2022年4月からパワハラ防止措置の義務化が大企業だけでなく、中小企業にも適用され1年が経った。

普段、職場上司の指示・指導方法に抱く不満。

それが果たしてハラスメントに当たるのかどうかの判断は難しい。

第2回は、ハラスメント相談室に通報があった、オンライン会議で起こった出来事をご紹介。

こんなとき、あなたならどうする?

取材・文/風間文子

前回:「こんな理不尽なことってある?」突然、泣き出した女性の訴え:ハラスメント探偵【通報編】




ケース2:大手上場企業の子会社に勤務する若手社員3名の場合


時刻は19時10分を過ぎたところだった。

某大手上場企業の子会社の営業1課に所属する森本彩乃(仮名・24歳)は、自宅マンションのリビングでノートパソコンの画面と向き合っていた。

画面上に開かれたミーティングツールには同期の後藤拓海(仮名・25歳)と1年先輩の深山大輝(仮名・25歳)、2人の深刻な顔が映し出されている。

「会議の開催回数をあらためて調べたところ、ここ3ヶ月だけでも40回でした」

後藤の報告を受けて、画面上の深山の視線は彩乃に移った。

「森本、会議の開催時間はどう?」
「平均して1時間半です。1番長いときで3時間っていうのがありました」

彩乃が回答をすると、今度は深山が報告する番だった。

「俺の方で調べた議題内容はというと、7割が情報共有と報告、あとは叱咤激励。ほんと石井課長がやる会議って、必要ある会議とは言えないよな〜」

深山の意見には彩乃だけでなく、後藤も同感だったようで。何度も力強く頷いた。

「各々の進捗は管理アプリを使うとか、各自の申告制にしてほしいっす」

「それ、わかる。叱咤激励だってさ、わざわざ会議でやることか?それよりか通常の業務に集中させて欲しいよ」

「私も、そう思います。それに『今日は重要な会議だ』って言うから何かと思えば、ピントの外れた目標やアイデアばかり掲げて、毎回その無駄な業務に付き合わされる身にもなってほしい」

「ほんと、単に自分の承認欲求を満たしたいがための思いつきを部下に押し付けないでほしいよな。

あとさ、事前に何も準備してないのに会議中に『何か新しいアイデアはない?』って急に聞くのもやめてほしくないか?結局、納得いく答えがでなくて次回に持ち越しだろ?」

この日、仕事が終わった後に3人で話し合わないかと持ち掛けたのは深山だった。

そして、皆が堰を切ったように愚痴が止まらない相手とは、営業1課の課長・石井健太郎(仮名・45歳)のことだ。

「…やっぱり、石井課長の“あの件”は放っておけないと思うんだけど、皆はどう思う?」

頃合いを見計らって、画面上の深山がそう切り出した。

“あの件”について話し合おう。それこそが、若手社員がオンラインで集った理由だった。

それは、2日前の業務時間中に起きた――。


上司だったら何をしても許されるのか!?


会社はコロナ禍を経てハイブリッド型の勤務形態になっていた。そのため、所属する課が同じでも、出勤する社員もいれば在宅勤務の社員もいて、会議はもっぱらリモートでの開催が中心となっていた。

営業1課長の石井にとっては、わざわざ決まった場所に集まる必要がなく、気軽に開催できるとあって、事あるごとにリモート会議を入れた。

その日もまた、会議開催の知らせが課で共有するSNSを通じて各社員に届いたわけだが、たまたま在宅勤務の日だった彩乃は焦った。

出席できる者はするようにという指示とともに、指定された時間はなんと15分後。化粧をする時間もない。マスクも切らしており、買いに行くほどの時間もない。

仕方なく彩乃は、ビデオをオフにしての参加を試みる。その時のやり取りがこうだ。

石井「あれ?アクセスしても映ってない奴がいるぞ?森本と、深山と後藤だな」

ビデオをオフにしていたのは彩乃だけでなく、同期の後藤、そして深山もいた。




深山「大丈夫です。石井課長のこと、ちゃんと見えてますよ。声も聞こえています」
後藤「私も石井課長のこと、見えてます。音声も問題ありません」

石井「いやいや。私は、君たちの顔が見えてないの。森本はどう?」
森本「ええ、私も見えてます。気にしないで進めてください」

石井「気にしないでって、そういう訳にもいかないだろう。これは会議なんだから、顔を出さないのは、おかしいだろう」

深山「…すみません。会議が急に決まったもので、部屋が汚くて。今日はビデオをオフで参加させてください」

森本「私は、メイクが間に合わなくてスッピンで…。マスクも切らしているため、今日はこのままお願いします」

後藤「私は今、実家で仕事をしていて親もいるもので。もう少し会議までに余裕があれば場所もちゃんと確保できたと思うんですけれども…」

各々が事情を説明するも、石井は納得がいかない様子だ。

石井「おいおい、急にって言うけどな、少なくとも今は業務時間中だ。リモートとはいえ、業務時間中はいつでも上司の指示に対応できるように準備しておくのが常識だろう」

深山「ですから、こうして出席してるじゃないですか。お言葉ですが、みんな事情があるわけだし、チャットもあります。顔を出さなくても支障はないんじゃないでしょうか?」

後藤の画面には「いいね」の反応アイコンが表示された。それを見た石井の顔が、みるみるうちに紅潮していく。




石井「お前ら、俺を舐めてるようだが2度も言わせるなよ。これは業務命令だ。…わかったら顔を出しなさい」

彩乃はそれでも納得がいっていなかったが、画面越しににらみつけてくる石井に恐怖心を抱き、恥ずかしさに堪えながらもビデオをオンにした。

画面上には後藤、深山の顔も順に映し出され、ようやく会議は始まった。議題は成績の現状報告と、いつものように石井の持論を聞かされるという内容に終始したのだった――。



「結局、あれって顔出しする意味があったんですかね?」

会議を振り返る後藤に、深山は苦笑した。

「いや、ないだろう。それを上司という立場を盾にして無理やり強要するなんて、あり得ないよ。森本はどう思う?」

「私、『2度も言わせるな』って石井課長に言われた時、凄まれてるようで怖かったです」

翌日、会社に設けられたハラスメント相談窓口に1通の内部通報が入った。さて、貴方ならどうジャッジする?

解決編へ続く。


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創業5年目のベンチャー企業で起こった“悲劇”



監修:株式会社インプレッション・ラーニング
代表取締役 藤山 晴久

全国の上場企業の役員から新入社員を対象とした企業内研修や講演会のプランニング、講師を務める。「ハラスメントに振り回されない部下指導法」 「苦手なあの人をクリアする方法」などテーマは多岐にわたる。