富永啓生はNBA選手になれるか?「ディフェンス面で改善の余地がある」NCAAを知る「先駆者」松井啓十郎が魅力と課題を語る
松井啓十郎「KJ」が富永啓生を語る
富永啓生がアメリカへ渡ってから4シーズン目を終えた。NCAAの強豪リーグに所属するネブラスカ大学に転校してから2年目──。22歳になった富永は、平均得点を前年の5.7得点から13.1得点へ、3P成功率を33%から40%へとアップさせた。
4月末にはNBAドラフトへのアーリーエントリーを表明し、インディアナ・ペイサーズのワークアウトにも参加した。しかしその後、5月31日にエントリーを撤回し、大学でもう1年プレーすることを決断。NBAへの挑戦は先延ばしとなった。
富永は6月13日より男子日本代表チームの強化合宿に参加する。ロスターを勝ち取れば、8月25日に開幕するFIBAワールドカップの大舞台に立つ。
NBAドラフトは2巡しかなく、つまりは約60人だけが指名を受ける狭き門。富永が将来、日本人4人目のNBA選手になる可能性は──。NCAAの厳しさや今夏のワールドカップでの期待など、日本人男子として初めてNCAAディビジョン1でプレーした先駆者「KJ」こと松井啓十郎(富山グラウジーズ)に話を聞いた。
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富永啓生の3P成功後のポーズも定着してきた
---- 2022−23シーズンの富永選手の活躍ぶりはチェックされていますか?
「ええ。1試合すべてを見ることは難しいですが、ハイライトやツイッターで『今日こういうプレーをしたよ』というシーンは見ています。特にシーズン後半は富永選手がチームの中心というか、彼を生かすためにほかの4人がプレーをしているな、というのを感じました」
---- 3Pのうまさで有名な松井選手から見て、技術面などで富永選手のどういったところが成長したと感じていますか?
「高校の時から外のシュートがうまくてシュートレンジも広かったですが、たとえばハンドオフ(手渡し)でボールをもらって打つんじゃなくてポケットパス(相手ディフェンダーふたりの間を通すパス)をするとか、トップロック(オフボールの選手がベースライン側からトップ方向に行かせないような守り方)をされた時にはバックカット(タイトでディフェンスの裏をついてゴール下のスペースに飛び込むこと)をするとか、3Pだけじゃなくてレイアップが多くなったという印象を受けますね」
---- 3Pだけだと、そこを対策されて封じられてしまいます。
「そのために、オフェンスシステムもインサイドのペイント内を開けて、富永選手のためにクリエイトしているんだと思います。それがうまくフィットしている」
---- 3P以外で成長を感じられる部分は?
「英語で『Swag guy』というスラングがあって『自信にあふれている』みたいな意味でよく使われますが、富永選手のプレーを見ていると『自信があるんだろうな』というのを感じます」
松井は2005-06シーズンからコロンビア大に進学し、NCAAディビジョン1でプレーする初めての日本人男子選手となった。14歳で渡米後、モントローズ・クリスチャン高校を経て同大に進んだため、語学も含めてアメリカの環境には慣れていたものの、それでもNCAAでは様々な壁にぶつかった。それだけに富永の苦労も理解ができる。
---- NCAAのバスケットボールは前後半制(NBAはクォーター制)だったり、30秒クロック(NBAやFIBAルールは24秒)が採用されるなど、規則がかなり違います。順応するのは大変ではなかったですか?
「フィジカル面で苦労したのは覚えています。高卒の18歳や19歳が22歳の相手とやるのはもう全然......筋肉の大きさや体の当て方などのレベルが違いました。僕のいたモントローズ・クリスチャンは高校バスケットボールではレベルの高いところにいたとはいえ、それでもNCAAのディビジョン1はさらに上。僕も1年生の時はすごく苦労しましたね。
だから、富永選手もネブラスカ大へ行く前に2年間、短大(レンジャー・カレッジ)でやっていたことが下地になったのかなと思います。いきなり高校からネブラスカ大に入っていたら、フィジカル面やスピードで差がありすぎて、ケガをしたりパフォーマンスを出せなかったかもしれない」
---- NCAAの環境に慣れるまでには時間がかかりましたか?
「NCAAでは『1日3時間しか練習できない』という決まりがあり、もちろん練習の前後には授業もあります。僕の場合は朝9時から授業があって、13時から16時に練習し、そしてその後また20時まで授業を受けるスケジュールでした。
また、どこの大学にも『スタディーホール』という場所があって、特に1年生は20時から22時くらいまで宿題をやる時間をチームから指示され、必ず毎日そこに行かないといけない。そういう(勉強とバスケットボールの両立の)ところが、けっこうきつかったかな」
富永の代名詞が3Pであることは言うまでもなく、NBAにもこれを武器として挑むことになる。Bリーグ通算41.2%の3P成功率を誇る(2019-20シーズンは成功率47.2%でB1トップ)など、シューターとして有名な松井は富永の能力をどう見ているのか。
---- 富永選手のシュートのすごさは、具体的にどういう部分でしょう?
「シュートレンジ──打てる距離が遠いのは、まずすごいですよね。彼はジャンプシュートというより、セットシュート気味なんです。僕の場合は最高到達点から打つジャンプシュートなんですけど、彼の場合は最高到達点に行く前に打っちゃうみたいな。
富永選手はステフィン・カリー(PG/ゴールデンステート・ウォリアーズ)を尊敬しているので、そんなに力を入れずに打つタイプだと思います。だからあれだけの距離から打てるのもありますし、あれだけ走り回ってもシュートがブレにくい。そこが彼の強みですね」
---- 富永選手の3Pを見ていると、シュートをピュッと放つ形で腕を伸ばしたフォロースルーが入らないこともありますね。
「そこもちょっとカリーっぽい。僕はクレイ・トンプソン(SG/ゴールデンステート・ウォリアーズ)が好きなんですけど、シュートの形はカリーと違うじゃないですか。トンプソンはしっかりとフォームを意識してジャンプシュートを打ちますよね。でも、カリーは自分のタッチを確認しながら打つみたいな感じ」
---- シューターとして成功するため、松井選手はどのように努力をされてきましたか?
「僕もそこまでサイズがあるわけでもなかったので、高校時代は『いかに速くシュートを打つか』というところをすごく練習しました。また、いろんなステップからでも打てるように......常にワンツーじゃなく、ジャンプショットから打ったり、ターンをしながら打ったり。
あと、シュートフェイクを入れて打つのが重要になってくると思っていました。いいシューターになればなるほど(相手が)フェイクにひっかかりやすくなるので、フェイクのタイミングや方法はいろいろ勉強しましたね」
松井が進学したコロンビア大は、ハーバード大やイェール大といった学業で有名な大学が集まる「アイビーリーグ」に所属している。一方、富永のネブラスカ大が所属する「ビッグテン」はバスケ強豪校が揃う5大リーグ「パワー5カンファレンス」のひとつだ。
---- 日本人選手がビッグテンでプレーするのは、過去にも前例がありません。
「僕は(ノースカロライナ大やデューク大の所属する)ACCカンファレンスが1番だと思っていますけど、ビッグテンにも名門ミシガン州立大、ウィスコンシン大、ミシガン大といった強いチームがいます。レベルはアイビーリーグよりずっと上なので、そこで彼がやっているのはすごいことだと思います」
---- 松井選手にもノースカロライナ大やミシガン大、デイビッドソン大に進学していた可能性もあったそうですね。
「そうですね。ノースカロライナ大からは『ウォークオン(奨学金なしの扱い)』で、ミシガン大からは『1年目はレッドシャツ(練習には参加できるが試合には出場できない)、2年目からはスカラーシップ(奨学金)がある』という話をもらいました」
---- ミシガン大に行っていれば、パワー5カンファレンスでプレーする初の日本人男子選手になっていたわけですね。
「高校のヘッドコーチに相談したんですけど、『奨学金を保証すると言っても、そんなのはわからない。口約束は危険だよ』と言われました。デイビッドソン大へ行っていたら、カリーが僕の後輩になっていましたね(笑)」
富永はNBAドラフトのアーリーエントリーを取り下げ、大学でプレーすることを選択した。このインタビューはエントリーを下げる直前に行なわれたが、松井は「大学に残って成績を上げることで、よりNBAへのチャンスが増すのではないか」という意見だ。
---- NBAドラフトは世界で60名ほどしか指名されない、厳しい世界です。
「そうとう厳しいですよ。今の富永選手では、フィジカルやスピード、あとはディフェンス面で改善の余地がある。カリーくらいの突出したシュート力があれば別ですけど、今はどのポジションでもディフェンス力を求められる」
---- 大学に残れば来年、富永選手は23歳。それでも大学で成長したほうがいいと。
「たしかに、若ければ若いほどいい、という風潮はあります。でも、今年は13得点くらいだった平均得点を18得点、20得点に上げられれば、来年2巡目で指名される可能性も出てきます。
ビッグテンは悪いカンファレンスじゃないです。富永選手は最終学年なので、彼をメインとして生かしてくれるオフェンスを作ってくれるでしょうから、そこで『1年でこれだけ成長したな』というところを見せられれば、ドラフトでどこかのチームが取る可能性も高くなります」
---- サマーリーグやトレーニングキャンプから這い上がってNBAに行くという手段も?
「それもアリだと思います。八村塁や渡邊雄太の活躍により、主要都市のチームがマーケットを広げるビジネス要素も考慮して取ってくれる可能性はあります。もちろん、サマーリーグで結果を出さないといけないのは大前提ですけど」
---- 8月25日開幕のFIBAワールドカップも楽しみです。日本代表のトム・ホーバスHCは3Pを重視するスタイルを標榜しているので、富永選手にかかる期待も大きいですね。
「そこも注目ポイントですよね。ドイツのデニス・シュルーダー(PG/ロサンゼルス・レイカーズ)など世界の超トップとやれるチャンスです。ここで結果を出せば富永選手への見方も変わるので、ここからNBAへの道が拓ける可能性もなくはないですね」
日本からNCAAに行く選手は、今後さらに出てくることが予想される。アメリカの厳しい競争のなかで生き残っていくために、松井はどういった助言を与えるだろうか。
---- アメリカに行って「サイズで勝負できない」となった時、日本人選手は3Pを含めたシュート技術を磨いたほうがいいのでしょうか?
「バスケットは『点を入れるスポーツ』なので、いかに点を入れるかで競い合います。よって、誰かがシュートを打たなきゃいけない。そして、シュートの確率が高い選手がチームに勝利をもたらします。
今後もバスケットのルールが大きく変わらないのなら、100年後もシュートのうまい選手は絶対に生き残っていける。日本人が体格的に小さくて能力的にできないことがあったとしても、シュートは突き詰めていかなきゃいけないですね」
---- そして、コミュニケーションも大切です。英語力も身につけておいたほうがいいですよね。
「そうですね。NCAAディビジョン1に行くと決めているのなら、意識して英語を勉強しておかなきゃいけないです。アメリカで使われる英語は、日本で勉強するのとはまったく違いますから。
英会話学校に通っていたからといって、アメリカですぐ話せるレベルにはなりません。そこは意思を持って勉強に取り組まないと、自分の可能性を潰してしまいます。今の若い子たちには、本当に英語を勉強してほしいなと思っています。
英語を真剣に取り組んでいれば、高校からでもアメリカに行けるかもしれない。そして高校、大学とバスケットをやって、たとえNBAに行けなかったとしても、英語を身につけたというメリットはなくなりません。その経験を持ち帰って、日本のバスケットを発展させることもできます。
NBAに行くことができなくても、それは失敗じゃない。ほかの人たちとは違ったものを絶対に得られるので、僕はアメリカに行くべきだと思います」
【profile】
松井啓十郎(まつい・けいじゅうろう)
1985年10月16日生まれ、東京都杉並区出身。10歳の時、初来日したマイケル・ジョーダンとバスケイベントで1on1を経験。中学卒業後に単身渡米し、モントローズ・クリスチャン高校に留学。2005年からコロンビア大学に進学して日本人男子初のNCAAディビジョン1選手となる。大学卒業後はレラカムイ北海道→日立サンロッカーズ→トヨタ自動車アルバルク東京→シーホース三河→京都ハンナリーズを経て、現在は富山グラウジーズに所属。愛称「KJ」。ポジション=シューティングガード。身長188cm、体重85kg。