ウクライナがかねてより希望していたM1「エイブラムス」&「レオパルト2」各主力戦車の、同国への供与が決まりました。課題は山積なのですが、それでもウクライナが同戦車を強く希望した理由を3つ、見ていきます。。

西側戦車の中核担う両者が揃ってウクライナへ

 2023年1月25日、ウクライナのゼレンスキー大統領は「欧米と戦車連合が形成された。歴史的なことだ」との声明を発しました。


アメリカが供与を決めたM1A2SEPV2「エイブラムス」(画像:アメリカ陸軍)。

 この日、ドイツのショルツ首相は同国連邦議会で「レオパルト2」戦車14両をウクライナに供与し、ほかの保有国からの供与も認める演説をしました。また時をほぼ同じくして、アメリカのバイデン大統領もM1「エイブラムス」戦車31両を送ると発表しました。ゼレンスキー大統領は両国に謝意を示し、今後は戦車の供与やウクライナ軍への訓練の「スピードと量」が問われると付け加えています。

 日本国内のテレビのニュースで、外国戦車の固有名詞が頻繁に登場するのも、「歴史的なこと」かもしれません。

 ところで、「レオパルト2」は西側のベストセラー戦車ですし、M1は世界最強とも謳われているのは広く知られています。とはいえ、ウクライナ軍が扱いなれているT-72系列の戦車ではありません。なぜ西側戦車をこれほど強く望んだのでしょうか。

 その理由として考えられるひとつ目が、失った戦車の補充です。民間OSINT(公開情報調査)サイトの「Oryxジャパン」によると、2023年1月26日時点でロシアの戦車喪失は1646両、ウクライナのそれは449両となっています。

 2020年時点におけるウクライナの戦車保有数は858両とされており、2022年のロシアによる侵攻開始後、ウクライナへは他国より支援としてT-72が300両以上、送られていますが、大きく損耗していることは間違いなく、1両でも多くどこの戦車でもよい、というのが本音でしょう。西側が本格支援するなら西側戦車になるのはある意味、当然です。

ふたつ目の理由はやはり「強さ」…「最強」が伊達じゃないM1

 ふたつ目は、「レオパルド2」やM1は実績と信頼性があり、性能もロシア戦車より優っていると見積もっているからです。

 実は「レオパルド2」とM1の、出生のきっかけは同じです。1960年代からアメリカと当時の西ドイツは、共同で主力戦車となるKpz70/MBT70開発計画に着手しました。しかし両国の思惑の違いが表面化して計画は頓挫し、1970(昭和45)年から個別に主力戦車を開発することになります。それがアメリカのM1と西ドイツの「レオパルト」のルーツです。


燃料補給を受けるM1A2「エイブラムス」。燃料補給をいつどこで行うのかは、指揮官の頭痛の種(画像:アメリカ陸軍)。

 M1「エイブラムス」は1979(昭和54)年にアメリカ軍にて採用され、初陣は1991(平成3)年の湾岸戦争です。このときはイラクのT-72などソ連製戦車を相手に、ほとんどワンサイドゲームを演じました。2003(平成15)年のイラク戦争にも派遣され、携帯対戦車火器で集中攻撃され無力化されたこともありますが乗員は無事で、その強靭さを実証しました。生産台数は約1万400両で、使用国はアメリカを入れて9か国となっています。

信頼と実績の「レオパルト2」が得られても残る課題アリ

「レオパルト2」も、1979(昭和54)年にドイツ連邦軍にて採用されます。1999(平成11)年に発生したコソボ紛争の後の、コソボ治安維持部隊(KFOR)にて初陣を迎えました。生産台数は約3600両で、保有国はドイツを入れて21か国に及び、攻撃力、防御力、機動力のバランスが良く使い易いといわれ、中古車市場でも人気のあるベストセラー戦車です。この「ユーザーが多いこと」は、それ自体が信頼性の証であり、加えてアフターフォローにも期待できます。


ドイツがウクライナに供与を決めた「レオパルト2A6」(画像:synaxonag、CC BY 2.0〈https://creativecommons.org/licenses/by/2.0〉、via Wikimedia Commons)。

 一方でウクライナ軍にとっては、これまで扱っていない兵器を受け取ると、新たな兵站の負担が増します。

 供与されることになった西側主力戦車は、イギリスの「チャレンジャー2」にM1と「レオパルト2」の3種類で、主砲弾はM1とレオパルト2が120mm滑空砲弾、チャレンジャー2がライフル砲弾と異なるものです。燃料は、レオパルト2とチャレンジャー2が軽油、ガスタービン機関を使用しているM1がJP-8というジェット燃料で、M1は一応軽油も使えるとはいえ、ややこしいことになっています。

 燃費もよろしくありません。特にM1は、1km走るのに約4リットルの燃料が必要です。自動車の燃費表記にならって表すと、250m/Lとなります。湾岸戦争では、M1は1日3回の給油が必要で、戦車部隊指揮官は戦闘よりも燃料補給の作戦立案に苦労したそうです。

3つ目の理由は「外交ツールとしての戦車」

 3つ目が、外交のツールとしてです。

 兵器はカタログスペックよりも、信頼と実績が一番の評価ポイントになります。そうしたなか実はT-72は、「レオパルト」やM1より実戦経験もユーザーも多いのです。T-72の生産台数は約2万5000両、使用国は41か国に及びウクライナ軍も扱いなれており、「レオパルト」も及ばないベストセラー戦車です。

 それでもウクライナが西側戦車を強く希望したのは、「レオパルト」やM1がT-72よりも強そうだという単純なカタログスペック比較ではなく、西側との連携強化を誇示してロシアを牽制するという、外交的プロパガンダの意味が強いと筆者(月刊PANZER編集部)は思います。


ウクライナはNATOと共同訓練を重ねている。写真は米陸軍主催「ヨーロッパ戦車競技会2017」にて、左から2番目がT-64で参加したウクライナチーム(画像:アメリカ陸軍)。

 ウクライナ軍は、対露関係の悪化でこれまでNATOと何度も共同訓練を行っていますので、西側戦車が初見というわけではありません。しかし、T-72には要らなかった装填手の育成が必要など乗員訓練から兵站整備まで事前にやることは山積し、即戦力にはなりません。1月にバタバタと急展開を見せているのは、春季に計画されているという反攻に間に合うギリギリのタイミングだからです。

順調に供与されたとして…ウクライナ有利に傾くのか?

 これまでのウクライナにおける戦訓で、機甲戦闘のやり方が変わってきています。戦車にとって隠れた歩兵はこれまで以上に難敵で、歩兵の対戦車火力に距離、方向を問わず警戒しなければならず、戦車の行動は制約されています。大規模な戦車戦も起きず、運用されているのはせいぜい14両程度の中隊レベルです。

 攻勢には戦車の衝撃力と速力は必須ながら、広い戦線に少ない戦車戦力をどう配置するか密度配分がポイントで、単純な「ロシア軍T-72 vs レオパルド2&M1&チャレンジャー2の西側戦車連合」という図式にはなりそうになく、ウクライナを有利にする保証はありません。


2018年の「ヨーロッパ戦車競技会」で「レオパルト2」やM1、「チャレンジャー2」と放列を並べるウクライナ軍のT-64、手前から2両目(画像:アメリカ欧州軍)。

 1月19日に英国防省は、ロシアが最新鋭のT-14を投入するかもしれないという情報を流しましたが、実戦力というよりプロパガンダの意味が強いと分析しています。また22日にはフランスのマクロン大統領が、同国の主力戦車「ルクレール」を供与する選択肢は「排除されない」と述べています。

 現実的には、T-14や「ルクレール」がウクライナに登場する可能性は低いと見られるものの、戦車に言及するだけで外交的インパクトがあることが分かります。いみじくも25日に、ゼレンスキー大統領が欧米との「戦車連合」が形成されたと声明を発したように、ウクライナが西側戦車を欲しがる最大の理由はこの「外交的インパクト」かもしれません。