Amazonのプライム・ビデオ目玉の恋愛ドラマ「モダンラブ・東京〜さまざまな愛の形〜」が世界独占配信中。オムニバス形式の7つの物語から成る。黒沢清監督(中央)作品に出演するユースケ・サンタマリア(左)と永作博美(写真:©2022 Amazon Content Services LLC All Right Reserved)

Netflix、Amazon プライム・ビデオ、Huluなど、気づけば世の中にあふれているネット動画配信サービス。時流に乗って利用してみたいけれど、「何を見たらいいかわからない」「配信のオリジナル番組は本当に面白いの?」という読者も多いのではないでしょうか。本記事ではそんな迷える読者のために、テレビ業界に詳しい長谷川朋子氏が「今見るべきネット動画」とその魅力を解説します。

マッチングアプリやシニアラブの今どき恋愛

Amazonがプライム・ビデオ向けに制作するオリジナル番組の数は決して多くはありません。2022年以降、日本オリジナルとして発表された数は6本のみ。その1つにあるのが、10月21日から世界独占配信されたドラマ「モダンラブ・東京〜さまざまな愛の形〜」です。目玉作品として扱われていますが、Amazonのカスタマーレビューに投稿されている評価は絶妙に微妙です。

微妙と表したのは、配信開始から3週間余りが経った今現在、「星1つ」から「星5つ」までまんべんなく評価を集めているからです。そもそもこの作品は各話40分程度のオムニバス形式。演じる役者も作り手も物語によって異なり、好みが大きく分かれるリスクはベースとしてあります。


伊藤蘭(左)と石橋凌はマッチングアプリで出会うシニアカップルの組み合わせ(写真:©2022 Amazon Content Services LLC All Right Reserved)

共通するのは、アメリカを代表するニューヨーク・タイムズ紙に掲載されたコラムをもとに、エッジを利かせたラブストーリーを描いていることにあります。2019年にアメリカで製作され、アン・ハサウェイなどが出演する「モダンラブ」のいわば公式東京版です。

舞台を東京の日常風景に移し、マッチングアプリでの出会いやセックスレス、シニアラブや国境を越えた愛など、今どきの切り口で7つの物語を描いています。

どのエピソードから見ても問題ありません。人気俳優による組み合わせを揃いに揃え、ある意味選び放題です。


セックスレスカップルの物語に登場する榮倉奈々(手前)と柄本佑(写真:©2022 Amazon Content Services LLC All Right Reserved)

伊藤蘭と石橋凌による遅咲きの恋や、ナオミ・スコットと池松壮亮の国際遠距離カップルといった定番から、水川あさみと前田敦子のキャリアウーマンカップルに、榮倉奈々と柄本佑のセックスレスの元夫婦という少数派もアリ。

そして、成田凌と夏帆のツレうつ的な夫婦や、ユースケ・サンタマリアと永作博美の危険な関係まで楽しめます。それぞれ恋の化学反応が起きる瞬間の胸キュン度は高めです。

エピソード1が「水川あさみと前田敦子カップル」

 ただし、個人の好みや経験値、立場によって、好みの振れ幅が大きい作品が並んでいます。順番は問わないオムニバス形式ですが、作品全体の方向性を確認しやすいエピソード1にターゲットを狭めるようなストーリーを持ってきたのは難ありです。


水川あさみ(右)と前田敦子がキャリアウーマンカップルを演じる(写真:©2022 Amazon Content Services LLC All Right Reserved)

問題のエピソード1のタイトルは「息子の授乳、そしていくつかの不満」というもの。水川あさみと前田敦子のキャリアウーマンカップルが母乳神話の呪縛に囚われた話です。恋愛が軸となるエピソードが多いなかで、家族間の愛情に目が向けられています。安定感のある水川と前田の演技は何ら遜色なく、子育て中に気づかされる愛し方に深く共感を覚える視聴者もいるでしょうが、毛色の異なるエピソードから始まる並びは少々もったいなく思います。

好みのエピソードにたどり着くと、もう一度見たくなる作品にもなり得ます。役者以外に選ぶ基準としてわかりやすいのがクリエイターです。「モダンラブ・東京」は国際派監督の平胗敦子が全エピソードの脚本から演出、製作まで一貫して統括するショーランナーと呼ばれる立場を担当し、黒沢清、荻上直子、廣木隆一、山下敦弘といった錚々たる面々が各話の監督を務めています。


ユースケ・サンタマリア(奥)と永作博美が演じる危険な関係が楽しめる(写真:©2022 Amazon Content Services LLC All Right Reserved)

黒沢清作品が好みであれば、エピソード5のミステリー仕立ての恋愛劇「彼を信じていた十三日間」は必見です。

ユースケ・サンタマリアと永作博美が演じる2人の関係は始まりから危うさが漂います。人を信じることへの儚さと自身の中で生まれる強さの中で、川の中にたたずむ男とそれを見つめる女が辿り着くラストも捻りが利いています。

この黒沢作品も東京版の中では異色と言えば異色ですが、バリエーションがあるのはアメリカのオリジナル版に通じます。さらに、最後に並んだエピソード7「彼が奏でるふたりの調べ」においては黒木華と窪田正孝が声優を務めるアニメーション作品と、実写の括りを超えた試みです。「けいおん!」など人気シリーズを持つアニメーション監督の山田尚子が手掛けています。日本版としての特異性を示したかったのか、そんな企画の意図が透けても見えます。

日本オリジナルの制作費を増強

同じ主題歌から毎話始まり、気持ちが切り替えられていくスタイルについてはオリジナルと同様です。日本版は人気3人グループのAwesome City Clubが書き下ろした主題歌「Setting Sail 〜 モダンラブ・東京 〜」から乗せていきます。

いちいちオリジナルと比較してしまうのは、リメイク作品の付き物なのかもしれません。オリジナルのファンがいればいるほど、厳しいコメントも集まります。実際に、Amazonカスタマーレビューにはオリジナルとの比較コメントが並んでいます。

オリジナルとの比較は、この作品において何か言いたくなる最たるものです。なかでも、後味の違いを指摘したコメントは的を射ています。

オリジナルは「シング・ストリート 未来へのうた」や「ONCE ダブリンの街角で」のジョン・カーニーがショーランナーを務め、突き抜けた表現で憂いの中に希望を見出すカーニーらしい作品が揃います。約30分の物語を見終わると、軽くスッキリ感を味わえます。一方、日本版は後味に湿っぽさが残りがちです。隅田川を下る川面の艶やかさや、何気ない原宿の路地など情緒的な映像シーンの良さは残しつつ、明快なストーリー構成で、もう少し力の抜けた印象を持たせても良かったのかもしれません。

Amazonはプライム・ビデオにおいて2022年以降、6作品の日本オリジナルを投入していくことを今年3月に発表した際に、制作費の増強も強調していました。さらに、制作部門にあるアマゾン・スタジオのアジア太平洋地域責任者エリカ・ノースは「日本の制作チームのクリエイティブ力は確かなもの。可能な限り高いクオリティのエンターテインメント作品を目指しています」と、日本の制作力に期待していることを裏付ける発言をしていました。

「モダンラブ・東京」はその代表作に位置づけられていたはず。にしては、微妙な評価で盛り上がりに欠けます。どうせならAmazon得意の賛否両論の嵐が吹くような振り切った方向性で話題を集めることができたのではないかと、余計にそう思います。

(長谷川 朋子 : コラムニスト)