忘れ物が多い、捨てられない、片付けられない…そんな厄介な家族との関係をよくする3つのポイント
■夫婦の悩み相談が増えている
「家で夫や妻と過ごすのがつらい、しんどい」という悩みを抱えて精神科の外来を受診するというケースは昔からありました。ただ、最近はコロナ禍をきっかけとした在宅勤務で家族の時間が増えたせいか、こういった悩み相談が明らかに増えています。
外来を訪れるのは、パートナーと一緒にいることにストレスを感じ、抑うつ症状が出ている夫や妻です。相手に対する嫌悪感や恐怖心が激しく、家に帰るのもいやだと言う人もおり、「パートナーが帰ってくるのがこわい」「帰ってくるといやな時間が始まる」と言う人もいます。ストレスから動悸(どうき)がする、夜寝られないといった相談もあります。
こうした悩みを抱える人の中には、パートナーに発達障害の特性があることがストレスにつながっていることもあります。必ずしも悩んでいる本人は、相手が発達障害である可能性までは思いついていないこともありますが、外来でお話を聞いていると、その可能性がありそうなケースも散見されます。詳しく見ていきましょう。
■忘れものが多い、予定をすっぽかす
発達障害というのは一つの大きなカテゴリーで、その中にはさまざまな特性が存在しています。「ADHD(注意欠如・多動症)」「ASD(自閉スペクトラム症)」などがありますが、いろいろな特性がさまざまな割合で組み合わさっていることが大半です。そのため人によって特性の組み合わせや度合いも違いますが、この中からADHDとASDの典型的な特徴について、それがどのように家族間や夫婦間でストレスを生んでしまうのか紹介します。
ADHDの特性としてまず挙げられるのは、忘れものが多いことです。例えば朝、家を出て駅まで行ってから「財布がない」「スマホを忘れた」と取りに帰ってきたり、「駅まで持ってきて」と家族に頼んだり。それを朝の忙しいバタバタする時間に何度も何度も繰り返すので、家族もイライラしてしまいます。
ほかにも、週末に家族と遊びに出かける予定を入れていたのに、約束をすっかり忘れて休日出勤を引き受けてしまったりということもあります。注意すると、謝罪も反省もしますが、結局また同じことが繰り返されてしまうのです。
■捨てられない、片づけられない
「ものが捨てられない」「片づけられない」という特性もあります。ものを「要るもの」「要らないもの」で判断して分類することが不得手なため、ものが捨てられず、どんどんたまってしまうのです。
また、部屋を片付けるときには、「最初はゴミを捨てて、次に洗濯物をタンスにしまい、出しっ放しの本を本棚に入れて……」など、段取りを考えて、散らかっているものを、それぞれ決められた場所にしまう必要がありますが、ADHDの人は、段取りを考えて実行したり、ものを決められた場所にしまうことが困難であることが多いのです。片づけている途中で、何をしまおうとしていたのか忘れてしまったり、ふと手に取った本が気になってつい読んで、時間だけ経ってしまうこともよくあります。
衝動性の高さもあるため、例えば歯ブラシやボディソープなど、家に予備が十分あっても、安売りになっているのを見つけたらつい買ってしまったりします。このため、家にものがあふれてしまうことも多いのです。
■「努力不足」「家族を軽視している」わけではない
忘れ物が多い、ものが捨てられない、部屋を片付けられない、などが続くと、一緒に住んでいる家族が持ち物の管理をすることになったり、片づけや掃除を担うことになり負担が増えてしまいます。家族の方は、「単なる不注意」「努力が足りない」と捉えることが多いですが、それがもし発達障害に起因するのであれば、本人の意思だけではなかなか改善されるものではありません。
また、大切な用事や重要なイベントを忘れてしまったりすると、家族の側は「大事なことなのになぜ忘れてしまうのか」「家族のことを軽視しているのではないか」と感じて怒りやストレスを抱えたりします。これも実は、忘れた本人はまったくそんなつもりはなく、いくら重要なことだとわかっていても、どうしても忘れてしまうということがあるのです。
■体調が悪いのに「今日の晩御飯は?」
ASDはコミュニケーションに関する特性が出やすいので、やはり家族の間でストレスを生む可能性があります。言葉になっていない相手の気持ちを読み取るのが苦手な人が多いという傾向があるのです。
例えば妻が「のどが痛くて熱がある」と伝えても、「今日の晩御飯は何?」「あの服、クリーニングに出してくれた?」などと聞いてしまったりします。そこで妻が「今日は体がつらくて晩御飯を作れないから、コンビニで何か買ってきて」と言うと、自分のお弁当だけ買って帰ってきたりということもあります。
■人の気持ちが読み取れない、自分の興味以外に関心が薄い
「のどが痛くて熱がある」と言われても、相手がどう感じているのか、どうしてほしいのかを想像するのが苦手なので、「体がつらいんじゃないか。優しい言葉をかけてあげたらうれしいんじゃないか」と考えことができません。そのため「大丈夫?」「何か食べる?」という言葉をかけたりすることもなく、コンビニで妻が食べられそうなものを買ってくることもありません。妻の側は、相当頭にきてしまうでしょうが、本人は決して意地悪をしているつもりではないのです。
また、自分の興味以外のことに関心が薄いという特性もあります。ASDの人は、自分の世界を持っていて、自分の興味があることには強いこだわりがある一方、自分に興味のないことやなじみのないこと、慣れないことに対しては極端に関心が薄いのです。例えば、家計のことや子どもの教育の相談事など、夫婦で考えたいことがあっても、興味がなければいくら言ってもまったく意に介しません。
これが夫の場合だと、「たとえ病気であっても、妻は夫の食事を用意すべき」「家のこと、子育てのことは妻に一切任せる」という“典型的な昭和型の夫”という枠組みで理解されがちですが、実はそういうわけではなく、ASDの特性があるからそう見えているだけの可能性もあるのです。
さらに、ASDはこだわりが強い人も多く、なかなか自分のやり方を変えません。A→B→Cの順にやった方が早くて効率がいいことがわかっていても、Cからやる。いくら周りに迷惑がかかっていたり、イライラさせたりしていても、自分のペース、自分のやり方を変えられません。人に迷惑をかけたくてそうしているわけではなく、そういったASDの特性によるものなのです。
■診断されても解決にはならない
いくらそれが発達障害の特性によるもので、本人に悪気があるわけではないとわかっていても、一緒に生活するパートナーにはなかなか納得できるものではありません。
外来を受診する方の中には、ストレスの源になっているパートナーを無理にでも連れてきて受診させたいと考えている方がたくさんいます。「今、自分がつらくて眠れないのはパートナーのせいなので、病院で何とかしてほしい」という思いを抱えているのです。
しかし、もし本人を無理やり病院に連れてきたとしても、本人が何とかしたいと思っていない限りは、全く意味がありません。本人は何も困っていないことも多く、病院に連れてこられて病人扱いされることに反発する人もいます。かえって夫婦の溝を深めてしまうこともあります。
それに、パートナーが発達障害だと診断されたとしても、抱える問題が解決するわけではありません。外来に来る家族は、わらにもすがる思いだと思いますが、診断がついてもそれはゴールにはならないのです。
■1つの情報に絞り、具体的に伝える
こうした場合、家族の方が歩み寄り、できるだけお互いにストレスにならない方法を工夫するしかありません。以前書いた、発達障害の部下を持つ上司に向けた記事も参考になると思います(締め切りの日に1割もできていない、仕事を丸ごと忘れる…部下の発達障害を疑ったらどうすべきか )。併せて、発達障害のパートナーを持つ人は、3つのポイントに気を付けるとよいでしょう。
1点目は、「何か伝えるときには、1つの情報に絞って具体的に言うこと」。「1つに絞る」ことと「具体的に」というのが重要です。発達障害の人は、「Aをやって、それからBをやって、それからCもやって」など、複数のことを一度に伝えても、すべてを覚えていられないことが多いことに加え、一度に複数のことを考えたり処理したりするのが苦手です。伝えるときは1つのことに絞って伝えた方が、理解しやすく、覚えやすいのです。
また、相手が考えていることを推察したり、行間を読んだりするのも苦手なので、「全部言わなくてもわかるでしょう」「そこまで説明しなくてもできるでしょう」ではすれ違いになります。できるだけ省略せず、具体的に伝えましょう。
耳からの情報よりも目からの情報の方が頭に入りやすいという人もいます。その場合は、口頭で伝えるだけでなく、メモにして渡したり、メールなどに書いて送っておくなどの工夫をするとよいでしょう。
■相手の関心に歩み寄る
2点目は、共通の趣味を持つことです。発達障害の特性を持つ人の中には、関心があることには没頭しますが、それ以外にはまったく興味を持たないという人も多いので、こちらから相手の関心に歩み寄ってみるのです。相手には「先生」になってもらい、2人で共通の趣味を楽しめる時間を持てるようになるといいと思います。
■抱え込んで孤立しないで
3点目は、周りに理解者をつくることです。くれぐれも、自分1人だけで寄り添いすぎたり、つらさを1人で抱え込んで孤立したりしないようにしてください。
時にはパートナーから離れて、ストレスを解消し、心穏やかになれる場所や時間を持つことも大切です。特に、自分が疲れていたり、体調がすぐれない時などは、パートナーの行動が余計に腹立たしく思えたりするものです。イライラが爆発してケンカをしても、なかなか解決の糸口は見つかりません。病院やカウンセリング、NPOや、同じ境遇にある人たちの団体などをどんどん活用してほしいと思います。
■一緒に住んでみないとわからない
最初に説明した通り、発達障害の特性の表れ方は非常に個人差がありますし、それが発達障害によるものかどうかは、一緒に生活してみないとわからないところがあります。例えばADHDの「関心があるものに対して没頭してしまう」「衝動性が強い」といった特性は、恋愛で発揮されると、相手への猛アタックになることもあるので、アタックされる側は「相手は情熱的で魅力的な人だな」と受け取ったりします。それが、「恋愛中は良かったけれど、結婚して一緒に生活するのは大変」に変わる可能性もあるわけです。
まずは、発達障害の特性を知り、本人に悪気があるわけではないことを理解してほしいと思います。そして、そうした特性に合わせて、本人も自分もできるだけ困らないよう、嫌な思いをしないよう、工夫することだと思います。お互い歩み寄ることが理想ですが、どうしてもこちら側の歩み寄りが多くなってしまうかもしれません。頑張りすぎないよう、逃げ場も持っておいてください。
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井上 智介(いのうえ・ともすけ)
産業医・精神科医
島根大学医学部を卒業後、様々な病院で内科・外科・救急科・皮膚科など、多岐の分野にわたるプライマリケアを学び、2年間の臨床研修を修了。その後は、産業医・精神科医・健診医の3つの役割を中心に活動している。産業医として毎月約30社を訪問。精神科医・健診医としての経験も活かし、健康障害や労災を未然に防ぐべく活動している。また、精神科医として大阪府内のクリニックにも勤務。
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(産業医・精神科医 井上 智介 構成=池田純子)