「一瞬で夢が壊された感じ」セレッソ大阪の若き至宝が痛感した「10番の重み」と「世界の壁」
セレッソ大阪が北野颯太とのプロ契約締結を発表したのは、2022年2月。彼が18歳の誕生日を迎える、およそ半年前のことである。
若手育成に定評のあるC大阪のアカデミーから、また新たな才能が羽ばたいた瞬間だった。
すでに2020年には、C大阪U−23の一員としてJ3の舞台に立っていた17歳はその後、ルヴァンカップやJ1にも出場し、着実にステップアップ。2022年ルヴァンカップではニューヒーロー賞を受賞するなど、同年代の選手のなかでひと際注目を集める存在であり続けてきた。
そして今年、世界中から猛者が集うU−20ワールドカップに出場。一足飛びにプロの世界へと駆け上がってきた日本の18歳は、ついに世界大会デビューを果たすことになった。
日本の「10番」を背負ってU−20W杯に出場した北野颯太
自身初の世界大会で背番号10を託され、攻撃の中心的役割を担うことが期待された北野。しかし、遠くアルゼンチンの地で待っていたのは、思うようなプレーができないままにグループリーグ敗退に終わるという、まさかの屈辱だった。
「チームとしては、まずは難しい初戦を勝てたことが一番だと思うし、これで優位に立ったと思うんで、そこはポジティブなところなんですけど......」
グループリーグ初戦のセネガル戦を終えた北野は、ひとまず白星スタートを喜びつつも、こんな言葉を続けていた。
「でも、(チームとして)戦い方の部分でも課題は残ってるし、個人としても、もっともっとボールに触って、自分のよさをもっと出せるなっていう課題もある。
自分はもっともっと相手の嫌なところでボールを受けることができるプレーヤーなんですけど、セネガル戦はなかなかそこで(パスを)受けられなかった。受けたら仕事はできると思うんで、そこから味方を使いながらだったり、自分のドリブル突破だったりっていうところを次の試合では意識したいです」
自分のプレーをさせてもらえないもどかしさとともに、北野が口にしていたのは、エースナンバーを背負うことの重みと責任である。
「アジア(U−20アジアカップ)の時も(10番を)背負わせてもらって、でも、個人としてはなかなかいい大会とは言えない結果で終わったんで......。
10番の仕事っていうのは、もちろん自分ではわかってますし、みなさんからの期待も背負ってプレーしないといけないんで、いろいろとこう、難しいところはあると思うんですけど......」
そう言うと、「う〜ん」と唸って言葉を探す北野。日本でテレビ観戦している家族からは、「もっとのびのびできるぞ」と伝えられたと明かす。
「周りから見ても、そう見られてるんで、やっぱりちょっと背負いすぎてるところはあるんかなって。『もっと気楽にしていいよ』とは言われました」
そんな言葉で少しは肩の荷が下りたのか、北野は気持ちを切り替えるように、次戦へと視線を向けていた。
「いろんなものを背負ってプレーするってことは大事やと思うんですけど、やっぱり自分らしく楽しくサッカーができたら、それがいいプレーにつながると思ってるんで。覚悟を持ちながら、自分らしい"遊び心"のあるプレーを見せられればなってのは思ってます」
その言葉どおり、続くコロンビア戦では「シュートを意識して増やすようにして、徐々に自分の形には持っていけてる」と、北野はうまくパスを引き出して前を向き、相手ゴールへと向かうシーンを増やした。
「1戦目より(ゴールに)近づいてはいると思います。でも、一発(のチャンス)で沈められる選手にならないといけないですし、数少ないチャンスで結果を残せる選手がやっぱり評価されると思うんで」
結果的に、この試合もまた自身はノーゴール。しかも、チームも逆転負けに終わったことで、北野から弾んだ声が聞かれることはなかった。
それでも、この日のプレーぶりから感じられたのは、いくらかでも"らしさ"を取り戻し始めていること。と同時に、重圧からの解放だった。
「他の人からどう思われてるかわからないし、(以前は)もっともっと楽しそうにやってたって言われたら、やっぱりそうなんでしょうし。でも、周りの声とかもたくさんあると思うんですけど、そういうのは特に気にすることなく、本当に自分ができるプレーをするだけだし、こういう舞台でサッカーをできるのってなかなかない。(自分は)こういう舞台を楽しめるようなメンタリティを持ってると思うんで、あとはしっかりやるだけかなと思います」
そして決勝トーナメント進出がかかる、勝負の最終戦に決意を込めた。
「もっともっとやることはあると思うし、次のイスラエル戦は本当にチームとしてももう勝たないと(決勝トーナメントに)上がれないっていう状況にある。自分のゴールがやっぱり必要になってくると思うんで、そこ(シュートを増やすこと)は引き続き意識してやっていきたいなと思います」
だがしかし、グルーリーグ最後のイスラエル戦で、チームは再び1−2の逆転負け。ベンチスタートの北野は、後半アディショナルタイムに入ってからの出場となり、見せ場を作ることができなかったばかりか、その後に逆転ゴールを叩き込まれる瞬間をピッチ上で目にすることとなった。
「後半から一気にこう、もちろん戦術のことだったりもあるんですけど、外から見ていて、気持ち的にちょっと攻め込まれてるっていう雰囲気にはなっていた。あの(0−1で負けていて退場者を出した)状況からでも逆転するのが世界やなって思いました」
勝てばもちろん、引き分けでも決勝トーナメントに進むことができていただけに、まさかと言うしかない悲劇的な結末。世界一を目標にアルゼンチンに乗り込んできたU−20日本代表は、わずか3試合を戦っただけで、大会を去ることとなった。
「今はあっさり終わったって感覚で、一瞬で夢が壊されたような感じ。(U−20)ワールドカップって、改めてそういう舞台なんやなっていうのは感じました。もっともっとやれることはあったと思うし、防げた失点もありましたし。1点でもゴールに絡めたら......というか、絡むことができたはずなんで......、本当に後悔しかないですね」
グループリーグ3試合を終え、呆然とした表情でそう話していた北野だったが、しかし今大会中、彼が世界との差についてよく口にしていたのは、実は攻撃のことよりも、守備についてのことだったのである。
「(相手選手は)結構トラップミスとかが多くて、たぶん(相手選手からは)オレのことが見えてないところから(ボールを取りに)行ってんのに、リーチの長さでカバーできる、みたいな。いつもやったら取れる感覚で行ってるのに取れなかったっていうのがありました」
その象徴的なシーンが、第2戦のコロンビア戦。1−0でリードしていた日本が同点に追いつかれた場面である。
日本は、敵陣左サイドで相手右SBを包囲するも突破され、そのままゴールまでつなげられてしまったのだが、そこで振りきられていたのが、北野だったのだ。
「改めて試合を振り返ってみると、特に右SBの選手は縦への推進力があるっていうのもわかってたなかで、もう少し縦を切るべきやったかなってのは思うけど......。でも、日本の感覚で言えば、縦に誘導させて(ボールを)取るっていうイメージ。あそこをグッて(縦に仕掛けて)くる選手ってなかなかいない。あの距離感で、しかもクマ(熊田直紀)もおって、ふたりで行ってて、完全に取りきれる状況やったと思うんですけど、あそこでグッて入ってくるんが世界かなっていうのは思いましたね」
そのコロンビア戦から3日、北野は「もっともっと試したいことがあったし、世界相手に『次こそは』って思ってたけど」、最終戦はわずか数分の出場にとどまった。
「結果は結果。でも、この(世界の)基準を忘れずに、次にこういう舞台だったり、こういう相手とやるってなった時は、アイツらに絶対勝つ準備をしたいし、悔しいですけど、やっぱそういう経験を含めて、次にはつながるかなと思っています」
戦いを終えた18歳の俊英は日本に戻り、U−20ワールドカップ開催中も続いていたJ1という日常の戦いに、また身を置くことになる。
次への準備は、もうすでに始まっている。