【この夏、次々にスターを物色】

 クリスティアーノ・ロナウドとカリム・ベンゼマに続いて、サウジアラビアのクラブへ移るのは誰か? オイルマネーで潤う中東の大国が、桁違いのサラリーを用意して、フットボール界のビッグネームを揃えようとしている。これは日本のクラブにとっても脅威となりうる。FIFAの定める地域上、同じアジアに属すサウジ勢とは、AFCチャンピオンズリーグ(ACL)決勝で対戦する可能性があるからだ。

 今年1月、サウジ・プロリーグのアル・ナスルは無所属だったロナウドと2年半の契約を締結。現在38歳のポルトガル人ストライカーの推定年俸はおよそ300億円(2億ユーロ ※1ユーロ=約150円で計算、以下同)──月給にすると約25億円になる計算だ。


新シーズンからアル・イテハドでプレーすることになったベンゼマ

 その5カ月後に、こちらもバロンドール受賞者のベンゼマが続いた。現在35歳のフランス代表FWは、栄光に満ちた14シーズンを過ごしたレアル・マドリードに別れを告げ、アル・イテハドと3年契約を結んだ。推定年俸はおよそ150億円──こちらも月収にすると約12億3000万円になる。

 ちなみに2022年度の浦和レッズのトップチームの総人件費は、28億5300万円と報告されている。つまり、昨季のアジア王者はベンゼマの年俸の5分の1以下で、選手と監督、コーチの全員を賄っていたことになる。

 サウジアラビアのプロリーグには、ファイナンシャル・フェアプレーやサラリーキャップなどの規制が一切ない。クラブは選手補強に、好きなだけカネ──それは無限にも見える──を使えるわけだ。

 ただし、カネですべてを手に入れられるわけではない。アル・ヒラルから推定年俸約750億円──しつこいようだが月収にすると約62億円──のオファーを受けていたとされるリオネル・メッシは、中東のイスラム国家のライフスタイルが自身とその家族に合わないと判断したようで、アメリカのインテル・マイアミを新天地に選んだ(2年半契約で推定年俸は約70億円から105億円)。

 最大のターゲットは逃したものの、サウジ・プロリーグの各クラブはこの夏、引き続きスター選手を物色している。

 これまでに噂に上った選手は、エンゴロ・カンテ、セルヒオ・ブスケツ、ピエール=エメリク・オーバメヤン、ネイマール、ルカ・モドリッチ、ハリー・ケイン、ソン・フンミン、ウィルフリード・ザハ、アダマ・トラオレ、ウーゴ・ロリス、アレクシス・サンチェス、ロベルト・フィルミーノ、サディオ・マネ、ペペなど......。本稿執筆時点で、カンテとアル・イテハドはじきに推定年俸約175億円の契約で合意に至るものと見られている。

 またアル・ヒラルはチャンピオンズリーグで2度優勝したジョゼ・モウリーニョに2年総額で約180億円を用意して、ローマから引き抜こうとしているようだ。中堅クラブのアル・エティファクは、リバプールのレジェンドにして引退後は監督としてレンジャーズでスコットランド・リーグを制したスティーブン・ジェラードを迎えようとしている。

【国家ファンドが国内4大クラブを買収】

 この動きの裏には、サウジアラビアの国家プロジェクトがある。今年6月5日に同国スポーツ大臣は、サウジ・プロリーグの改革案を発表。来る新シーズンを前に、アル・イテハド(昨季リーグ1位、ベンゼマが在籍)、アル・ナスル(同2位、ロナウドが在籍)、アル・ヒラル(同3位、メッシの獲得に失敗)、アル・アハリ(昨季2部リーグ優勝)の4大クラブを、国家ファンドのパブリック・インベストメント・ファンド(PIF)が買収することが明かされた。

 これまではスポーツ庁に保有されていた4クラブを(名目上)民営化する形で、潤沢な資金を動かしやすくするのが狙いだと言われている。とはいえ、PIFはサウジアラビアの国家ファンドであり、2021年10月にはプレミアリーグのニューカッスル・ユナイテッドを買収し、最近ではPGAツアーをLIVゴルフと合併させゴルフ界を実質的に牛耳ることに成功している。

 いずれにせよ動く資金が大きくなるのは明白で、プロリーグの年間収益を昨季の約167億円から、約670億円に増加させたい意向も。そして2030年までに、約3000億円規模のリーグとし、世界で10位以上の価値を持つリーグと認知されることを狙ってもいる。

 表向きの理由としては、きらびやかなスターを集めて、国内リーグを魅力的なものにすることで、国民のスポーツへの意識を変えたいのがひとつ。なぜなら、このサウジには、国民の6割以上が適正体重を超えている現状があるという。同国サッカー協会に登録している男子選手数を、現在の2万1000人から、20万人に増加させたい意向もあるようだ。

 またこれは政府が掲げる『Vision 2030』という計画の一貫だとも説明された。このプロジェクトにより、これまでオイルに頼っていた経済構造をより多様化し、医療や教育、インフラなどの公的サービスを発展させ、国外からの投資をより多く招き、王国のイメージを改善させようとしている。

 2030年に一定の成果を見込んでその名称がつけられているが、その2030年に開催されるW杯の開催も目論んでいるといわれる。そのためにも自国リーグのレベルを高め、ゆくゆくは代表の強化に繋げていきたいようだ。

【"スポーツウォッシング"の意図の指摘】

 ただしここ数年、主に欧州のメディアで問題視されている、国家や個人が自らの不都合なイメージをスポーツを利用して覆い隠そうとする行為"スポーツウォッシング"の意図が、ここでも指摘されている。

 絶対君主制国家サウジアラビアは2018年10月、同国出身の民主化運動家にして著名ジャーナリスト、ジャマル・カショギ氏をトルコのサウジアラビア領事館で殺害した疑いが持たれている。また同国の法律では、同性愛が犯罪で、発言や信仰の自由や女性の権利も極めて限定されている。多くのスター選手の存在で、サウジアラビア政府にとって嫌な話題から目を背けさせようとする意向もあるのだろうか。

 いずれにせよ、カネに糸目をつけない乱獲はここから本格化しそうだ。

 2010年代に中国のクラブのオーナーたちがサッカー好きの国家主席に取り入ろうとする方法のひとつとして巨額の投資を始め、その筆頭だった広州恒大は国内リーグを9度制し、ACLで2度優勝した。

 コロナの影響もあって中国のサッカーバブルははじけたが、今度はサウジアラビアがより厚い札束をもって世界のフットボール界を揺るがそうとしている。中東の大国としては、W杯を開催し、パリ・サンジェルマンの持ち主であるカタールや、ついにチャンピオンズリーグを制したマンチェスター・シティを保有するUAEの派手な動きは面白くなかったのだろう。ここにきて、大きく巻き返そうとしているようにも映る。

 日本のクラブにとっては、アジアの頂点への道のりの最後に大きな困難が待ち構えることになるか。早ければ、次のACL決勝にロナウドかベンゼマが出場する可能性も。ファンとしては、楽しみが増えることになるかもしれないが、その動きは注視したほうがよさそうだ。