廃棄寸前の「超小型モビリティ」を高校生らが再生。環境改善に役立ててもらうために地元の企業や自治体に寄贈する運動を続けています。その活動がNHKの番組にも取り上げられ、地元に思わぬ波紋を広げています。

いっぱい走って、いっぱい宣伝してよ!

 かつて国土交通省も盛んに宣伝した「超小型モビリティ」を、高校生らが整備して再生。静岡県内の観光牧場に寄贈したことがきっかけで、牛乳を提供する酪農家から大きな反響を得ることになりました。地元の町も車両の寄贈を受けて「車体は小さいが、願いとか期待は大きいです」と町長が声援を送りました。


丹那牛乳のラッピングが施された「コムス」。イラストは原動機研究部で活動するセクシー女優の大槻ひびき顧問による(中島みなみ撮影)。

「超小型モビリティ」を知っていますか。定員1〜3人程度で、最高速度60km/h、車種区分では軽自動車に位置付けられた高速道路を乗れない小型電動車です。原動機付自転車に分類されるミニカーとは別モノです。

 2010年代には、大手自動車メーカーが競って製品化し、当時は国土交通省内でも大臣が試乗。各地で展示会が開催されました。最も知られるのは、トヨタ車体の「コムス」でしょう。ただ、どれも社会実験の域を出られず、歴史のあだ花として消えかけた未来のクルマです。

 超小型モビリティ再登板のきっかけは、社会実験で使われた車両が使いみちのないまま眠っていることを高校生らが知り、これを譲り受けて整備。活動拠点である自治体や地元の企業に寄贈し、環境負荷低減とSDGsに一役買ったことです。「コムス」1台を寄贈された観光牧場「酪農王国オラッチェ」(静岡県函南町)の西村 悟社長は、その反響に驚いています。

「寄贈の話をもらった時は、環境に優しい電動車という程度の認識でした。しかし、その車体をせっかくだからラッピングしようと。その費用はうちで負担する。そうすればラッピングの経験のない部員の体験にもなるから、双方にとっていいじゃないかと。6時間くらい手をかけて完成させましたが、これがうれしい誤算。車両を入口に飾ったら、子どもたちが来るたびにハンドルを握って離れない。お客さんが写真を撮ってSNSに上げてくれて話題が一人歩きしてくれました」

 立役者は、伊豆市を拠点に活動する「原動機研究部」でした。学校の枠を超えて伊豆地域に住む高校生やOBが行うサークル活動で、原動機をキーワードにした縦横無尽の活動は地元でも評判になりつつあります。寄贈までの各地の様子は、NHKの番組「Dearにっぽん」でも「走れ! 原動機研究部〜静岡 伊豆〜」として全国に放送されました。

「この地域の酪農家の牛乳が『丹那牛乳』というブランドになっているのですが、この名前が車体にラッピングしてあります。番組を見た酪農家から、うちの牛乳がテレビに出てる! いっぱい走って、いっぱい宣伝してよ!って。全国からも連絡もらった。最近、酪農には明るいニュースが少なかったですから、文字通り原研の活動とコムスが地域活性になってます」(西村社長)

レース活動の傍ら、“原動機”で地域貢献を実行する

 2023年7月16日、酪農王国オラッチェで静岡県会議員も出席してわれた寄贈式には、原動機研究部の初代部長でOBの福岡暉仁さん、2代目の部長で高校3年生の田中海豊さんらが出席しました。

「玄関で飾られて、子どもたちが喜んでいるのを見られたのはよかったです」(福岡さん)
「お客さんが写真を撮ってくれたり、そういうところでも活躍できるんだなと」(田中さん)

 高校の部活から地域のサークル活動へと拡大した彼らの活動は当初、モータースポーツへの参加が大きなテーマでしたが、そこに新たな目的として加わったのが地域貢献です。

 原動機研究部は、静岡県東部地域の地方自治体にも整備した超小型モビリティを寄贈しています。この時の町長に向けた言葉も「行政と地域貢献ができれば、という活動のひとつとして寄贈します」でした。

 仁科喜世志函南町長は、こうした活動の広がりに期待します。

「函南町でも環境基本条例を制定、今年度からの環境基本計画をスタートさせた。高校生やOBから、(各地の実証実験で使われた超小型モビリティが)このままだと廃車になってしまうという話をきいて、そんなのもったいない話で。それを高校生とOBが整備してくれた。こうした車両を行政から率先して使って、町民に手ごろで便利ということを訴えて理解が得られるようにしていけば、環境対策にも相乗効果がある。彼らが整備した車体は小さいが、その波及効果と期待は大きいです」

 高齢の健康対策で家庭を訪問する業務が増えた函南町では、保健師のこうした移動に利用する考えです。


函南町へのコムス贈呈式。左奥から仁科函南町長、福岡元部長、尾崎現部長、佐野函南副町長、左手前から勝海部員、田中前部長(中島みなみ撮影)。

 現部長で高校3年生の尾崎由徒さんは、原動機研究部の新たな活動に自信を深めていました。

「自治体の町長と接する機会は、よほどのことがないとありえない。入部した当時は自分たち整備したバイクでいい成績が残せたらいいなという程度だったけど、ここまでの規模にいくとは思わなかった。よかった」

 国土交通省自動車局は『地域から始める超小型モビリティ』というガイドを作成。超小型モビリティの導入促進を目指しましたが、超小型モビリティという名前が忘れられそうな今、“原動機好き”の若者たちの思わぬ行動が、新たな利用を生み出そうとしています。