回転寿司チェーン「スシロー」で迷惑行為を行った少年に対して、運営会社「あきんどスシロー」が約6700万円の損害賠償請求をしていたと報じられた(編集部撮影)

しょうゆボトルの注ぎ口をなめ、湯飲みをなめ……。回転寿司チェーン「スシロー」で迷惑行為を行った少年に対して、運営会社「あきんどスシロー」が約6700万円の損害賠償請求をしていたと報じられた。

一連の迷惑行為を収めた動画は、テレビでも幾度となく流れたので、記憶に残っている読者も多いだろう。多額な賠償金を求めることで、SNS上では「模倣犯の抑止力になるのでは」といった声もでている。

しかし、ネットメディア編集者として、長年この手の「炎上ネタ」を見てきた筆者は、またすぐに同様の事案が発生するとみている。

現状の6700万円から、さらなる増額を行う方針も

ことの経緯を、おさらいしよう。2023年1月、岐阜県内のスシロー店舗において、先の迷惑行為が動画に収められ、SNS上へ投稿された。すぐさま「炎上系インフルエンサー」と呼ばれる、人気SNSユーザーによって拡散され、広く知られることになる。


あきんどスシローが2023年2月1日に公表したリリース。対象店舗や防止策などを公表した(編集部撮影)

あきんどスシローは動画拡散の数日後、該当店舗を公表したうえで、湯飲みの洗浄や、しょうゆボトルを入れ替えたと発表。少年と保護者から謝罪を受けたとしつつ、「刑事、民事の両面から厳正に対処」すると説明した。

その具体的な対応が、今回明らかになった損害賠償請求だ。6月上旬の各社報道によると、あきんどスシローは3月22日付で、少年への損害賠償を求めて、大阪地裁に提訴した。迷惑行為によって、親会社(FOOD & LIFE COMPANIES、東証プライム上場)の株価にも影響。訴状には、今後9300万円程度の損害が見込まれるとして、現状の6700万円から、さらなる増額を行う方針も盛り込まれているという。

対する少年側の答弁書では、反省の態度を見せつつ、スシローの客減少の要因には他社との競合もあるとして、請求棄却を求めていると伝えられている。

筆者としては、スシローのみならず、回転寿司チェーン、ひいては外食業界全体に与えた影響を考えると、この請求額が法外だとは感じない。

5月12日に出た「2023年9月期 第2四半期報告書」によると、スシローは国内で655店舗(うちテイクアウト専門17店舗)。騒動以降、店舗では「レーン上は注文品のみにする」「食器・調味料の交換」「アクリル板の設置」など様々な対応が行われており、これらの対応だけで相応の費用がかかると推測されるからだ。

一方、SNS上では、「数千万円規模の請求」が報じられたことで、その是非について、「社会的制裁を負うべき」「やりすぎではないか」といった議論が起きている。ネット掲示板・5ちゃんねる(旧2ちゃんねる)には「ただの少年に6700万円を請求したスシロー、流石にクソ叩かれるwwwwwwwwwww」と題するスレッド(話題ごとの投稿群)が立てられ、これを元にした「まとめサイト」の記事が拡散されることで、さらなる注目を集めた。

SNS時代は「可燃性に満ちた時代」だ

議論が深まるなかで、一部のネットユーザーからは、この事案を「見せしめ」(一応触れておくと、これは筆者の意見ではなく、ネットユーザーの言葉だ)にすることで、再発防止をねらっているのでは、との指摘も多々見られる。

しかし、これまでネットメディアをながめてきた経験から言えば、おそらくさほど抑止効果はないだろう。すぐに新たな「やらかし」が起こるはずだ。

なぜこのように考えるか。それは現代のSNS時代が「可燃性に満ちている」からだ。

筆者は当サイト(東洋経済オンライン)のコラムで、たびたび「令和の炎上テンプレ」として、以下の3要素をあげており、スシロー事案にも当てはまると指摘してきた。

(1)技術革新によって断ち切られた文脈:SNSの台頭によって、ネット上から「文脈」が断ち切られてしまった。その結果、過去の炎上事案を知らない層の厚みが増している

(2)インスタとツイッターといったサービスによる文化の違い:SNSが成熟し、サービスごとの文化(カルチャー)の違いが生まれた。その結果、言動が「異なるニュアンス」で受け取られ、過激化・先鋭化してしまう場合がある

(3)仲間内と世間での価値観の違い:SNSが身近な存在になりすぎた結果、「第三者に見られたり、転載される可能性がある」という危機意識が薄れた。その結果、非常識な内輪ノリの行動を、そうだと気づかずに世界に公開してしまう場合がある

「令和の〜」と名付けたのは、2010年代前半に相次いだ、コンビニ冷蔵庫にもぐりこむなどの「バカッター」「バイトテロ」とは若干性質が異なるからだ。

時系列順ではない「おすすめ表示」がSNSの主流になるなか、SNSごとに異なるはずの「雰囲気」に気付かないまま、「内輪ノリ」「内輪の善悪」だけで投稿、第三者によって他SNSに転載され、そこで盛大に燃えてしまう……。ここ最近の「炎上事案」は、3要素のかけ算で広がっている例が多いように思われる。

思えば、「下着ユニバ」騒動は、その典型だった。昨年(2022年)10月、「コスプレ」と称した露出度の高い服装で、ユニバーサル・スタジオ・ジャパン(USJ)へ入園し、写真撮影した女性たちが「公共の場にふさわしくない」などと炎上した事案だ。

写真は当初、インスタグラムに投稿されたが、ツイッターへ転載されて、火に油を注ぐことになった。起きた場所こそ違うが、その火種を生んだ背景は、スシロー事案と通底しているのだ。

過去の事案を知っていても「血肉になっていない」可能性

とはいえ、「寿司テロ」が話題になった当初は、「過去のバカッター事案を知らなかったのでは」との反応も多く、筆者もその立場から論評していた。非常識な言動で炎上してしまった人が過去にいることを知っていれば、例えばおでんを「ツンツン」つついた男性の事案を知っていれば、しょうゆ差しをなめた動画をネットにアップしたりしないはず……そう思っていたのだ。

しかし、時が経つほどに、たとえ事案を知っていても、それだけでは変わらないのではないか、と考えるようになってきている。知識として学んでいても、そもそも「なぜダメなのか」が血肉にならなければ、別の迷惑行為で炎上してしまう可能性があるからだ。

「冷蔵庫に入ってはダメ」「食洗機で身体は洗えない」と親や教師に教わっていたとしても、「しょうゆ差しをなめてはいけない」や「ユニバに行く時は服装に気をつける」とは教わっていないので、行動に移してしまう……。

「1億総ネット時代」では、サービスやコミュニティを越えて、違う文化や価値観の人と繋がってしまう。善悪の判断がつかない、世界がまだ狭くて想像力に乏しい状態で飛び込むのは、そもそもハードルが高すぎるのだ。

批判や責任という話で言えば、むしろ筆者は、私のようなメディア関係者にも、責任の一端があるのだろうと感じる。インパクトのある画像や映像を紹介することで、(そういう意図はないものの)コンテンツとしての消費を促してしまった可能性があるからだ。

青少年がやらかせば「最近の若い者は〜」、年配者がやらかせば「老害が〜」となるのは世の常だが、新たな技術の前では、同じスタートラインに立っている。なるべくジェネレーションギャップに持ち込まず、ともに力を合わせて、ネット時代の「情報との向き合い方」を模索する必要がある。

「教訓の伝承」というと、世代間でなされるようなイメージがあるが、こと炎上においては、時代を共有する同世代間であっても、うまくなされていない現状がある。それは、それぞれの事案を「コンテンツとして消費」してしまい、「ケーススタディとして活用」できていないからだろう。

数年も経てば「SNS空間の住人」は入れ替わる

話をスシローに戻そう。

繰り返すが、筆者としてはスシローの賠償請求は、法外な額だとは感じていない。だが、賠償請求による抑止力についても、残念ながら本質的な解決策にはならないと考えている。

一時的に迷惑行為は消えるかもしれないが、数年も経てば「SNS空間の住人」は入れ替わる。単に「調味料のボトルをなめたら、数千万円も請求されちゃうんだ!」と印象づけたところで、「なぜダメなのか」が血肉になっていない人々がいる限り、根っこにあるものも変わらないのだ。

だからこそ、あらゆる角度から「ペロペロ少年は、なにが問題だったのか」を見つめ直して、ネットリテラシーの教材として生かしていくことが大事だと考える。そうしないと、似たような過ちが繰り返されてしまうだろう。

そして、これはスシローをはじめとする外食企業ではなく、それ以前に、各家庭や学校が、責任を引き受けていくべきもののはずだ。

また、こうした教材は、時代に応じて、高頻度でアップデートされなければならない。

昨今、ChatGPTなどのAI(人工知能)チャットボットの成長が盛んに論じられているが、ネットの炎上もまた、その「賞味期限」は、急速に早くなっている。スシローはまだしも、USJの件などは、テレビでも報じられていたものの、もはや「そんなのあったね」と思い出す程度ではないだろうか。どれだけ熱烈にたたいても、すぐに忘れて、次なるインパクトある事案に引き寄せられる。ネットカルチャーには、そうした側面がある。

数千万円級の賠償請求によって、外食業界には平穏が訪れるかもしれない。しかし、このままでは、場所を変えるだけで、「炎上3要素」を備えた迷惑行為が起こりかねない。「衛生面に問題なければOK」と、悪知恵を働かせる輩もいる……などと考えると、残念ながら、またすぐに同じ構図の炎上案件が起きてしまうだろう。

(城戸 譲 : ネットメディア研究家・コラムニスト・炎上ウォッチャー)