女優・川上麻衣子さんの暮らしのエッセー。 一般社団法人「ねこと今日」の理事長を務め、愛猫家としても知られる川上さんが、猫のこと、50代の暮らしのこと、食のこと、出生地であり、その後も定期的に訪れるスウェーデンのこと(フィーカ:fikaはスウェーデン語でコーヒーブレイクのこと)などを写真と文章でつづります。第25回は、川上さんが久々に挑戦した「登山」について。

57歳の山登り。そこから見えた景色は…<川上麻衣子の猫とフィーカ>

テレビを見る機会がガクッと減った昨今ですが、そんな中で数少ないお気に入りの番組に吉田類さんの「酒場放浪記」があります。

【写真】登頂後、乾杯をする川上麻衣子さんと吉田類さん

吉田類さんが、さまざまな居酒屋でお客さんと繰り広げる飾らない自然な振る舞いのおかげで、画面を通していることを忘れ、思わず「酒っていいな」と呟きたくなります。
自他ともに認めるお酒好き! とくに日本酒には目がない私です。年齢とともに飲む量はかなり減りましたが、それでもなにかと理由をつけては、1日の終わりに一杯飲む時間が今でも至福のときです。

酒の魅力を存分に伝えてくれる吉田類さんは、密かに今いちばんお会いしてみたい方といっても過言ではありませんでした。

ですから、今回吉田類さんのもう1つの番組「にっぽん百低山」(NHK)からお声がけいただいた際には、二つ返事でお受けしました。山に関しては素人でありながら…。

●コロナ禍に54歳から57歳に。50代女性の3年はなかなか大きい

いざ、出演が決まり、挑戦する山も決まると、思っていたよりもかなり本格的な登山のようで、道具も服も靴もそろえることとなりました。気分は「山GIRL」…。

しかし、コロナ禍ですっかり運動不足を実感していた私は、だんだんと不安になってきたのも事実で、なによりも自身の体力が心配でした。コロナ禍となってあっという間に過ぎたこの3年という月日。54歳だった私は現在57歳です。最近ようやく長いトンネルから抜けたように、コロナ前の活気が街にも仕事場にも戻り始めてみてこの3年の重みを感じています。

54歳から57歳…。女性にとってはかなり変化を実感する年齢ではないでしょうか。さらにマスクをはずす場面が増えたことで、いかに手抜きした化粧に慣れていたかに気づき、これではいかんと、丁寧に施してみたものの、なにかが違う…。仕上がった鏡のなかの自分を見て、なるほど月日が経ったのだなと、苦笑いせざるを得ません。

この3年間、世の中は止まったように見えていましたが、私の体内時計は順調に時を刻んでいたようで、まぁ、それはそれでなによりなのですが、果たして足腰は大丈夫なのだろうか。登山の日が近づくにつれて、その不安は増していきました。

 

●「低山」とは言うけれど、その道は険しく登頂時は爽快…!

今回私が挑戦した山は太宰府にある「宝満山」と大分県の「両子山」。あいにくロケ初日はかなり激しい雨に見舞われたため登山は翌日からとなりました。

1つ目の山「宝満山」はとにもかくにも、石段が続く山道で、「百低山」と言われる割には、登れども登れども、同じような景色が続きいったいいつになれば道が開けるのか…。

類さんとの会話もいつしか途切れ、ただひたすらに寡黙に一段一段を登り、次第に頭の中も「無の境地」となり、頂上に辿り着いたときにはとても爽快な気持ちで、「登山」の魅力を垣間見れた気がしました。

しかし一方で、今登ってきた同じ長い道のりを下らなければならないと思うと、実際には登りより下りが厳しいことを数少ない経験で知っていただけに、「参ったなぁ」と考える頂上でもありました。

●人生後半戦ほどに感じる山の魅力

よく、登山を人生に例えて教訓とされることがありますが、たしかに山の魅力はときに、自分を哲学者にしてくれるような、寡黙な時間が心地よいようです。

慎重に下山し怪我なく、1つ目の山をクリアし、類さんから注いでいただいたお酒のおいしかったことは言うまでもありませんが、同行のスタッフさんから、今回の山はかなりハードな部類になると聞き、自分の足腰がまだなんとか耐えられたことにホッとした「宝満山」となりました。この山に耐えられたのであれば、翌日挑戦する「両子山」は大丈夫だろう…と。

ところがその期待は見事に外れ、なんとも過酷な登山が待ち受けていました。つまりは、前々日に降った大雨の影響で、ぬかるんだ土が足を滑らせるため、道なき道を転ばぬように突き進むしかなかったのです。

渓流釣りで鍛えられている吉田類さんの判断力が唯一の頼り。

それまではお酒を知る神様と崇めていた類さんでしたが、このときを機に「山を知る神様」としても崇める存在となりました。

 

●登山は「自分の中の野生」を呼び起こす機会

あとでわかったことではありますが「百低山」と聞き、油断したのが大きな間違いであり、実際には百名山として知られるような人気の山であればそれなりに登山道ができているものの「百低山」と呼ばれる1500m以下の山では、逆に道がなく厳しいことがあるようです。

57歳にして、いかに日頃安全な道を歩き、守られていることに慣れた生活のせいで、自分が本来持っていたはずの野生としての判断力を失っていたかを痛感した登山となりました。

加えて、登山道で出逢う年配の方々の、なんと元気ではつらつとしておられることか。こちらがへとへとな状態で恐る恐る登る横を颯爽と駆け登るように追い抜いていく姿が忘れられません。

若いときよりも年を経てからの方が、山にハマる1つの理由として、失っていた自身の中に眠っている野生を呼び起こす喜びがあるかもしれません。

そして憧れの類さんは、とても人生を豊かに楽しく過ごされているお洒落な方で、山をきっかけにご縁ができたことに感謝。いつの日か「おんな吉田類」と呼ばれるような豊かな生き方をしたいと思った登山となりました。

 

◆川上麻衣子さんが出演する「にっぽん百低山」(NHK総合1 午後0:20〜午後0:45)の放送は
6月21日:宝満山・福岡
6月28日:両子山・大分
の予定です。ぜひご覧ください。
※放送日時は変更になる場合もあります。