見に携わってきた経験から、今回の謝罪会見を読み解いてみたい。

当日の朝8時、11時から開催の案内が届く

会見当日の朝8時過ぎ、1通の案内文が報道各社に届いた。「不適切な保険金請求に関するお詫びと新たな経営体制に関する記者会見のお知らせ」と題された案内状には、あと3時間弱で会見を開くと記してある。問い合わせ先として「株式会社エイレックス」の名前も併記してある。「危機管理を専門」とするPR会社だ。


ビッグモーターが各社に送付した案内状。問い合わせ先は「株式会社エイレックス」だった(出所:ビッグモーター記者会見案内状)

今回の案内状だが、「危機管理専門のPR会社」が関わっているだけあって、巧みな点がいくつも見受けられた。

まず、参加できる記者を限定していることである。案内文には以下の記述がある。

セキュリティおよび会場のスペースの都合上、東商記者クラブ、自動車産業記者会、国土交通記者会所属の報道機関、プレスの方に限定してご案内しておりますので、それ以外の方は入場できません。

企業にとって「危険な会見」で記者を限定するのは、危機管理広報の常套手段だ。「注目の記者会見」には、実にさまざまな「メディア」が顔を出す。一般的なテレビや新聞、雑誌に加え、『週刊文春』のような「喧嘩上等」の週刊誌、「赤旗」のような政党の機関紙、さらに誰も聞いたことのない怪しげなメディアの「記者」も現れる。

だが「記者会見」という以上、自称「記者」の参加を企業は基本的に拒むことができない。一旦会場に入ってしまえば、雑多な「記者」からどんな質問を浴びせられるか、わからないのだ。だが「記者クラブ加盟社」に絞ることができれば、「最低限の防御」ができる。

今回のように、記者を限定する「理由付け」として「セキュリティおよび会場のスペースの都合」を挙げるのも定番の手法と言える。

案内状には参加資格について、もうひとつ「巧みな」記述がある。

会場の関係上、1社あたり記者3名様まで(カメラは除く)でご出席くださいますよう、お願い申し上げます。

「1社で3名も参加できれば十分ではないか」と思われるかもしれない。だが、テレビや新聞などの大手メディアにとって、「3」という参加記者数は実は「ギリギリ」なのだ。

犯罪や事件・事故を取材する社会部、企業取材を専門とする経済部、そして国土交通省の担当記者も出席したい。関連部門が各1名ずつで、ちょうど「3」となる計算だ。「3」を割れば、参加できない大手メディアの記者から苦情が出る。かといって、主催者としては余計な質問が出るのを避けるため、極力、記者を増やしたくはない。そのバランスをとった「3」という人数は、「絶妙な線」を突いているのだ。

巧みな点はこれだけではない。記者会見の開始時間にも意図が見えた。会見は「11時開始、12時半終了」で設定されていた。この開催時間は「メディアでの取り扱いをできるだけ抑える」ことが目的だろう。

テレビなら14時や15時台の会見であれば昼の情報番組を、17時や18時台であれば夕方ニュースと時間が一致する。各局は当然、放送時間中に行われる「注目の記者会見」を生中継することになるはずだ。逆に言えば、この時間帯さえ避ければ、生中継されることはないということになる。

新聞の扱いを減らすにも、11時という開始時間はちょうど良い。11時であれば、夕刊に十分、間に合うからだ。翌日の朝刊は、自ずと前日の夕刊との重複を避けた解説記事が中心となる。夕刊よりも読まれる朝刊での扱いの最小化を狙ったのだろう。

「聴取前日の会見」という巧みさ

さて最後の巧みさは、会見を25日に設定したことだ。この翌日の26日には、国土交通省による幹部への聴取への聴取が予定されていた。

私自身は会見を7月28日の金曜と予想していた。水曜の国交省側の温度感を見極めたうえで、会見を開くものと思っていたからだ。だが、実際には聴取前日の会見となった。結論としてはビッグモーター、そして「危機管理専門のPR会社」が選択した日のほうが正しかったように思える。

もし会見を開かずに国交省聴取の日を迎えたら、どうなっていただろうか。保険金不正請求発覚後、初となる幹部の登場に多くのメディアが押し寄せるのは確実だ。テレビに映る「幹部が役所に呼びつけられる姿」は否が応でも、見る者に「法を犯した存在」という印象を与えるだろう。

だが社長会見の翌日ではどうか。今さら、国交省に幹部が登場しても、インパクトはかなり弱くなっている。会見なしで聴取に応じた場合と比べ、報道量もかなり減るはずだ。「役所に呼びつけられる姿」のメディア露出が減ることで、「法を犯した存在」という印象をわずかながらでも軽減できたのではないだろうか。

さまざまな「巧みさ」を吹き飛ばした「ドタバタさ」

さて、ここまでは会見の巧みさを見てきた。では、会見全体が巧みなものであったかというと、決してそうではない。むしろ「ドタバタさ」や「お粗末さ」のほうが、強く印象に残るものであった。

「ドタバタさ」で言えば、最たるものは前述の「記者クラブ加盟社限定」の参加資格だ。「記者クラブ加盟社以外、参加不可」という案内状を、記者クラブ加盟社「以外」にもわざわざ一律で送付していたからだ。しかも会見場では「記者クラブ加盟社以外は参加不可」を徹底するわけでもなく、会場を訪れた加盟社以外の記者を会場に入れている。

もし本気で記者クラブ加盟社に限るなら、どうすべきだったか。当然、記者クラブにだけ案内文を告知すればいいだけだ。

記者クラブにプレスリリースなどを送る際は、「最低48時間前に事務担当に送付」などといった、その記者クラブの「独自ルール」を守らなくてはならない。私自身、総理官邸、自民党、財務省、経産省の記者クラブに所属していたが、ルールは記者クラブごとに微妙に異なっている。いずれにしても、今回の記者会見では記者クラブから課される「公開までの時間的猶予」をつくれなかったのだろう。

そして「ドタバタさ」を感じさせたもうひとつが、会見に列席したビッグモーター幹部の服装だ。「謝罪会見」にふさわしく、兼重宏行社長を含む全員が紺のスーツとネクタイ、そして白の「レギュラー」カラーのシャツに身を包んでいた。だが、新たに社長に就任する和泉伸二専務取締役だけは、色は白ながら、どこかカジュアルな印象の「ワイド」カラーを着ていた。


新たに社長に就任する和泉伸二専務取締役(撮影:今井康一)

紺のネクタイは全員が同じものを着けているように見えた。恐らくPR会社が全員分を用意し、会見当日のスーツとシャツの色「だけ」を指示したのではないか。衣装を整えての予行練習まで行う余裕がなかったのだと推察できる。

企業会見史に残る「迷言」が会見を失敗にした

肝心の内容だが、その「お粗末さ」については、すでに多くのメディアが伝えているだけに、もはや多くを語る必要もないだろう。

「現場に入ってよく見ておけばよかった」「(不正を働いた社員に対し)刑事告訴を含む厳正な対処をしたい」など「経営陣も被害者」と言わんばかりの発言で、兼重社長は自身を含む経営陣の関与を完全否定した。ツイッターでは「社員のせい」がトレンド入りするなど、批判は激しさを増した。

さらに兼重社長の「極め付け」とも言える発言があった。ゴルフボールを靴下に入れて車に叩きつけて傷を広げていた不正に関して、「ゴルフを愛する人への冒瀆ですよ」と声を荒らげたのだ。あまりにピントの外れた発言は、企業広報の歴史に残る「迷言」となったのではないか。

さて会見の「ドタバタ」や「お粗末さ」を指摘した後だが、ビッグモーターの今回のPR会社の選定自体は正しかったと思う。

わかりやすさを優先するため、多少の誇張含みで言うなら、ほとんどのPR会社は「今、わらび餅ドリンクが流行ってます!」といったトレンド情報をメディアに売り込むことに日々、躍起となっている。ほとんどのPR会社の日常業務の延長線上に、今回のようなシビアな「危機対応」は存在しないのだ。

加えて、PR業界にはそもそも報道経験者が少ない。例えばテレビで言うと「番組制作経験者」は散見する。だが、ほとんどが制作会社での勤務経験で、シビアな報道の経験がないのだ。

今回のビッグモーターの不祥事のように国交省、警察、金融庁、あるいは内部告発者などへの取材はテレビ局の報道局社員が担う。扱いに細心の注意を要する情報だけに、「社外」には委ねられないからだ。

今回の記者会見をサポートしているPR会社のサイトを見ると、ベテランの元新聞記者など報道経験者が複数在籍しているようだ。

PR会社と言うと「金を払えば受注する」と思う人もいるかもしれないが、決してそんなことはない。また、今回のような不正が絡んだ事案の場合、しかも初の会見となれば、そこでのやり取りがお粗末だったり、会社側の説明が隔靴掻痒だったりすると、仕事を引き受けたPR会社にもマイナスの影響が及びかねない。あくまで推測の域を出ないものの、そのリスクすら認識したうえで、引き受けたということだろう。このようなことを勘案しても、「危機管理」を委ねるには、最適の選択だったように見える。

にもかかわらず、会見が「お粗末な発言」のオンパレードとなったのは、あまりに急な依頼で満足な準備ができなかったか、社長の「特異なキャラクター」ゆえ、密なコミュニケーションが取れなかったか。そのいずれかではないだろうか。

いずれにせよ、平時からの広報・危機管理への取り組みの大切さが浮き彫りになる会見であったのは間違いない。いくら危機管理の専門家がサポートしても、多くの記者が集う会見という場では、モラルなき企業風土を覆い隠すことなどできないのだ。

ビッグモーターのこれから

さて最後に、ビッグモーターを巡る報道の「これから」を予想したい。今回の謝罪会見を機に報道は沈静化するどころか延々と続くことになると、私は見ている。

保険金不正請求の調査報告書によると、4割の修理案件で不正が見つかったという。兼重社長は会見で「組織的関与」を否定した。だが、「バレた」だけで不正は4割にも上っているのだ。LINEなどの証拠を持つ社員、元社員が相当数いる可能性が高い。今後、さまざまな不正の証拠が出てくるのは確実ではないか。

さらに保険金請求「以外」の不正も出てくる可能性がある。また、これは不正には分類されない事案だが、「外から車がよく見えるように、ビッグモーター店舗前の街路樹に除草剤が撒かれて枯れている」という疑惑が、すでにツイッターを中心に指摘されている。

もし今後、新たな不正の背景に「組織的関与」や「経営陣の指示」があったことが明らかになれば、どうなるだろうか。これらを否定した社長の発言は報道やツイッターで「必ず」引用されるだろう。新たな不祥事は「社長のうそ」という燃料を投じられて、さらに燃え上がることになるのではないか。

(下矢 一良 : PR戦略コンサルタント)