海と山の大自然に囲まれる「やんばるアートフェスティバル」。メイン会場の大宜味村立旧塩屋小学校(写真:やんばるアートフェスティバル実行委員会提供)

夏の観光地として人気を集める沖縄。その一方でオフシーズンとなる冬の観光客誘致には、県内各市町村がそれぞれ積極的に取り組んでいる。

取り組みのうちの1つが、今年で6回目を迎える芸術祭『やんばるアートフェスティバル』だ。今年は1月14日から4月9日まで開催される。

だが、那覇から約90キロ離れ、交通手段も限られる同地域への一般観光客の誘致は簡単ではない。地元の声を聞くと本フェスへの期待の一方で、地域社会が抱える課題も浮き彫りになった。

過去5回の開催で各会場のべ25万人が来場

本フェスは、やんばる国立公園が2016年9月15日に国内33カ所目の国立公園に指定され、県北部観光の機運が高まるなか、同地域複数の市町村(大宜味村を中心に名護市、本部町、国頭村など)で横断的に行うアートイベントとして2017年にスタートした。

2021年7月には、ユネスコの世界自然遺産に「奄美大島、徳之島、沖縄県北部及び西表島」が登録されたことも追い風となり、これまでに本フェス各展示会場にはのべ25万人が訪れている。

特徴は、現代アートだけでなく、地元を中心にした工芸品も出展されている点だ。6回目を迎えた今年も国内外の芸術家に加えて、沖縄県内の著名な工芸家が参加。自然と人の共存をコンセプトにし、大自然や文化など沖縄が持つさまざまな側面を、芸術家たちが題材にした作品が一堂に会している。

メイン会場は、海と山が織り成す塩屋港の絶景に囲まれた大宜味村立旧塩屋小学校。やんばる地域の特徴を活かした現代アートのほか、若手から実力派まで多彩な職人たちによる陶器、ガラス、織物、染物、木器など沖縄風土を感じさせる工芸品が並ぶ。

目玉の展示となる同小学校体育館のステージには、沖縄県出身で西表島在住の85歳の染織家・石垣昭子さんによる芭蕉布のタペストリーや交布のスディナなどが出品されているほか、西表島・祖納公民館に保管されていた城間紅型の緞帳幕が、本フェスのために初めて島外に持ち出され、展示されている。


沖縄県出身で西表島在住の染織家・石垣昭子さんは、芭蕉布のタペストリーや交布のスディナなどを出展した。背面に大きく展示されているのは、初めて西表島から持ち出さた城間紅型の緞帳幕 (写真:筆者撮影)

そんな伝統工芸を紹介するステージの向かい側には、現代社会に切り込むクリティカルな作風で知られるChim↑Pom from Smappa!Groupによる巨大なバルーンのゴミ袋が展示されている。設置場所をゴミ捨て場へと変容させる本作からは、環境問題など、やんばる地域の大自然と人との関わり方を考えさせられる。


Chim↑Pom from Smappa!Groupは巨大なバルーンのゴミ袋「Gold Experience」を出展。内部に入って遊ぶことができる、大自然のなかの人間をゴミに見立てるアトラクション作品(写真:筆者撮影)

そのほか、会場の1つにもなっている六田原(むたばる)展望台には、音楽ユニット・水曜日のカンパネラの初代ボーカルを務め、芸術家としても活動するKOM-I(コムアイ)さんによる、芭蕉布の制作工程から着想を得たという音楽と映像のインスタレーション作品が展示されているほか、オクマ プライベートビーチ&リゾートには、芸人であり画家としても活動するジミー大西さんによる、沖縄の風景に溶け込むような鮮やかな色彩で描かれたアートラッピングカーが展示されている。

地方自治体はどう受け止めているのか

やんばる地域の生活環境や社会性、大自然などから着想を得た作品の数々からは、地元の沖縄県民のみならず、県外からのアートファンや観光客にとっても同地の新たな一面を感じたり、思いもよらなかった視点からの学びを得たりすることができる。

本フェスでの取り組みを、地方自治体側や村民たちはどう受け止めているのか。国頭村の知花靖村長は「村民はアートに触れる機会がなかなかない。芸術祭で毎年アーティストの方々が村に来てくれることを喜んでいます」と話し、大宜味村の友寄景善村長は「村民とアーティストや観光客が直接触れ合う機会があり、いろいろな話をするなかで大宜味村を知ってもらえる。非常にPR効果が高いと感じています」と語る。

また村民が日常生活を営むうえでも、いい刺激になっているようだ。「われわれにとって自然はあたりまえのように身の回りにあるもの。それがアーティストの方々には宝物であり、資源になって作品になっていく。われわれとしても自然を見直す機会になったり、人と自然の共存を改めて考えさせられたりしています」(知花村長)

「アートは心豊かな生活に必要。多角的なものの見方、考え方ができるようになる。こういう田舎に大きな刺激を与えてくれて大変いいこと。また、もの作りの里でもある村の工芸家の発表の場としても意味があります」(友寄村長)

こうした声の一方で、本フェスには課題もある。イベント運営にはそれなりのコストがかかるが、主催者側はそれに見合うリターンを得られているかどうか、という点だ。

観光誘致の課題もある

自治体にとっての最大の目的は観光客誘致による経済振興だ。本フェスの現状を見ると、アートファンを除き、一般観光客にまではなかなか訴求していないことがうかがえる。

要因の1つは地理的問題だろう。やんばる地域までは那覇から車で2時間弱。観光のついでに足を延ばすには遠い。気軽に寄ってみようとならないところが難しいところだ。こうした問題を解決すべく、2021年7月には国道58号名護東道路の世冨慶インターチェンジ(IC)―数久田ICの区間が開通。北部地域へのアクセスが向上している。

知花村長は「遠いからこそ日帰りではなく滞在してほしい。そのためにはいろいろ楽しんでいただけるプログラムを準備しないといけない」と語る。友寄村長も、日帰りから滞在型へと転換するための大型宿泊施設の開発を課題として掲げる。

また滞在以外で観光客をさらにどう誘致していくか、という点に関しては「空き施設や店舗を活用するなど自然との共生を意識しながら会場を拡大し、期間も長くしてイベントももっと打っていきたい。ネームバリューを上げれば、より人が集まるはず」と知花村長は話した。

ちなみに大宜味村は、世界各国の研究者が訪れるほどの長寿の村としても知られている。本フェスのメイン会場にも手作りのジューシー(おにぎり)を差し入れて、手伝いに参加する元気な高齢者の姿が多く見られた。友寄村長は本フェスで「元気なおじいやおばあと観光客のコミュニケーションのつながりも作っていきたい」と語る。

存続の危機にある伝統文化

参加アーティストたちからも、本フェスを通して見えてきた課題や、フェスの役割など、さまざまな声が聞こえてきた。

昨年に続いて2回目の参加となるChim↑Pom from Smappa!Groupのエリイさんは、沖縄の大自然に囲まれる芸術祭であることに興味を持ったという。会場では沖縄在住の高齢芸術家の話を聞き、「どんなに観光しても知りえなかったこの地の精神を、芸術祭を通して体感することができました。その高みを垣間見れるのがアートの役割でもあります」と語る。

西表島在住で85歳にして現役の染織家として活動する石垣昭子さんは、次世代の後継者不足に大きな危機感を抱き「沖縄の植物を使ってこの地で作る伝統的なテキスタイル文化は、いまが存続の瀬戸際」との思いで、今回初めて本フェスに参加した。


沖縄県出身で西表島在住の染織家・石垣昭子さんは、芭蕉布のタペストリーや交布のスディナなどを出展した(写真:筆者撮影)

石垣さんは、島の伝統文化の認知拡大と普及促進を目的に、文化祭と称した芭蕉布などの工芸品の展示や販売を西表島で定期的に行っている。

しかしそれは、近隣の住民の生活に密着した催事レベルであり、なかなか沖縄本島や県外までは広がっていなかった。本フェスへの参加は、島の文化を外部へ広く発信する大きなチャンスと感じているそうだ。

もちろんそれですぐに危機的な状況が変わるわけではない。若者たちに後継者になってもらうためには、作品を商品として流通に結びつけるなど、生活を成り立たせる環境を作ることが不可欠になるだろう。経済的なつながりを持たせ、文化と産業を結びつける仕組みを作ることで、未来への文化継承の道が見いだせる。

会場で石垣さんは「若い世代のアーティストたちのエネルギーを感じる。世代や地域を超えて文化がつながる場所になっています。ここから島の工芸を発信するのと同時に、この場で感じたことを島に持ち帰って若い人たちに伝えることで、彼らの意識が変わっていくことを期待します」と笑顔を見せた。

本フェスには、観光客誘致による経済振興はもちろんだが、それ以上に伝統文化の未来への継承が、役割として課せられているのだ。

農村部の人口減少と高齢化はこれからますます進む。それは日本のほかの地域でも同様だ。石垣さんが語っていたように、西表島や、やんばる地域においては、地域の生活に根ざした工芸や芸術などの伝統文化の担い手がいままさに途絶えようとしている。

そうしたなか、これまで交わることのなかったアーティストや観光客が集う本フェスから、新たなつながりや文化継承への活路が生まれることへ、高齢となった芸術家や工芸家たちは大きな期待を寄せている。

次世代の文化継承の道筋を作る

海外の芸術祭にも参加するエリイさんは、6回目を迎えた本フェスを「尻すぼみにならないで、来年にも思いを馳せられる芸術祭になっています。芸術も工芸もある総合芸術祭として土地とあいまって魅力がある。地元の人や作家たちと会話を重ねて一緒にやっていくことや体力(財力)があることが芸術祭は大切です」と評価し、より著名なアーティストを呼ぶことで発信力を上げることも課題だと語る。

やんばる地域の自治体はこの先の開催継続とさらなる拡大に積極的だ。芸術祭は続けていくことにこそ意義がある。ここからより大きなイベントに育っていくとともに、次世代への文化継承の道筋を作っていくことが期待される。

(武井 保之 : ライター)