いまや中国・韓国産のほうが多数に…日本人の努力の結晶「シャインマスカット」が海外流出した根本原因
■なぜフルーツの海外流出が続いているのか
日本国内における国産フルーツの海外流出が止まらない。農林水産省資料によると、90年代には韓国へいちご品種が渡るのが確認されており、そこから二十年数年が経過した現在も問題は解決していない。それどころか、韓国だけでなく中国へも流出が確認されるようになり、「国産フルーツ盗まれ放題」の惨状が続いている。
さらに悪いことに盗まれた先で販売されているだけにとどまらず、海外輸出でグローバル販売まで展開している状況だ。もはや日本産のフルーツが、韓国産・中国産としてのプレゼンスが高まっている現状がある。このままでは、日本産のフルーツが後発であるかのような誤った印象をグローバルに与えかねない。
■苗木があれば簡単に複製できる
なぜ、フルーツばかりが盗まれてしまうのか?
その理由を端的にいえば、盗む側にうまみが大きいからだ。
それを理解する上でまず、日本国内ではガラパゴス的なフルーツ経済圏があることを知る必要がある。
海外の多くの国ではフルーツは日常消費がメインであるのに対して、日本では自己消費以外に高級ギフトとしての用途もある。
1玉500円のメロンと1玉2万円のメロンがある国は世界でも珍しい。そしてこうした高級フルーツは開発にとても時間がかかる。近年人気が高いシャインマスカットは、農研機構が長年かけて開発した努力の結晶だ。農研機構によると、品種改良を重ねて正式に品種登録をしたのは2006年。また、シャインマスカットの親となる安芸津21号は1973年に交配された。そこから数えると33年かかっている。
このような血と汗の結晶である新品種でも苗木を海外に持ち出せば、開発する苦労や時間を使わずに簡単に栽培できる。半導体製造においては、製造技術や開発装置も必要だがフルーツにはそれが必要ない。苗木さえ手に入れば開発コストや時間、手間を省いて成果物だけを手にすることができる。窃盗が極めて容易である点、盗んだ後も販売のうまみが持続する点がエレクトロニクス製品などと大きく異なる。
さらにフルーツの流出は追跡や差し止めが難しいという事情があった。これまで農研機構などが栽培環境を同一化した状態で栽培し、育成状況を比較した上で鑑定していた。そのため、シャインマスカットでは鑑定に2年もかかっていた。その間、認知度が高まり販売元がバラけてしまうともはや差し止めることは事実上不可能に近くなってしまう。
工業製品と違ってシリアルナンバーもなく、苗木があれば後は増やして販売すれば良い。これだけうまみが大きくリスクが小さいものはないため、フルーツが狙い撃ちされている格好だ。
■中国人にウケる「メイド・イン・ジャパン」
グローバルのプレゼンスが失われたと嘆く声も聞こえてくる昨今でも、中国内における日本産の商品・サービスの品質への信頼はまったく揺らいでいない。
10年くらい前から、中国人はネット上で日本の製品を買う消費行動が見られるようになっている。中でも人気なのが紙おむつや粉ミルクや化粧品、そして日本のフルーツもそれに加わっている。日本の新しい品種、という意味の言葉「日本新品种」を「百度」などの中国の検索エンジンで探すと、花や果樹などが多くヒットする。そして検索結果にはシャインマスカットも出てくるのだ。
近年中国では知的財産強国へ舵を切っており、中国国内でも知的財産への意識の高まりの声が漏れ聞こえてくるようになった。しかし、こと日本のような海外からの窃盗について厳しく取り締まるという話は聞かない。国内外での取り扱いの温度差については、まだメスが入る余地がありそうである。
■被害総額は年1000億円超とも
消費範囲は中国国内にとどまらない。中国で作られたシャインマスカットは「China Shine Muscat」などの名称でマレーシアなどでも販売が確認されている。もはやグローバル・マーケットでも盗んだ品種を売りさばいているような状況だ。
シャインマスカットにおける、海外輸出量は日本に比べて韓国は5倍、農地面積については中国は40倍もの規模になるという。韓国のぶどうの輸出額は2021年4月時点のデータで約8億円(727万ドル)となっており、その内訳はシャインマスカットが9割を占めている。(nikkei asia 2021年8月15日配信)
本来、日本が独占的にシャインマスカットを輸出できていたら稼げたであろう試算をするととてつもない金額になる。メディアの報道の中には、被害総額は年間1000億円超というものもある。農林水産省はシャインマスカットの被害額を約100億円と試算している。
■マーケティング戦略は敗北
この惨状を止める手立てはないのだろうか? 厳しい状況が続いているが、希望はある。
1つは日本のブランディング戦略だ。世の中には数多くのスマホメーカーがあるが、アップルのマネをしてもアップルの代わりになれない。これは同社のブランディング戦略が功を奏しているからである。
海外の人たちに高級ギフトの文化を受け入れさせるのは難しいが、日本のフルーツのプレゼンスを高めておくことで「本物は日本」という認知をさせることができるだろう。そのためには、流出前にブランディング戦略を構築しておくことが重要だ。
しかし、現状はかんばしくない。海外マーケティングは中国や韓国が早く腕も良い。あたかも彼らが先に出したもののように見られてしまう現状を許している点においては、日本の海外マーケティングの敗北といえるかもしれない。だが努力はしている。
農林水産省によると、年々ではぶどうやいちごなどの海外輸出は、右肩上がりに伸び続けているという。一部の品種では健闘しているものの、まだまだ伸びしろはある。つまり、ビジネス力そのものを高める必要があるだろう。
■取り締まりに時間がかかりすぎている
もう1つには、流出を思いとどまらせるような仕組みが必要だ。現状では、盗んだもの勝ちの状況が続いている。
中にはお金目当てで日本人主導で流出の手引きをしていると見られるケースすらある。このように野放し状態ではなく、極めてスピーディーに取り締まりができるよう必要な法規制を敷くことが肝要だ。
そうすることで、「盗んでもすぐに見つかる。重い処罰を受ける」となれば、簡単には流出しようとは思わない。そのインセンティブが働かないための政府主導の対策が必要だろう。たとえば厳罰化で高価なペナルティを課せるようにするなどで、利益を追求しづらくするような施策はできないだろうか。
■流出を止めるカギになるDNA鑑定
その流出に対しスピーディーに対応をする決め手となるのがDNA鑑定だ。2022年の初競りで1房150万円の値がついた、高級ブドウ「ルビーロマン」の苗木が韓国に流出した。その決め手となったのが、まさにこのDNA鑑定である。先月、韓国国内で販売されていたこのブドウを国の検査機関でDNA鑑定を行ったところ、ルビーロマンと遺伝子情報が一致していることを証明できた。これにより、過去にないスピーディーな差し止めができる。販売元が手に負えないレベルでバラける前の段階で止めることができるだろう。
日本のフルーツの海外流出は甚大な問題である。
フルーツの品種改良はAIやロボットの世界と違って、知恵があれば効率的・時短的イノベーションが起きるというわけではない。地道な品種改良を膨大な時間と手作業を積み重ねた上で成し遂げられる職人の世界に近い。それを成果物だけごっそり持っていかれたのでは、開発者は悔やんでも悔やみきれないだろう。二十数年間、ずっと盗まれ放題の惨状を本気で止める時が来ている。
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黒坂 岳央(くろさか・たけを)
経済ジャーナリスト
米国大学で会計学を専攻。複数の外資系企業勤務を経てフルーツギフトビジネスで独立。現在はビジネス雑誌やインターネットメディアにてビジネスジャーナリストとしてフルーツビジネス、経済、経営などの分野で執筆している。
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(経済ジャーナリスト 黒坂 岳央)