なんとこの13年間で10倍に! ″発達障害児″が急増した理由と、最も効果的な改善策とは?
「発達障害の症状は連続的な濃淡。その意味で『普通の人』なんて存在しない。人々の意識が変われば発達障害というとらえ方はなくなるかもしれないですね」と語る成田奈緒子氏
育児や教育の現場で「発達障害」がキーワードとなって久しい。今では「大人の発達障害」なる言葉も聞かれるようになり、より身近な問題となってきた。しかし、これらの問題に臨床の視点から疑義を呈するのは、文教大学の成田奈緒子教授だ。
小児科医で脳科学者でもある成田氏は、発達障害と見分けがつかないような症状を示しながらも医学的に診断がつかない子供たちを「発達障害もどき」と名づけ、親や教育現場が取り組める症状の改善方法を指南している。
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――発達障害とされる子供たちが増えているようですね。
成田 2006年の時点では発達障害の児童数は約7000人でしたが、20年には9万人を超えました。途中から調査対象が広がったことを踏まえても、13年間で約10倍に増えており、海外のデータと比較しても急激な増加だといえます。22年に行なわれた調査では、小・中学校において発達障害を疑われる子供が8.8%もいることが明らかになりました。
――なぜ急激に増加した?
成田 ひとつの契機として、2005年に施行された発達障害者支援法があります。これにより、児童を含む当事者に適切な支援が届くようになりました。その過程で「発達障害」という言葉が教育行政から教育現場に浸透していき、教師や親御さんが、「この子も発達障害かもしれない」と考えるようになったという事実があります。
――つまり、法律の制定により、すぐに発達障害を疑う人が増えたということ?
成田 そうですね。厳密には発達障害といえない、「発達障害もどき」といえるような子供たちが統計上、発達障害と見なされているのではと考えています。
このように言うとあたかも法律が悪いようですが、しっかりとお伝えしたいのは、発達障害支援に関する法律が整備されたことで、これまで福祉が行き届いていなかった子供たちにも支援の手が届くようになった面もあるということです。
障害の特性に応じた環境の調整や工夫をする合理的配慮が学校現場、公教育や公的機関に義務づけられ、みんなが等しく教育を受けることができるようになったのも紛れもない事実です。
――「発達障害もどき」とは?
成田 そもそも発達障害は、脳の発達に関わる生まれ持った機能障害です。代表的に知られているものにASD(自閉スペクトラム症)、ADHD(注意欠如・多動症)、LD(学習障害)がありますが、ほかにもいくつか種類があり、症状もさまざまです。
実際の診断には明確な基準があり、例えば生育歴は必ず聞き取りを行なうのですが、こうしたことは広く知られてはおらず、ゆるい定義で使われているケースも散見される。
これが、学校現場で8%を超える子供が発達障害を疑われている背景ではないかと私は考えています。そこで、診断がつかないのに、発達障害と見分けのつかない症例を「発達障害もどき」と名づけました。
――成田先生は、発達障害は改善できるとお考えですよね?
成田 はい。生活習慣を変え、睡眠をしっかり取ることでかなり良くなりますね。"幸せホルモン"とも呼ばれるセロトニンという神経伝達物質がありますが、生活習慣を改善すればセロトニン神経のつながりがしっかりできてくる。
そうすると、脳が正常に機能するようになり、不安に対処できるようになります。具体的には、「姿勢がだらっとしている」とか「落ち着きがない」という症状が改善してくるはず。5歳ぐらいまでであれば、生活習慣を変えることでかなり改善すると思います。
ただ、子供が成長しており、拒食症のような摂食障害や、不安感が強いといった適応障害のような症状がある場合は、精神科医など専門家による医学的アプローチが必要となります。
――では、子供たちが発達障害もどきになってしまうのは、生活習慣が原因ということ?
成田 ええ。子供の脳が育つ時期にちゃんと眠れていないということが脳の発達のバランスを崩し、発達障害もどきを引き起こしていると考えています。私は小児科医として、臨床の現場で子供や親御さんと接してきました。
そうすると、家族の生活や関係など、いわば家族の構造のようなものが見えてきます。昔は子供は20時ぐらいに寝るのが当たり前でした。それが、今の子供たちを診てみると24時頃に寝ている。
でも、『ネルソン小児科学』という1933年に出版された医学の教科書をひもといてみると、子供の発達について、「10時間寝ないといけない」とちゃんと書いてあるんですよ。そこで睡眠時間をしっかり取るように指導したところ、子供たちの症状は落ち着きました。
子供の脳は18年かけて発達するので、それを支える生活習慣がとても大切なのです。医学的に診断のつく発達障害の子供でさえ、同じことがいえます。
――生活習慣の改善は、大人の発達障害にも効きますか?
成田 成人当事者との関わりを通して、効果はあると感じています。例えば、昼夜逆転のひきこもりの方だと、脳がネガティブな思考をするようになるんですね。そうすると自分に発達障害というレッテルを貼って、自分を守るということもある。ですが、生活習慣を変えることで自分のとらえ方が変わり、社会復帰できるようになったケースもあります。
発達障害の症状はスペクトラムといって、ゼロかイチかの2択ではなく、連続的な濃淡としてとらえます。「これは医学的な診断がつくかもな」という濃い症状の方でも、生活習慣を変えていくことで薄くなっていくことはよくありますね。
――発達障害の人と普通の人の境界は曖昧だ、ということでしょうか?
成田 はい。ひとりひとり脳の構造は必ず違うので、黒か白かをはっきり決められるものではありません。真っ白な人、つまり"普通の人"なんていないのではと思います。
2000年代以前には、発達障害はある意味存在しませんでした。名づけられたことで区別が生まれたのです。そもそも障害とは、公的機関が社会福祉を提供するために便宜的に決めたもの。これが今、ひとり歩きしています。
親御さんや学校の先生の意識が変われば、社会の仕組みが変化し、発達障害というとらえ方がなくなっていくかもしれませんね。
●成田奈緒子(なりた・なおこ)
文教大学教育学部特別支援教育専修教授。1963年生まれ、宮城県仙台市出身。神戸大学医学部卒業、医学博士。米セントルイスワシントン大学医学部、獨協医科大学、筑波大学基礎医学系を経て2005年より文教大学教育学部特別支援教育専修准教授、2009年より現職。2014年より子育て支援事業「子育て科学アクシス」代表。『高学歴親という病』『山中教授、同級生の小児脳科学者と子育てを語る』(山中伸弥氏と共著)(どちらも講談社)など著書多数
■『「発達障害」と間違われる子どもたち』
青春出版社 1155円(税込)
ここ最近、発達障害にまつわる書籍が急増しているが、本書は「発達障害もどき」に焦点を当てた珍しい一冊である。発達障害児の数は不自然なほどに増加しており、文科省の統計によるとこの13年で約10倍になった。ところが、臨床経験35年以上の小児科医である著者は、増えているのは発達障害の子ではなく、一見、発達障害と見分けのつかない症状を示す子、すなわち「発達障害もどき」ではないかと説く
取材・文/室越龍之介