新小岩の「劉記 中華面食」で人気の「ガチ中華パン」。パイの中に卵黄とあんこが入っているものも(撮影:梅谷秀司)

JR新小岩の駅前商店街に、週末になると行列ができるガチ中華パンの専門店がある。オーナーの王敬賢社長は中国・大連出身で、世界中の食を扱う飲食店・食品店がある日本にも中華パンを売る店だけはなかった、と話す。

王社長は36年前に料理人として来日後、厨房内はもちろん、メニュー開発、店長やマネージャーなど幅広い業務を、中国料理、寿司、釜めし、ラーメンなどの店・会社で経験。幼少期から食べてきたおいしいモノを日本人にも伝えたい、と2022年5月20日に「劉記 中華面食」を開業した。開業から1年余り、テレビなどで取り上げられているほか、他にはないパンを求めて日本人だけでなく、日本各地から中国人もやってくるという。

おやきやパイ、揚げパンなど40種類が並ぶ

店内には60種類ほどあるレパートリーを絞った40数種類のガチ中華パンがつねに並んでいる。「一番人気の商品はどれですか?」と聞いたところ、「『牛肉と玉葱のお焼き』『豚肉・エビ・ニラのお焼き』(各275円、税込み、以下同)はすごく人気です。白菜を発酵させた酸菜が入った『豚肉と酸菜のお焼き』(220円)も、さっぱり食べられて人気なんです」と説明する王社長。お焼きは30個4種類の仕込みが、最大で4回になったことがある。


お焼きの人気も高い(撮影:梅谷秀司)

説明はまだ続き、肉まんやパイ、月餅、台湾の揚げパン(油条)(220円)など、なんと全部が人気と紹介された。取材日に「豚肉フレークのマヨパン」(600円)などが置かれていた一角は、中国の最新流行の粉食で頻繁に入れ替えているという。このほか、食事パンとして人気の花巻や手作り餃子まで販売されている。


あんこや黒ごまが入ったパイは中身がぎっしり(撮影:梅谷秀司)

中国は、南部がコメ食、北部が粉食文化圏に位置づけられるが、「今は、物流がすごく発達したので、南のモノもずいぶん北に入り、どこででも食べられる。私たちも、どっちの食文化かわからなくなるほどです」と話す王社長。

「ねじねじ揚げは日本でも、長崎に細くてパリパリなものがあります」、と説明する王社長。長崎には江戸時代、福建省など中国南部の沿岸地域から来た人々が暮らしていた。「実はこれ、本当に食べるのは中国の北のほうです。最近では北のほうのねじねじ揚げはフワフワで、スタンダードなのは蜂蜜を練り込んだ『蜂蜜ねじねじ揚げ』(275円)です」と王社長は説明する。

台湾の朝ご飯アイテムとしても知られる油条は、必ず新鮮な大豆油で揚げている。「この辺には中国に出張していた日本人の方も多く住んでいて、これが食べたくてあちこちで探すけど、いいのがない。結局うちにたどり着くんですね。新鮮な油を使うので、この色に揚がるんです」と誇らしげな王社長。


油条は新鮮な大豆油で揚げている(撮影:梅谷秀司)

福岡から「爆買い」しにきた人も

客の3割は中国出身の人たち。「興奮を抑えきれず、1個ずつ全種類買う、みたいな人が多いです。今日は仙台、北海道からわざわざ来てくれる人がいました。この間は朝、オープンしたら、福岡からスーツケースを持ってきてまとめ買いした人がいました。うちは保存料を使わず手作りしているのであまり日持ちしませんが、花巻など冷凍できるものもありますから」と王社長。食べたとたん、たくさんの思い出がよみがえった、など感激する中国人は多いと、王社長自身もうれしそうに話す。

王社長によると、実はガチ中華パンをひと通り集めた店は、日本で初めてというだけでなく、中国にもほとんどないそうだ。点心を作る面点師は免許が必要で、習得するのに10年、20年かかる。パイ、お焼きなど、ジャンルによっても必要な技術が異なる。中華面食では、王社長と2人の職人が得意分野で手分けして、このラインナップを揃えている。


店内にはさまざまな種類の肉まんも(撮影:梅谷秀司)

「ここに並ぶ全部をまとめた呼び名は、中国でも粉食しかない。肉まんは肉まん、パイはパイだから。でも、わかりやすく伝える言葉は必要。だったら、パンがいいんじゃないか、と中国のパンとして紹介しています」と王社長。

手作りで保存料を使わないのは、日本人にも本来のおいしさを伝えたかったから。王社長は、日々店頭に立ち、来店した日本人客に1つひとつ商品を解説している。そのおかげもあって、日本人のリピーターも多い。日本人でも遠方から来る客は多く、先日は北海道から2人で来た客がいたという。

店のウェブサイトはまだないが、現状は中国の人気メッセージングアプリ「ウィーチャット(微信)」で2000人の顧客がおり、全国に宅配便で送っている。いずれはECサイトも作りたいそうだ。

王社長がこの店を開いた原点には、大連で過ごした子ども時代がある。

「学校からの帰り道に屋台があって、すごく安いんですね。ねじねじ揚げとかお焼きを1個だけ買って食べる。朝ご飯でも、屋台で揚げたてを待って牛乳と一緒に食べると、サクッとしてすごくおいしかった記憶があります。中国には、屋台で朝ご飯を食べる文化があります。うちでも親が真似してお焼きを作りました。きれいにまとめられずボロボロになっているけど、おいしかったです」と振り返る王社長。

「粉食は、僕の中で食べ物イコールそれ、ご飯イコールそれ。全部の食文化で、中国北部の粉食は最高の食文化です」。それは、日本人にとっての白いご飯と似た存在感ではないだろうか。


王社長(左)と、創業時から働いている劉さん(撮影:梅谷秀司)

在日外国人が多い新小岩

王社長が、中国出身者が多い町の中で条件が合う店舗を見つけた新小岩のアーケード商店街には、ガチ中華料理店、中国食材店、ハラルフードとケバブの店、ベトナムなどのアジア食材店など、移民たちが必要とする食材店が点在し、歩いてみると、日本人に交じってブルカをかぶった女性やインド人らしきカップルなど、旅行者とは違う自然体で歩くアジア各地から来た人たちを見かける。

店がある江戸川区(新小岩駅は葛飾区)は東京都区部の東端で、地価が比較的安い。2021年時点で在日外国人数は新宿区に次ぐ2番目に多く、区内の人口の約5%を占める。その中で最も多いのが中国人だ。JR総武線の隣、平井駅周辺には外国人留学生向けの日本語学校や中国人専門の大学受験予備校がある。

中華面食が行列するほど人気なのは、メディアでの紹介が多い影響もあるが、王さんが手作りのおいしさを伝えようと本格的な味に仕上げていること、在住中国人が多く中国に関心がある日本人も多いこともある。

「ガチ中華」という言葉自体がここ数年流行しているように、全国で次々に増えている中国人が多い町で食べられる、中国北部の本格派料理を好んで食べる日本人がたくさんいることが人気の要因と思われる。

近年、世界各国との交流が活発になり、旅行やビジネスで中国他海外の食文化に親しんできた人がたくさんいる。外国の珍しい食べ物を試したい日本人も増えている。すっかりグルメになった日本では、食への好奇心が強い人が多いのだ。食べてみておいしい、となればリピートする。

日本に住む外国人が増え、食の幅も拡大

2010年代以降、日本に住む中国人などの外国人が急増している。治安が良く水道水が飲めるほど清潔で、人手不足に悩む日本は、外国人にとっても住む国として魅力らしい。また、戦後の奇跡的な復興の歴史や品質の高さで知られた日本製品への関心、信頼も特にアジアの国々では根強い。アニメやテレビ番組の影響もあるかもしれない。


新小岩の商店街にはハラル食品店や中華食材店などさまざまな店がある(撮影:梅谷秀司)

近年、アジア各地のスイーツや間食を売る店が、外国人が多い町にちょこちょこできてきている。西葛西にはインドスイーツ専門店がある。中東スイーツを売る小さな店もときどき見かける。

現地出身の人たちが主に開くそうした店は、王社長のように故郷の味を同郷の人たちに食べさせたい、日本人にも知ってほしいと思うのだろう。間食の分野まで飲食店ができてきたのは、それだけ移民文化が日本にも根付いてきた証しと言えるのではないか。

王社長は、故郷の味を恋しく思う全国の中国人たちに、ガチ中華パンを届けたいと願っている。高い技術を要する手作りの味を幅広く提供するのは容易ではないだろうが、まずは「山手線一周全部あるといいな。中国の人がいるいないに関係なく、どこでも近くで買えるようにしたい」と王社長が描く未来像は、私たちにとっても楽しみだ。いつか、パンをランチに選びたいが、ガチ中華パンと西洋のパン、どっちにするか悩む人が出てくるかもしれない。

(阿古 真理 : 作家・生活史研究家)