【新連載】
谷口彰悟「30歳を過ぎた僕が今、伝えたいこと」<第1回>

 2022年12月、ディフェンスの要として4度のリーグ優勝に貢献してきた谷口彰悟が、9年間過ごした川崎フロンターレを離れることになった。新天地に選んだのは、カタールのアル・ラーヤンSC。日本から遠く離れた中東の地で、31歳からの新スタートを切った。

 移籍から5カ月。日本と大きく変わった生活環境のなか、谷口は何を思い、考え、日々を過ごしているのか──。彼自身の言葉で、フットボールと向き合ってきたキャリアを紐解いていく。

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カタールのアル・ラーヤンでプレーする谷口彰悟

 自分自身にとって初の海外挑戦でもあるアル・ラーヤンSC(カタール)に加入して、5カ月が過ぎようとしている。

 今ではカタールでの生活にもすっかりと慣れ、充実した日々を送っている。唯一、リズムを掴めないところがあるとすれば、ラマダーン期間中に行なわれるチームの練習が、夜の9時スタートということくらいだろうか。

 光栄なことに、今回、自分の連載を持つ機会を与えてもらえた。ここでは異国でのプレーや環境について、または自分が歩んできたキャリアについても振り返り、綴ることができればと思っている。

 最初のテーマとして、自分なりに何を伝えようかと、いろいろと思いをめぐらせてみた。

 熟考した結果、30歳を過ぎた自分が海外でのプレーを決意するに至った経緯や心境について、まずは伝えたいと考えた。自分のキャリアをさかのぼって話をすることになるため、少し長くなるかもしれないけど、読者のみなさんにはおつき合いいただければと思う。

 自分が明確に「海外」を意識しはじめたのは、川崎フロンターレが初優勝する前年のことだったから、2016年だっただろう。

 プロになった当初から、「いつかは海外でプレーしてみたい」という漠然とした思いは抱いていた。だが、2016年は川崎フロンターレでプロ3年目を迎え、CBとしての自信と自覚を培っていた時期で、選手としてさらに成長するためにも、「海外でプレーしてみたい」から「海外でプレーしたい」という思いに気持ちは変わりつつあった。

 願望は目標になり、チャンスがあれば「自分も」という思いを持ち始めていた。

 同時に、所属していたフロンターレの成績が右肩上がりによくなっていったように、自分たちが取り組んでいるサッカーに手応えを感じるようになっていた。実際に、周囲からも「面白い」もしくは「魅力的な」サッカーをしていると言われる機会も増えてきていた。

 一方で、あと一歩のところでタイトルに手が届かず、その悔しさが、「このチーム」で、「このサッカー」で、優勝したいという強い思いにもなっていった。だから、自分自身も、どうしたらフロンターレが優勝することができるのだろうかということを考える機会も多くなり、個人の目標とチームの目標のふたつが絡み合うように交錯していた。

 そこには、やり甲斐があったのも事実だった。

 ひとつのチームが強くなっていく過程に、自分自身が選手として携わることができる。プロサッカー選手を職業にしている人は多くいるとはいえ、タイトル争いに身を置くことや、ましてやタイトルを獲ることは、なかなかできない経験だと思っていた。また純粋に、そこに挑める日々が楽しくもあった。

 実際、2017年にJ1リーグで初優勝し、そこからはさらに、フロンターレがどうやったら勝つことが当たり前のチームになっていくことができるのかを、チームメイトのみんなで探りながら、高め合っていくこともできた。

 対戦相手が、「打倒・フロンターレ」を掲げ、意識してくるのをどう跳ね返して、自分たちは試合に勝っていくのか。それはそれで毎試合、緊張感があり、闘争心をかき立てられるものがあった。

 そこにやり甲斐、面白さ、楽しさを感じていた自分は、このタイミングで海外に行くことは、選手として、また人として、貴重な経験の機会を失うことになるのではないか──という思いも抱くようになっていた。

 だから、決して「海外でのプレー」をあきらめていた、もしくはなくしたわけではなく、フロンターレで得られることに魅力を感じて、自分はフロンターレでプレーし続けてきた。

 また、当時の自分には、選手としてまだまだ未熟なところがあったと思っている。それは、自分に対する甘さと言い換えることもできただろう。

 筑波大学を卒業して、フロンターレでプロになった1年目の2014年からJ1で30試合に出場することができた。2年目の2015年にはリーグ戦34試合すべてにフルタイムで出場することができた。Jリーグではチャンピオンシップ準決勝で敗れ、天皇杯では決勝で敗れた2016年も、そしてJ1で初優勝することができた2017年も、僕は主力としてピッチに立つことができた。

 その一方で、甘さと表現したように、自分にはどこかで周囲に合わせてしまう傾向があった。周りに流されてしまうと表現したほうがわかりやすいだろうか。

 たとえば、自分自身としては練習でのプレーが納得できていないのに、周りと同じくらいできていたのであれば、それでいいのではないかと考えてしまうところがあった。同様に、自分自身は試合でのパフォーマンスに満足していないのに、周りが悪くなかったと評価してくれるのであれば、満足してもいいのではないかと思ってしまうところもあった。

 本音では、もっと強度が高く、激しい練習をしたいと思っているけど、チーム全体がそうした雰囲気ではないのであれば、自分を抑えて、周りに合わせてしまうとか......。よくも悪くも空気を読み、周りに合わせてしまうところが、練習にも出ていたし、おそらく試合にも出ていたように思う。

 そうした自分を変えたい、変わらなければいけないと、自分自身でも思っていながら、なかなか変えられないまま、また1年、また1年と過ごしていた。

 そして──そんな自分が変わるきっかけが、成長につながり、日本代表、カタールW杯への出場、そして31歳にして海外でプレーすることを決めた意欲へとつながっていった。

◆第2回につづく>>


【profile】
谷口彰悟(たにぐち・しょうご)
1991年7月15日生まれ、熊本県熊本市出身。大津高→筑波大を経て2014年に川崎フロンターレに正式入団。高い守備能力でスタメンを奪取し、4度のリーグ優勝に貢献する。Jリーグベストイレブンにも4度選出。2015年6月のイラク戦で日本代表デビュー。カタールW杯スペイン戦では日本代表選手・最年長31歳139日でW杯初出場を果たす。2022年末、カタールのアル・ラーヤンに完全移籍。ポジション=DF。身長183cm、体重75kg。