ロシアはウクライナの首都キーウを1週間程度で攻略する計画だった。だが、戦況は膠着状態が続いている。なぜロシア軍はここまで弱いのか。テレビ東京の豊島晋作記者は「軍事力は世界第2位といわれるが、とてもそのレベルの軍隊とは思えない。ウクライナに苦戦している理由は4つある」という――。

※本稿は、豊島晋作『ウクライナ戦争は世界をどう変えたか 「独裁者の論理」と試される「日本の論理」』(KADOKAWA)の一部を再編集したものです。

写真=EPA/時事通信フォト
5月9日の「対ドイツ戦勝記念日」を前に、軍事パレードの予行演習を行うロシア軍(2022年5月7日、ロシア・モスクワ「赤の広場」) - 写真=EPA/時事通信フォト

■その弱さは世界の軍事関係者に衝撃をもたらした

ロシア軍によるウクライナ侵攻は、世界の軍事関係者に2つの衝撃をもたらした。一つは言うまでもなく、ロシアが本当に軍事侵攻に踏み切ったという事実そのもの。そしてもう一つは、ロシア軍のあまりの弱さだった。

侵攻当初、ウクライナの首都キーウは1週間程度で陥落すると見られていた。ところが攻防は続き、ロシア軍の苦戦ばかりが報じられた。結局、早々に戦略全体を見直す必要に迫られ、主戦場をキーウから東部ドンバス地域に移すことを余儀なくされたのである。

なぜ、そこまで弱かったのか。まずは苦戦の状況を確認しておこう。

ロシア陸軍は、BTG(Battalion Tactical Group)というユニット単位で行動している。複数の機動部隊で編制された組織で、日本語で言えば「大隊戦術群」だ。その兵員数は700〜800人。最大で900人の組織もある。

その中で、先陣を切るのが戦車10両からなる戦車中隊。その後に30両以上の戦闘車両、自走砲、ロケット砲、対空攻撃能力を持つ車両、歩兵部隊などが続く。これが、地上作戦における単位として機能している。

ロシアのタス通信によれば、2021年時点で、ロシア軍は合計で約170のBTGを保有している。そして、このうち約六割を超える約110をウクライナに展開させたと見られている。つまり今回、ロシア陸軍は保有する3分の2弱もの戦力を投入したわけだ。総兵力では約19万人と言われている。

■作戦としては大失敗と言わざるを得ない

キーウ攻防戦での敗北などもあり、早くも4月上旬の時点で、29のBTGが大きな損害を受け、作戦行動ができない状態に陥っていたようだ。これは欧州当局者の分析による推定だが、侵攻からわずか2カ月弱で全部隊の4分の1以上を失い目立った戦果を挙げられなかったとすれば、作戦としては大失敗と言わざるを得ない。

どこかで誤算があったのか、そもそもBTGを利用した戦略が失敗だったのか、ロシア軍としては、作戦の立て直しを迫られることになった。

ロシア軍制服組のトップであるワレリー・ゲラシモフ参謀総長は、優秀な軍人で戦略家としても知られるが、BTGの要である戦車部隊の出身でもある。今回、BTGがうまく機能しなかったとすれば、その状況をどう総括したのか。それはウクライナ侵攻の行方とともに、ロシア軍全体の戦略や再編制にも影響を及ぼすだろう。

ともかく苦戦は続き、全戦力の大部分をウクライナとその周辺や欧州正面に展開せざるを得なくなった。大量の戦力を隣国に投入した結果、総延長2万キロを超え、世界最多の18カ国と接する国境の守りは薄くなっている。

■「アフガン侵攻の10年間」に匹敵する損害

日米と向き合う東部軍管区の兵力までもがウクライナに展開した結果、東部地域の戦力も弱まり、ロシア空軍は中国軍に日本の周辺空域を一緒に飛ぶよう要請し、虚勢を張らざるを得ない状態と見られる。極東ロシア軍は、日本の安全保障上の脅威ではあるが、足元でその力はやや低下している。

ロシア軍は多数の死者を出していたこともわかっている。西側の国防当局者の分析では、開戦からわずか3週間の時点で、2000〜6000人の兵士が亡くなっていた可能性がある。通常の戦闘の場合、負傷者や捕虜は死者の3〜4倍いると推計されるので、それを当てはめれば、少なくとも1万人近くが戦闘不能に陥った可能性がある。

この数字は、おそらくウクライナ兵の犠牲よりも大きい。侵攻から間もなくシリアなどで傭兵(ようへい)を募集していたのも、こうした軍の激しい消耗を少しでも穴埋めするためだった。

また、開戦後1カ月の時点で、ロシア軍の死者は7000〜1万5000人にも達したというNATO側の分析もある。どこまで正確かはさておき、仮に最大の1万5000人とすれば、79年末に旧ソ連が行ったアフガン侵攻時の兵士の死者数に匹敵する。ただアフガン侵攻の場合は、89年に撤退を完了するまでの10年間の数字だ。その数を1カ月で失っているとすれば、いかにロシア軍の受けた損害が大きいかがわかるだろう。

■最大の敵「NATO軍」との戦いどころではない

必然的に、兵器の損害も大きくなった。アメリカ国防総省は、5月末時点でロシア陸軍は1000両の戦車、350門を超える大砲、30〜40機の戦闘機、50機のヘリコプターなどを失ったと分析している。

一方、ウクライナの被害状況はどうか。ロシア軍の発表によると、4月16日の時点で2万3000人以上のウクライナ兵を殺害したとしている。ただし、ほぼ同時期にウクライナのゼレンスキー大統領は、兵士の死者数について2500〜3000人と述べている。およそ10倍近い開きがあるわけで、どちらが正しいか、嘘をついているか、一概に判断することは難しい。実際は、両者が発表する数字の間にあるのかもしれない。

ただ、東部ドンバス地域での激しい戦いが始まった5月に入ると、ゼレンスキー大統領は1日に50〜100人の兵士が死亡していると述べている。そして6月初めには100〜200人とも述べている。実際より少なく発表している可能性もあるが、仮に200人だとすれば、負傷などで戦闘不能に陥った兵士が600人程度に上り、わずか2〜3日間で1000人を大きく超える兵力を失っていたことになる。

このようにウクライナ側の損害も大きいと見られるわけだが、いずれにせよロシア軍も最大の敵として想定していたNATO軍との戦いを前に、大きな打撃を受けた。

■軍事力は「世界第2位」と言われていたが…

ロシア軍はなぜここまで弱かったのか。開戦当初、ロシア軍は部隊間の連携に手間取り、武器や弾薬そして食料を供給する兵站(へいたん)は機能せず、キーウ攻防戦では次第にウクライナ軍に撃退されていった。ハルキウ(ハリコフ)周辺でもなりふり構わぬ砲撃戦を展開したが、結局は撃退された。最終的にロシア軍は戦略全体の見直しを余儀なくされ、いったん首都および北部攻略は断念して東部ドンバス地域と南部に戦力を集中させている。

各国の軍事力を総合的に分析しているGlobal Firepowerのランキングによると、ロシア軍の軍事力は、世界第2位と言われていた。一位の米軍には劣るが、EU各国や台頭する中国・インドより上と認識されていたのだ。もちろん、ウクライナ軍を圧倒的に凌駕(りょうが)していた。

写真=iStock.com/Joa_Souza
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Joa_Souza

ところが今回の侵攻を見るかぎり、とてもそのレベルの軍隊の行動とは思えないのである。

いったいロシア軍の中で何が起きていたのか。戦時下で収集されたかぎられた情報(意図的に流された虚偽情報が含まれる可能性もある)をもとに、分析を試みたい。

■1.戦術レベルの指揮系統が連携していない

大前提として、ウクライナ軍の果敢な抵抗があることは間違いない。自分たちの国家・国土を絶対に守るという士気の高さに加え、NATO諸国が供与した対戦車ミサイルなどが初戦では有効に機能したことがわかっている。

ただそれにしても、ロシア軍の損害は大きい。ここまでロシア軍が弱かった理由の一つとして考えられるのは、まず、戦術レベルの指揮系統の連携不足だ。

NATO側の軍事専門家は、12から20のBTGからなる作戦行動グループについて、開戦当初はロシア陸軍司令部が指揮を執っていた可能性を指摘している。そして最初の電撃戦の段階で、この陸軍司令部と現場部隊との間に、中間的な司令部が置かれた形跡はないようだ。

このため、前線からはるか後方にいる司令部が、非常に多くの大部隊を“遠隔操作”していた可能性があるという。その結果、効率的な部隊運用ができず、現場から上がってくる情報も適切に処理されず、作戦の混乱を招いたという見立てだ。時間の経過とともに、この問題は改善はされていったようだが、ロシア軍の指揮系統の混乱、部隊間の連携不足のひどさが初戦での敗退につながったと考えられる。

■2.私用携帯を使うほどの装備の貧弱さ

また、貧弱な装備も指摘されている。その一つが、最前線での意思疎通に欠かせない通信機器。前線のロシア兵が持つ無線機は安価な中国製で、暗号化された通信ができなかった可能性がある。このため、通信の大部分がウクライナ軍側に漏れていたと見られる。実際、ウクライナに住むアマチュア無線の愛好家でも傍受できる状況だったようだ。通信の暗号化は軍事行動の基本中の基本だが、それができていなかった。

それどころか、通信環境が悪い場合には、私用の携帯電話で部隊指揮官などと連絡を取り合っていたとの情報もある。当然ながらウクライナ国内の携帯通信ネットワークを使うことになるので、これも内容は筒抜けだ。ウクライナ側に回線を遮断されたり、真偽不明のSNS情報ではあるが、携帯電話の電波塔を自ら砲撃して通信不能に陥ったりすることもあったという。いずれにせよ軍隊の行動としては、お粗末としか言いようがない。

■3.指揮を執る将官を5分の1失っている

指揮系統が混乱する中で、開戦から短期間のうちに、ロシア軍では部隊の指揮を執る20人の将官クラスのうち4人が死亡している。通信機器の問題や意思疎通の混乱で最前線まで自ら出ていく必要があったという説や、NATO軍の情報支援を元にウクライナ軍の狙撃手が標的にした結果との指摘もある。ただ5人に1人というこの死亡率の高さは米軍などでは考えられない。また4月末までには、計9人が死亡したと伝えられている。

豊島晋作『ウクライナ戦争は世界をどう変えたか 「独裁者の論理」と試される「日本の論理」』(KADOKAWA)

さらに5月の上旬時点では、ウクライナ軍は12人のロシア軍の将官を殺害したと発表している。これはかつてソ連がアフガニスタンにおいて10年間で失った将官の人数の2倍だ。ウクライナ軍の発表している数字なので信頼性に疑義はある。ただ、この数字に関しては比較的信憑性が高い。なぜなら、ロシア軍としては生きている本人をメディアに露出させるなどといった反証が可能だからだ。しかし、ロシア軍は将軍たちの生存を証明できなかったようだ。

プーチン大統領に忠実なことで知られるチェチェン共和国の独裁者カディロフ首長の部隊もウクライナ入りしている。カディロフ首長の軍隊はこれまでも非合法な殺人や誘拐など残虐な行為でしばしば批判されてきた。今回の侵攻では、ロシア軍の指揮系統には入らず、プーチン大統領の命令にのみ従っていたと指摘されている。これが、最前線の現場を余計に混乱させた可能性もある。

■4.「国を守る志願兵」と「徴兵された若者たち」

そしてもう一つ、ロシア軍は軍事行動に欠かせないロジスティクスにも問題を抱えていた。兵士たちのための武器、弾薬、食糧も供給体制が十分に整っていなかった。また兵員輸送車や、戦車なども故障が相次いだ。

写真=iStock.com/XH4D
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/XH4D

ロシア軍は侵攻前、比較的長い時間を国境地域での軍事演習で過ごしていた。兵士たちの疲労感もたまっていて、装備もメンテナンスの時期を迎えていたようだが、そのまま実戦に突入している。さらに作戦には想定外の時間がかかったため、不具合や燃料不足が相次いだと見られている。

戦争が始まった2月末から3月にかけてのウクライナは寒かった。氷点下まで冷え込む中、ロシア軍の兵士が戦車などの車両のエンジンを切って眠っているという話すらも報じられていた。開戦当初のウクライナ兵の平均年齢は30〜35歳で、対峙(たいじ)するロシア兵は20〜25歳の徴兵された若者が中心だったと推測されている。

■「ロシア軍が得意なのは軍事パレードだけだ」

ウクライナ兵は多くが自ら戦うことを選んだ志願兵であり、士気は高い。一方でロシア兵は、多くが徴兵された若者であり、この侵攻の大義を十分に信じていたとは言い難く、積極的な意志で参加したわけでもない。それに陸軍の歩兵にはロシア国内でも貧しい少数民族の兵士も多いと言われる。

またウクライナ語はロシア語に近い言語であり、自分の親に顔が似ていたり年齢が近かったりする。その相手に銃を向けることには、最初は心理的な抵抗もあったかもしれない。かつ、装備や作戦、兵站にこれだけ不備があれば、兵士の士気が下がるのは当然だろう。

ロシア軍の初戦での敗退を見た西側の軍人からは、「ロシア軍が得意なのは軍事パレードだけだ」と揶揄(やゆ)する声も聞かれた。

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豊島 晋作(とよしま・しんさく)
テレビ東京報道局記者/ニュースキャスター
1981年福岡県生まれ。2005年3月東京大学大学院法学政治学研究科修了。同年4月テレビ東京入社。政治担当記者として首相官邸や与野党を取材した後、11年春から経済ニュース番組WBSのディレクター。同年10月からWBSのマーケットキャスター。16年から19年までロンドン支局長兼モスクワ支局長として欧州、アフリカ、中東などを取材。現在、Newsモーニングサテライトのキャスター。ウクライナ戦争などを多様な切り口で解説した「豊島晋作のテレ東ワールドポリティクス」の動画はYouTubeだけで総再生回数4000万を超え、大きな反響を呼んでいる。
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(テレビ東京報道局記者/ニュースキャスター 豊島 晋作)