「Apple Card Savings」は4.15%の高い金利が魅力の貯蓄口座だ(画像:アップル)

アップルはアメリカ時間4月17日より、同社のクレジットカード「Apple Card」保有者向けに、年4.15%の利率で預金サービス「Apple Card Savings」を始めたと発表した

そもそも日本では、今回の新しい高利率の預金サービスはおろか、アップルブランドのクレジットカードも提供されないが、大きな利率とアップルの預金サービス提供という意外性から、日本でも大きな話題となった。

2023年3月は、アメリカのスタートアップを支えてきたシリコンバレーバンクの破綻もあり、金融システムそのものが揺らいだタイミングでもあった。そうした中で、多くの銀行の10倍もの金利を売りにするアップルの預金サービスは、大きな圧力になる。

アップルが預金サービスに参入する背景と狙いは、どこにあるのだろうか?

口座開設は、iPhoneから数タップで完了

アップルの預金サービス「Apple Card Savings」の口座開設は数分で完了する。Apple Cardを契約しているユーザーは、iPhoneのウォレットアプリから口座開設画面に進み、アメリカの社会保障番号(SSN)を入力し、いくつかの質問に答えるだけで、すぐに口座が使えるようになる。

Apple Cardは、2019年にスタートしたアップルとゴールドマン・サックスが提供するクレジットカードで、こちらもiPhoneのウォレットアプリからすぐにカードを作ることができ、Apple Pay(NFCを用いた非接触決済)であれば、すぐに使い始めることができる。

通常、クレジットカードを作るために審査があることは、日本やアメリカでも共通だ。ただ、Apple Cardはどんなに信用情報が低い人、あるいは信用情報をまだ持っていない若者であっても、750ドル(約10万円)という枠は小さくてもクレジットカードを作ることができる点で、これまでのサービスとは一線を画すものだった。

このApple Cardと同じ体験で、貯蓄口座を作ることができ、かつ4.15%という高金利のサービスを手軽に享受できるということで、消費者にとっては非常に魅力的な選択肢となる。

「金融サービスの捻れ」を解消する狙い

今回のApple Card Savingsを読み解くうえで、一つ留意しておくべきことがある。それは、Apple Cardのサービスに組み込まれている2〜3%のキャッシュバック特典「Daily Cash」が関係している。

Apple Cardを使うと、買い物の金額の2〜3%がキャッシュバックされる。このキャッシュバックされる金額が貯まっていくのは、iPhone同士でメッセージアプリを通じて手軽に送金したり、店頭でApple Payとして支払いができる「Apple Cash」の口座だ。


iPhoneのウォレットアプリから、簡単に口座を開設することができ、すぐに高金利での貯蓄が始められる(画像:アップル)

ちょうどこの口座は、アメリカの銀行口座でいえばチェッキングアカウント(当座預金口座)で、利息は付かないが手数料なく入出金や引き落としができるサービスだ。システムの背後にはグリーンドットバンクというフィンテック企業がある。グリーンドットは世界最大のプリペイドデビットカード企業で、Apple Cashのほかにも、ウーバーやウォルマートなどのプリペイドサービスで、金融バックエンドを担っている。

一方Apple Cardはゴールドマン・サックスがサービスを提供している。ここで問題になるのが、ゴールドマン・サックスからグリーンドットへの資金の流出だ。クレジットカードの取扱額が増えれば増えるほど、Daily Cashとしてキャッシュバックする金額が、ゴールドマン・サックスからほかの金融機関に流れていく構造が作り出されているのだ。

今回のApple Card Savingsは、セービングスアカウント(貯蓄口座)の扱いであり、口座はゴールドマン・サックスに開設される。Apple Cardで獲得したキャッシュバックを、グリーンドットの口座ではなく、ゴールドマン・サックス内に留める仕掛けを用意した格好となる。


別の金融機関の当座預金口座であるApple Cashから資金を移行させるよう案内がされる(画像:アップル)

アメリカの銀行口座は、当座預金口座と貯蓄口座がセットで開設されることが多いため、Apple Cashの枠の中に新たにApple Card Savingsが案内されるのは不自然ではない。クレジットカードと貯蓄口座を1つの画面で管理するのは不思議な感じもするが、ゴールドマン・サックスの事情を知ると納得がいく。

ゴールドマン・サックスは、Apple Cardを含むプラットフォーム・ソリューション事業で、2022年度の9カ月間に12億ドル(約1603億8500万円)の損失を出していることを明らかにした。損失は圧縮されつつあるが、その速度を高めるべく、高金利を払っても、ゴールドマン・サックス内に資金が留まる仕組みを作りたかった、という思惑があったのではないだろうか。

アップル経済圏で醸成する「新しい信用」

一方、アメリカ市場で急速に金融サービスを充実しているアップルには、どんな狙いがあるのだろうか。

一般的に、信用情報は、クレジットカードの使用履歴や借入の返済といった、その人のお金にまつわる「過去の振る舞い」をもとに作り出している。簡単に言えば、お金をちゃんと返す人には、より大きな金額が貸し出され、その利息も低くなる。逆にお金を返さない可能性が高い人は、少ない金額しか借りられなかったり、利息が高く設定されたりする。

多くのアメリカ人は大学時代にクレジットカードを持ち、履歴情報を蓄積していくが、カード破産が社会問題となり、2010年からは、大学のキャンパスでのクレジットカードの勧誘が大幅に制限されるようになり、各大学でも勧誘を禁止する動きが拡がった。

つまり、信用情報を持たない世代が大きく拡がりつつあり、アップルがゴールドマン・サックスとともに、iPhoneを入り口とするクレジットカードのサービスに取り組んだ理由も、そうした金融と信用にまつわる環境の変化に対応する施策だったと捉えることができる。

Apple Cardは、多くの人にクレジットカードを発行し、iPhoneの上で簡単にクレジット残高や返済金額などをコントロールできるユーザー体験を提供した。しかし既存の尺度では、これは大きなリスクを取っていることになる。

しかし、アップルとゴールドマン・サックスは、もう少し長い目で、この事業を続けていくようだ。その理由として考えられるのは、新たな信用データの創造だ。

既存のクレジットスコアに現れてこない、つまり今まで信用を前提としたサービスを受けられなかった人たちに対して、信用を与えられるというデータを作り出すことに成功したのではないだろうか。アップルはApple Cardのユーザーの返済行動が、より信用に値するというデータをつかみつつあるのではないか。

Apple Cardは、iPhoneユーザーしか作ることができないため、こう踏み込んで言うこともできる。「iPhoneユーザーは、より信用に値する」という金融的なデータを得つつあるのではないか、ということだ。

顧客と直接つながる中で「機会損失」を排除

アップルはApple Cardを通じて、アップル製品を購入する際に24回払いまで、金利手数料をゼロにする取り組みを行ったり、クレジットカードを伴わない後払いサービスを提供している。つまり、自社製品を購入しようとするユーザーに対して、金融的な「信用」をより大きく与えようとしているということだ。

Apple Cardのユーザー行動の分析が、アップル製品を購入する人に有利な条件でお金を貸し出すことにつながっているとすれば、アメリカに限らず、世界中でアップル製品を買うための金利や条件の優遇の根拠として活用されているならば、すでにApple Cardは大きな役割を果たせている可能性が高い。

こうした新しい信用の創造に関しては、日本でも同様の取り組みが見られる。例えば、信用調査会社のH.I.Fは「二十一式人工知能付自動与信審査回路」という、独自の信用情報を与えるサービスを提供している。定量データだけでなく定性データも用いてAIで信用情報を調査することで、これまでの信用情報からは融資を受けられなかった企業や個人に対しても、よりリスクが低い与信を提供できる仕組みだ。

こうした新しい信用情報を用いた融資をビッグデータとAIを用いて実現することは、特に製品を販売する企業にとっては、顧客が物を買ってくれるチャンスを逃してしまう「機会損失」を防ぐうえで重要な取り組みといえる。

日本ではまだまだ家電量販店や携帯電話会社のショップがチャネルとして根強く機能しているが、アメリカや日本以外のアジア圏では、より顧客と直接つながるD2C(Direct to Customers)がマーケティングの中心となっており、顧客の懐具合のサポートも、機会損失を防ぐ重要なマーケティング手段になりつつある。

アップルが金融サービスを提供する背景には、信用情報を作りこれを駆使することで、機会損失を防ぎながら、顧客に対して直接購買しやすい環境を提供することにある。ブランド価値による囲い込みから、「アップル独自の経済圏」での囲い込みへと移行し、その基盤を確固たるものにしようという戦略を見せつけられているのだ。

(松村 太郎 : ジャーナリスト)