異文化の中で生活をする。妻を亡くした62歳が一人で海外に渡航して得たもの
海外に一人飛び出し、長期滞在。英語学校で英語を学びながら、異国からやってきた若者たちと同居生活。悪戦苦闘するときもあるけれど、新しい発見と刺激が溢れた毎日。
62歳にしてそんな「旅スタイル」をスタートさせた菊池亮さん。きっかけは妻を亡くしたことだった。趣味のギターを担いで渡航し、現地では日課のランニングで街をめぐる。
マルタから始まり、南アフリカ、コロンビア、ブラジル、ドイツ、台湾、東南アジア諸国をめぐった日々をまとめた『62歳、旅に出る! 覚悟の海外一人渡航日記』(幻冬舎刊)について菊池さんにインタビュー。観光ツアーでは得られない一人旅の醍醐味についてお話をうかがった。
(新刊JP編集部)
■現地での「生活」を楽しむ。62歳、異文化との交流で手にしたもの
――『62歳、旅に出る! 覚悟の海外一人渡航日記』についてお話をうかがえればと思います。まずは菊池さんの一人旅の記録が一冊の本にまとまりました。手に取ったときにどのような思いがありましたか?
菊池:不思議な思いでした。もともとここに載っている文章は自分のホームページに書いていたもので、もちろん公開時から人に読まれることを前提としているんだけど、こうやって本という形になると、不思議な思いとともに嬉しさもあったし、良かったという気持ちになりましたね。
――本書は単なる紀行エッセイではなくて、現地での滞在を記した滞在日記ですよね。マルタや南アフリカなど、異なる国で生活をするというリアリティーがありました。現地の人が使うスーパーに買い物に行ったり。
菊池:そう言ってもらえると嬉しいです。ツアー旅行だとそういう経験はなかなかできないですけど、スーパーってその国のことを知る観光名所だと思うんですよ。その国の食べ物があって、買う人もそこに住んでいる人たち、働いている人たちがいる。日本と比較してその国の食生活の違い、そしてそこで買い物する人、働く人の共通した思いなどを感じることができました。
――現地で購入した食材を使って「キュウリ巻き」を作ったというエピソードもありましたよね。異文化の中で暮らすために必要なことはなんだと思いますか?
菊池:私たち日本人にとっての大きなハードルってやっぱり言語だと思うのですが、基本的に人と向き合うときは堂々とすることを心がけました。私がマルタの英語学校の寮に入ったときに出会ったのがIiker(イーカー)というトルコ人だったのですが、彼と私の英語レベルはほとんど同じで、悪戦苦闘はしたけれど彼の優しさは理解できたし、一緒に生活もできたんですよね。見つめ合ってそれで分かることもありました。
だから、言語も大事だけれど、それ以上にハートっていうんですかね。誠心誠意こちらの気持ちを伝えようと思って必死にアクションすると伝わると思うのです。マルタの学校寮で出会ったスペイン人のRojer(ロジャー)は、初対面の日本人に対してスペイン語で話しかけてくるんだけど、分からないながらもじっと顔を見て理解しようとすると、なんとなくこういうことが言いたいのかなというものが分かってくるんですよね。
――本を通して菊池さんの積極的な姿勢が見えます。年長者という理由もあると思うのですが、マルタの英語学校の寮では若者たちに騒音を注意したりしていますよね。
菊池:若者たちにこのじいさんはどんな風に見えているのかなと思ったりもするけれど、年長者という自分の立場だからこそ言えることもあるじゃないですか。
でも、そういう風にコミュニケーションを取っていって、若者たちは自分をリスペクトの目で見てくれていることを感じました。自分の注意に対して反抗するわけでもなく、ちゃんと聞き入れてくれて。もし、「なんだこのおじさん。俺らの楽しみを邪魔するんじゃねえよ」とまくし立てられたら、私はもうあそこにはいれなかったでしょうね(笑)。
あの場面は覚悟がいることでした。ただ、この後どうなるんだろうということを心配していたら動けないし、この後若者たちから総スカンを食らうことを恐れていたら、私も寝不足でどうしようもなくなっていただろうから見過ごせなかった。だから、そういう心構えでぶつかっていったのが逆に良かったように思います。
――本書では先ほどお話にあがったIikerやRojerをはじめとして、たくさんの人と出会いますが、特に印象深いのは誰ですか?
菊池:私の旅に思わぬ展開をもたらしてくれたのが、コロンビア人のサンドラと、ブラジル人のサンドロですね。この二人に会いにコロンビアとブラジルに行くことになるわけですから。
でも、実は現地に行くときはこの二人に会えなくてもいいと思っていたんですよ。
――現地に着いてからFacebookで連絡を入れたんですよね。
菊池:そうなんです。彼らとは英語学校で出会ったけれど、みんな切実な思いで人生を背負って勉強をしに来ているんですよ。そして母国に帰って必死に生きている。そんな中で私が行くことで負担になるのは避けたくて、「あなたの国に来たよ。本当に素晴らしい国だね」とだけ伝えられればいいと思っていたんです。
だから、まずは現地に入って、自分で行動できるように交通機関をしっかり調べて、地下鉄やバスを使って移動できるようにしてから、連絡をしました。そうすると、彼らは「信じられない!」という反応をしてくれるんですよ。「ホテルに迎えに行くよ」って言われたら「問題ないよ、こっちから会いに行く」と返す。そうすると、なおのこと相手は驚くわけです。
ただ、コロンビアを含めた南米は基本的に治安面で注意が必要です。現在のコロンビアは観光客もたくさんいますが、当時は日本からのツアーも中止されていました。何も知らないまま一人で動くのは危険だと思ったので、現地に住んでいる日本人の方と連絡を取ってサポートをしてもらいました。
――本を読んでお話を聞いていると、まさにチャレンジですよね。奥様が亡くなられて、一念発起して62歳で世界をめぐる一人旅をスタートしましたが、ご自身ではどんな旅だったと思っていますか?
菊池:自分としては、目の前にあらわれるハードルを一つ一つクリアして進んでいきながら、広がっていったという感覚があります。
マルタに滞在をして、現地の英語学校で仲間たちと勉強をして、そこで出会った人たちに会いに行くという新たな目標が生まれて、というように少しずつ広がっていったのですね。
(後編に続く)
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マルタから始まり、南アフリカ、コロンビア、ブラジル、ドイツ、台湾、東南アジア諸国をめぐった日々をまとめた『62歳、旅に出る! 覚悟の海外一人渡航日記』(幻冬舎刊)について菊池さんにインタビュー。観光ツアーでは得られない一人旅の醍醐味についてお話をうかがった。
■現地での「生活」を楽しむ。62歳、異文化との交流で手にしたもの
――『62歳、旅に出る! 覚悟の海外一人渡航日記』についてお話をうかがえればと思います。まずは菊池さんの一人旅の記録が一冊の本にまとまりました。手に取ったときにどのような思いがありましたか?
菊池:不思議な思いでした。もともとここに載っている文章は自分のホームページに書いていたもので、もちろん公開時から人に読まれることを前提としているんだけど、こうやって本という形になると、不思議な思いとともに嬉しさもあったし、良かったという気持ちになりましたね。
――本書は単なる紀行エッセイではなくて、現地での滞在を記した滞在日記ですよね。マルタや南アフリカなど、異なる国で生活をするというリアリティーがありました。現地の人が使うスーパーに買い物に行ったり。
菊池:そう言ってもらえると嬉しいです。ツアー旅行だとそういう経験はなかなかできないですけど、スーパーってその国のことを知る観光名所だと思うんですよ。その国の食べ物があって、買う人もそこに住んでいる人たち、働いている人たちがいる。日本と比較してその国の食生活の違い、そしてそこで買い物する人、働く人の共通した思いなどを感じることができました。
――現地で購入した食材を使って「キュウリ巻き」を作ったというエピソードもありましたよね。異文化の中で暮らすために必要なことはなんだと思いますか?
菊池:私たち日本人にとっての大きなハードルってやっぱり言語だと思うのですが、基本的に人と向き合うときは堂々とすることを心がけました。私がマルタの英語学校の寮に入ったときに出会ったのがIiker(イーカー)というトルコ人だったのですが、彼と私の英語レベルはほとんど同じで、悪戦苦闘はしたけれど彼の優しさは理解できたし、一緒に生活もできたんですよね。見つめ合ってそれで分かることもありました。
だから、言語も大事だけれど、それ以上にハートっていうんですかね。誠心誠意こちらの気持ちを伝えようと思って必死にアクションすると伝わると思うのです。マルタの学校寮で出会ったスペイン人のRojer(ロジャー)は、初対面の日本人に対してスペイン語で話しかけてくるんだけど、分からないながらもじっと顔を見て理解しようとすると、なんとなくこういうことが言いたいのかなというものが分かってくるんですよね。
――本を通して菊池さんの積極的な姿勢が見えます。年長者という理由もあると思うのですが、マルタの英語学校の寮では若者たちに騒音を注意したりしていますよね。
菊池:若者たちにこのじいさんはどんな風に見えているのかなと思ったりもするけれど、年長者という自分の立場だからこそ言えることもあるじゃないですか。
でも、そういう風にコミュニケーションを取っていって、若者たちは自分をリスペクトの目で見てくれていることを感じました。自分の注意に対して反抗するわけでもなく、ちゃんと聞き入れてくれて。もし、「なんだこのおじさん。俺らの楽しみを邪魔するんじゃねえよ」とまくし立てられたら、私はもうあそこにはいれなかったでしょうね(笑)。
あの場面は覚悟がいることでした。ただ、この後どうなるんだろうということを心配していたら動けないし、この後若者たちから総スカンを食らうことを恐れていたら、私も寝不足でどうしようもなくなっていただろうから見過ごせなかった。だから、そういう心構えでぶつかっていったのが逆に良かったように思います。
――本書では先ほどお話にあがったIikerやRojerをはじめとして、たくさんの人と出会いますが、特に印象深いのは誰ですか?
菊池:私の旅に思わぬ展開をもたらしてくれたのが、コロンビア人のサンドラと、ブラジル人のサンドロですね。この二人に会いにコロンビアとブラジルに行くことになるわけですから。
でも、実は現地に行くときはこの二人に会えなくてもいいと思っていたんですよ。
――現地に着いてからFacebookで連絡を入れたんですよね。
菊池:そうなんです。彼らとは英語学校で出会ったけれど、みんな切実な思いで人生を背負って勉強をしに来ているんですよ。そして母国に帰って必死に生きている。そんな中で私が行くことで負担になるのは避けたくて、「あなたの国に来たよ。本当に素晴らしい国だね」とだけ伝えられればいいと思っていたんです。
だから、まずは現地に入って、自分で行動できるように交通機関をしっかり調べて、地下鉄やバスを使って移動できるようにしてから、連絡をしました。そうすると、彼らは「信じられない!」という反応をしてくれるんですよ。「ホテルに迎えに行くよ」って言われたら「問題ないよ、こっちから会いに行く」と返す。そうすると、なおのこと相手は驚くわけです。
ただ、コロンビアを含めた南米は基本的に治安面で注意が必要です。現在のコロンビアは観光客もたくさんいますが、当時は日本からのツアーも中止されていました。何も知らないまま一人で動くのは危険だと思ったので、現地に住んでいる日本人の方と連絡を取ってサポートをしてもらいました。
――本を読んでお話を聞いていると、まさにチャレンジですよね。奥様が亡くなられて、一念発起して62歳で世界をめぐる一人旅をスタートしましたが、ご自身ではどんな旅だったと思っていますか?
菊池:自分としては、目の前にあらわれるハードルを一つ一つクリアして進んでいきながら、広がっていったという感覚があります。
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