ヤドカリのように住まいを替えながら、古い住宅を再生させる。空き家問題への新たなアプローチとして、一級建築士の白坂隆之介さんが手がける「ヤドカリプロジェクト」が注目を集めています。時事YouTuberのたかまつななさんが、「家」を未来へつなぐプロジェクトの可能性について聞きました。

使い捨てられる木造住宅を価値ある住宅に再生する

たかまつ:空き家を改修して自宅にしつつ、買い手が現れたら売却し、次の空き家を購入し改修する…という白坂さんの「ヤドカリプロジェクト」。とてもユニークな取り組みですね。

白坂:よくある中古住宅のリフォーム販売は、安い家を探し、見栄えよく仕上げて市場に戻して利益を上げるという仕組みで、構造体は二の次ということもあります。でも僕がこだわっているのは建築の長寿命化です。床下や屋根裏を確認し、比較的健全な住宅を選び、仕上げをはがして骨組みの状態をすべて確認しながら改修しています。

たかまつ:柱と梁だけにしてから、改修していくんですね。

白坂:通常、木造住宅は築25年前後で資産としての評価がゼロになります。でも、劣化部分すべてを補修・解消して、耐震基準や省エネ性能などを満たせば、家が長もちして資産価値が持続する。安全で安心して住める家、価値ある家になり、適切な価格で市場に戻すことができる。住み替えやすくなり、「家を買ったら一生住み続ける」という制約から、住まい手を解放できます。

たかまつ:私は今、日本とイギリスの2拠点生活をしているのですが、イギリスでは中古住宅がむしろ人気です。一方、日本は新築が好まれます。

白坂:日本の税制や住宅の価格査定は、「木造住宅は約25年で使い捨て」という前提なんです。

たかまつ:法律による規制がネックになっているということですか?

白坂:法律というより税制ですね。税制上、木造住宅の耐用年数は24年なんです。慣習としてもそれを反映して、20〜25年たつと家の資産価値はゼロになる。売ってもお金にならないから、壊して建て替える人が多く、税制はそれを反映するので耐用年数が延びない…という悪循環に陥っているのです。ただ、住宅の資産価値の損失は全国で540兆円ともいわれ、国家的損失です。国も見直しを始め、2014年に中古住宅の評価方法を改定。築年数だけで評価するのではなく、維持管理され補修された家は資産価値を正しく評価できるようになりました。

たかまつ:では、改修した家を白坂さんご自身が、自宅や事務所として使用するのはどうしてですか。

白坂:住宅ローンや補助金や免税制度を使えるというメリットもありますが、経済的理由のためだけではありません。あくまで「自分の家」として改修することで、デザインの主体性が担保できる。デザインをするうえで主体性はとても大切です。また、自邸のみを対象とすることでプロジェクトが着実なものになります。

たかまつ:白坂さんのお仕事は、新築とリノベーションとどちらが多いのでしょう。

白坂:新築も手がけますが、リノベが多いですね。でも、家がリレーのバトンだとしたら、新築は第一走者で、空き家のリノベーションは第二走者、第三走者。その程度の違いで、未来へどう家を引き継ぐのか? という思いは同じです。

単体の「住宅改修」ではなく「エリアと向き合う」意識に

たかまつ:とても意義あるプロジェクトだと思う一方、心理的ハードルが高くないですか? だって大変ですよね。

白坂:大変です(笑)。空き家を探し、状況を調べて、改修方針を考えて工事。完成しても、買い手が見つからなければ、次の家に引っ越せないし。面倒なステップだらけで、正直、負担はあります。でも、同時に手応えは感じてます。

たかまつ:プロジェクト第1弾の住宅を昨年、売却されたんですよね。一巡を終えてみてどうですか?

白坂:建築家として独立し、実績をつくるうえで、なにかおもしろいことをしたいと思って始めたわけですが、多くの人と出会い、プロジェクトの可能性を指摘していただき、発想が広がりました。単体の「住宅改修」にとどまるのではなく、手がける案件を集約して「エリアと向き合う」という意識が生まれたのも変化のひとつです。ヨガ教室を週1で開催したり、イベントを行ったりしているのも、近隣で親しまれる場づくりを考えているからです。

 

たかまつ:現在着手されている2軒目も、1軒目と同じエリアなんですか?

白坂:はい。近隣を歩き、空き家を見つけては登記を調べて所有者に直接交渉しました。10軒ほど家主さんにアタックして、ようやくひとり、プロジェクトに賛同してくれる家主さんと出会うことができました。活動を続けていくことで理解が広がり、周辺の空き家も手がけることができれば、エリア一体が面白くなっていくと思っています。

たかまつ:プロジェクトを進めていくうえで当然、課題もありますよね。

白坂:ひとつは家主さんの理解。そして、金融機関の理解ですね。じつは1軒目の買い主さんは住宅ローンが組めなかったんです。国の評価の仕組みが変わっても、慣習的にはまだ25年で資産価値はゼロになる。金融機関としては、将来、売却するとなったとき、その値段で売れる保証はなく、融資基準は変えられない、と。金融機関はリスクの低い判断をせざるを得ない、ということでした。

たかまつ:お金を貸す金融機関側の立場も理解できる気がします。

白坂:卵が先か鶏が先か、ですよね。中古住宅の売買件数は増えていますが、僕の取り組みも慣習を変えるきっかけのひとつになればいいと思っています。

たかまつ:私自身、今はまだ「自分の家を持つ」ことに高いハードルを感じるんです。結婚や出産、育児、親の介護など先々、わからないですから。ただ、だからこそ、そのときどきに合った家を選べる、家を持つことや住み替えることが気軽にできるといいですよね。

白坂:日本では「家は一生に一度の大きな買い物」という考え方がまだまだ多数派です。でも、働き方の多様化にともない暮らし方も多様化し、そして家も多様化していくはず。「古い家を使っていく」という価値観が一般的になれば選択肢は広がっていくと思います。

「SDGs」はだれのため?重要な当事者へのまなざし

たかまつ:「ヤドカリプロジェクト」は、まさに、SDGsの「住み続ける街づくり」「つくる責任、つかう責任」へのアプローチでもあります。白坂さんは、SDGsについて、率直にどのような印象を持っていますか?

白坂:SDGsの17項目はすごく大事で、みんなで理解して共有すべきものだとは思います。でも、「地球環境」や「SDGs」はだれのためのものなのか? そこに深い洞察がなく、ただ、メッセージだけが声高に叫ばれる状況には正直、違和感を覚えます。

たかまつ:本当に難しいですよね。

 

白坂:僕、大学院の修了研究のテーマが、ベトナム山間部の少数民族の居住様式だったんです。彼らはもともと現地の木材で高床式住宅を建設する高いスキルを持っていました。でも、環境保護のために森林伐採が規制され、新しい住宅を建てられなくなった。そこで、行政はコンクリートブロックを積み上げてトタン屋根を葺いた住宅を無償供給したのですが…台風のたびに屋根が吹き飛んでしまう。まるで風土に合わず、生活の質の悪化を招いていたんです。現地に入り、そんな現実を目の当たりにした経験があって。

たかまつ:現地に入ることで、見えてくるものってありますよね。

白坂:「森林を守る」というのはSDGsの目標に合ったものだといえます。でも、その価値観だけでよしあしを評価しきれない局面は必ずある。「当事者に対するまなざし」は重要で、それは建築家としても意識するところです。

●教えてくれた人:白坂隆之介さん
REGION STUDIES代表。一級建築士。京都大学で宇宙物理学を学び、同大学工学部建築学科へ学士編入。シーラカンスK&Hを経て、2016年に独立。地元である浜松市で「ヤドカリプロジェクト」を始動