読めない名前は今後認められなくなる可能性も(写真:hirost/PIXTA)

3月、政府は戸籍法などの改正案を閣議決定しました。法案が成立すれば、読み方に一定のルールが設けられ、いわゆる「キラキラネーム」に制限がかけられる可能性が出てきています。

近年何かと話題のキラキラネームには「青空」(はるく)、「奇跡」(だいや)、泡姫(ありえる)など、どうがんばっても読めない名前が増えました。

「七音」と書いて「どれみ」、「桃実」と書いてぴーち、「鈴音」と書いて「べる」と読ませるなど、「漢字なのに英語の読み方」だという不思議な名前も見られます。なかには「海」と書いて「すかい」と読ませるなど、英語の意味が間違っているものも(英語のSkyは海ではなく空の意味)。

子供の名付けは、はやり廃りがありますし、国によっても考え方やルールは異なります。そこで日独ハーフの立場から、日本とドイツ、それぞれのキラキラネーム事情について考察します。

「え?読めないの?」悔しい思いをした筆者

子供のいない筆者は長年「キラキラネームなんて私に関係ない」と思っていました。そんなに甘くないと気付かされたのは、日本人とドイツ人の間に立って通訳の仕事をしていた時のこと。

あるイベントの招待状を発送する間際になって、(日本語ができない)ドイツ人から「日本人の出席者一覧」のリストを渡されました。リストには出席者の日本人の名前が日本語で書かれていましたが、ドイツ人の担当者は私に「この日本語の名前をチャチャッとローマ字に書き起こしてよ」と言います。

100名近くが参加するイベントでしたが、参加者には「田中明子」のようないわゆる「普通に読める名前」のほかに、キラキラネームと思われる名前もチラホラありました。それらの名前にフリガナはうってありませんでした。キラキラネームの名前が読めなければ、当然その名前をアルファベットに書き起こすことはできません。

たとえば「姫凜」という名前の場合、「これはヒメリンと読むのか……? でも違うだろうな」などと悩みながらインターネットでリサーチするわけです。でも結局は本人や親御さんに聞かないことには読み方について確信は持てません。

困った筆者は、リストのなかの「読めないキラキラネーム」を蛍光ペンでマーキングし、「これらの名前については読み方をご本人または親御さんに確認する必要があります。」とドイツ人の担当者に伝えました。すると、ドイツ人の担当者は私にこう言いました。「え? 君は日本語ができると聞いていたんだけど、日本語、読めないの??」

これほど悔しい思いをしたこともありません。今思い出しても血圧が上がりそうです。この時はこのイベントに携わっていた複数の日本人が「私もこの名前は読めない」と助け船を出してくれたおかげで前述のドイツ人の誤解を解くことができました。でもこの一件があってから「キラキラネームは当事者だけではなく、思わぬ場所で色んな人が困る」と思うにいたりました。

キラキラネームをつけられないドイツ 

キラキラネームが珍しくない日本やアメリカと違い、ドイツでは法律上様々な制約があるためキラキラネームを目にすることはあまりありません。ドイツでは「町の名前を子供につけること」は禁じられていますから、子供にParisやMississippiといった名前を付けることはできません。

苗字と間違えられやすい名前や、Gucci、Pepsi-Cola、Nutellaといったブランド名や商品名も却下されてしまいます。ドイツ語でサクランボを意味するKirsche、そしてヨーグルトを意味するJoghurtといった「食べ物の名前」を付けることも不可能です。

そんな規定が厳しいドイツでも「子供にオリジナリティーあふれる名前をつけたい」と考える親は一定数います。先日はある親が子供にWhisky(ウイスキー)とBierstübl(ビアホールの意味)とつけようとしたものの法律の壁にぶつかって親の思いは叶いませんでした。

日本には「男の子にも女の子にも付けることのできる名前」が多数あります。「ひろみ」「かおる」「ゆう」などです。このことについて筆者は「多様でいいな」と感じています。しかし、かつてドイツでは、「子供の名前は性別がハッキリわかるものでないといけない」と決まっていました。

最近になって緩和されてきたものの、今もなおドイツでは「性別がハッキリしない名前」を子供に付けようとすると、役所で「性別がハッキリとわかる『2つ目の名前』も付けてはいかがですか」と勧められるなど、まだまだ性別へのこだわりが見られます。

東ドイツでアメリカ風の名前が多かった訳

ところで、ベルリンの壁が崩壊する前、東ドイツでは意外にもMike、Cindy、Mandy、Peggyといった「アメリカを連想させる名前」が多く見られました。社会主義だった東ドイツでは西側諸国への自由な渡航が認められないなど様々な制約がありましたが、子供にアメリカ風の名前を付けることには意外にも制限がなく、西側への憧れを抱く人の多くはその思いを子供の名前に託したようです。

筆者が出会った40代の旧東ドイツ出身の人にはアメリカ風の名前の人が多くいます。面白いことに、ベルリンの壁が崩壊した後に旧東ドイツの地域で生まれた子供にはドイツらしい名前が多く、アメリカっぽい名前はあまり見られなくなりました。

時代の流れとともに日本でもドイツでも子供の名前は「短く」なっています。昔、日本の男の子の名前は「弦一郎」(げんいちろう)など長いものもありましたが、今は「蓮」(れん)や「碧」(あお)など短い名前が多く見られます。

ドイツでも昔はFriedrich(フリードリヒ)や Maximilian(マクシミリアン)など長い名前が多かったものの、「2022年にドイツで生まれた赤ちゃんの名前ランキング」を見ると、男の子の名前はLiam(リアム)やKian(キアン)など短いものが人気があります。

女の子の場合も、昔はFranziska(フランチスカ)やGabriele(ガブリエーレ)など長い名前が多かったのが、今はLina(リナ)やMila(ミラ)など短いものが人気です。

ドイツは名前のバリエーションが少なめ

ただドイツでは昔も今も日本よりも名前のバリエーションが少ないため、ドイツの公園で子供の名前を叫ぶと、何人もの子供が集まってきてしまうことがあります。そう考えると日本語のキラキラネームは「オリジナリティーにあふれている」というふうに捉えることもできるのです。

筆者の家では父親の名前がAlexanderだったことにちなんで、筆者の名前はAlexandra、そして弟の名前はAlexanderです。しかし同じ名前または似たような名前の人が1つの家庭に3人もいて何かと紛らわしかったため、筆者は愛称のSandra、弟はAlexと呼ばれるようになりました。我が家のように「子供が2人とも父親の名前をもらう」ケースはドイツでもまれですが、「子供が祖父母や父親の名前をもらう」ことは昔からの伝統です。

筆者は「愛保」と書いて「らぶほ」と読ませるなど、子供が将来いじめやセクハラの被害に遭いそうな名前を付けることに昔から反対です。キラキラネームはあまり好きではありませんが、当て字の名前がすべて良くないとは考えていません。先日は「豊」と書いて「みのり」と読む名前を素敵だなと思いました。日本語の場合、1つの漢字に色んな読み方があるのですから、それを生かして「適度な遊び心」を持つことは日本の文化だといえるのではないでしょうか。

(サンドラ・ヘフェリン : コラムニスト)