ケガがもたらした"効果"

 昨シーズンの世界選手権2位となった、ペアの三浦璃来と木原龍一(木下グループ)の新シーズン。グランプリ(GP)シリーズ・スケートカナダのフリーを終えた木原は、疲労困ぱいで顔を伏せる三浦の背中に笑顔を投げかけた。しばらくして顔を上げた三浦も笑みを返し、ふたりで笑い合う。木原はこの笑顔のワケをこう話した。

「(三浦)璃来ちゃんが夏場にケガをしてしまったので、9月半ばに練習を再開したばかり。フリーの練習も2週間前に再開して、きょうで通すのは5回目だったので、練習では曲のエンディングにいつも間に合わなくなっていました。今回も同じような形になったので笑ってしまいました」


スケートカナダを制したペアの三浦璃来・木原龍一組

 7月に三浦が左肩を脱臼したために2カ月間はペアでの練習ができず、調整が遅れた。

「ふたりで練習ができないなかでも先生(ブルーノ・マルコットコーチ)からは『ポジティブであれ』と言われ、技術的な指導はもちろんですが、気持ちの面のサポートがすごく大きくて、常にふたりを前向きにする言葉をかけてくれました。練習再開直後はタイミングのズレとか、うまくいかないことも多かったんですが、そういう時期もすべてコーチが支えてくれました」(木原)

「練習に戻った最初の2週間は『痛みが出たらどうしよう』という不安とも戦っていましたが、そのなかでもコーチと(木原)龍一くんに支えてもらいながら少しずついい練習が積めるようになってきました。それがあったから今回は、ミスもあったけどいい結果を残せたと思います」(三浦)

 三浦のケガは逆に、ふたりの気持ちを新たにさせた効果もあった。木原は「昨シーズンは五輪と世界選手権を経験して、その結果を受けて自信を持てるようになり今シーズンは大丈夫かなと思っていました。でも、ケガでそれがすべてなくなり、今回の開幕戦も先シーズンの実績はすべて忘れ、新しいシーズンだと感じて臨みました」と話す。

 昨季の実績が重荷にはならなくなり、フラットな意識でシーズンに臨むことができたというわけだ。

ふたりでないと進めない

 2020−2021シーズンから2季続けたプログラムを一新し、ショートプログラム(SP)、フリーともに新プログラムで臨む今シーズン。

 木原がSPの『You'll Never Walk Alone』について、「ショートは『人間はひとりでは歩いて行けない』というのがテーマ。今年の僕たちにはすごく合っていて......。僕たちはふたりでないと前へ進んでいくことができないというのを、ケガをしてあらためて感じた。今回の滑りで、それを表現できたかなと思います」と話す。

 そのSPは、最初のトリプル・ツイスト・リフトはレベル2で加点を稼げなかったものの、ふたりには笑顔が見えた。

 3回転トーループもきれいに決め、スロー3回転ルッツでは着氷を大きく乱したが、三浦が「大きなミスがなく楽しんで終われたのがよかった」と話すように、スピードを落とさず演じきり、2位に6点差をつける73.69点で首位発進した。

 翌日、フリーの『Atlas : Two』はふたりにとって初めてのラブストーリー。練習を再開したばかりの不安もあった。トリプル・ツイスト・リフトを前日よりレベルを上げる3にして滑り出したが、次に予定していた3回転トーループ+2回転トーループ+2回転トーループは、三浦が回転不足で着氷を乱し、木原もジャンプを続けるかどうかと迷いを見せて間を開け、1回転トーループをつけるだけのミスとなって減点された。

 だが、次のリフトから流れを取り戻すと、前日失敗していたスロー3回転ルッツもきれいに着氷して1.97点の加点をもらい、のびのびと滑った。そして、2位に19.11点差をつける138.63点を獲得。合計は、北京五輪の自己最高得点を0.13点上回る212.02点にし、ペア日本勢としてGPシリーズ初優勝の快挙を果たした。


エキシビションの三浦璃来・木原龍一組

日本のペアにとって大きな一歩

 得点は、スケートアメリカで優勝したペアの得点を10.63点も上回るもの。自分たちの優勝の意味を木原はこう話した。

「僕自身、GPシリーズに初めて出た時は、メダルは不可能なものだと感じていました。でもそれからいろいろ経験し、璃来ちゃんと組んで今回トップを獲れたことはうれしいです。この優勝は日本のフィギュアスケートにとっても大きな一歩だと思う。

 僕たちを見てペアに挑戦しようと思う選手たちも出てくるだろうし、僕らより才能のある子どもたちはたくさんいるので、その子たちが挑戦してくれるようになれば、日本のペアの未来は明るくなると思います」

 今回のスケートカナダでは、まだ万全の状態ではなかったふたり。昨季はふたりのシーズン初戦となったオータムクラシックで、「世界の舞台で戦える条件」と考えていた200点超えの204.06点を出した。それ以来、北京五輪まで毎試合、いずれかの自己最高得点を更新し続けた。その着実な成長と同じように、昨季得た自信を礎にするふたりは11月のNHK杯でもまた、進化する姿を見せてくれるはずだ。