INAC神戸レオネッサ
安本卓史社長インタビュー 後編

 INAC神戸レオネッサというチームに留まらず、女子サッカー界全体の発展のためのアイデアを次々と編み出していく安本卓史社長だが、今後はどう切り拓いていくのか、問題点と打破への秘策を聞く。


5月14日の国立競技場開催の試合では元なでしこの澤穂希と宮間あやがキックオフセレモニーに登場して盛り上げた

「今、INACがリーチしていきたいのはファミリー層です。ここ数年、ファミリーでの観戦は多くなってきましたが、より多くと考えています。ただ同時に懸念として、これまで支えてくれていた男性サポーター層が違和感を覚えている現実があるんです。WEリーグがこの層を大切にしていないように見えるらしく......WEリーグの理念推進が間違った形で伝わり方をしていると考えられます」

 WEリーグは『女性活躍』を理念の軸として立ち上げられた。参入基準には監督やコーチにも「女性指導者1名以上を含むこと」を規定し、運営面でも「役職員の50%を女性に」「意思決定者にも最低女性1名が含まれていること」が定められている。選手のセカンドキャリアを考えた上での構築であり、もちろん男女関係なく活動できることが大前提ではあるものの、一部に摩擦が生じていることも事実である。

 まだまだ男性社会の色濃い日本社会において「女性活躍」の4文字はよくも悪くも強いメッセージ性がある。各スポンサーや行政との連携が欠かせないチーム側としては、状況に応じてアレンジを加えて丁寧に伝えていく必要がある。

「僕は実にシンプルです。『女子スポーツを応援してください、ウチはサッカーです。女子サッカーは世界で戦えるチャンスが大いにあるんです!』と。各社も女性が増えてきていますから、その象徴というのもある。無理やり"女性活躍"という理念を推さなくても、プレーしているのは女性、近くにINACというチームがあるーー必然的に理解してくれます。地道にいくしかない。

 野球に例えて申し訳ないですけど、ビジネスでは3アウトチェンジはない。5アウトになろうとも100アウトになろうとも地道にバントで送り続けていれば思いがいつかは実ると信じています。最後はスクイズですけども(笑)。ただ、これをやり続けるにはそれなりの気概が必要ですけどね」

スポーツエンターテインメントとは

 WEリーグクラブは運営資金の大半をスポンサー収入で賄っている。INACはその規模も大きい。安本氏は選手たちに観客動員数においても招待を除いた"本当の数字"を伝えているという。本来チーム側としては伝えたくない数字だ。

「ウチは全部見せます(笑)。1シーズンで2万人強を『神戸市民観戦会』など、あの手この手の企画で招待してスタジアムの雰囲気を作っていることになります。"本当の数字"の収入だけではINACは潰れてますよって伝えています。

 原資はスポンサー収入。だから、サッカー以外での選手の発信、言動、姿勢というのが大事なんです。選手たちもインタビューなどで『色々やっていかないといけない』と言っているのは知っていますが、実際にはそれをどのように表現していいのか定まっておらず、ウチもまだまだです。もっと応援してくださるみなさんとのタッチポイントを増やしていきます」

 やはり重要なのはスポーツエンターテインメントをどう捉えて具現化していくか。安本氏の言葉を借りるなら"当事者"であるリーグ、チーム、選手たちが理解した選択をしていかなければならない。この分野においては発展途上の日本である。すべてトライ&エラー精神で突き進んでいくしかない。その点でも初代チャンピオンとしての次なる行動に期待が高まる。

「連覇ありきじゃなくて、見に来てくれたお客さん、DAZNの視聴者に見に行きたいと思わせるようなパフォーマンスを求めたいです。あえてプレーとは言いません(笑)。それはゴールパフォーマンスかもしれませんし、誕生日パフォーマンスかもしれません。

 僕ね、この世界に来てずっと感じていたことがあるんです。WEリーガー、なでしこリーガーのゴール後や勝利後に、自分たちだけで喜んで自分たちだけの世界を作ることが多くないですか? そこにお客さんが一緒に入ってこられるようにしないとダメです」

 サンフレッチェ広島レジーナは勝利後にスタンドの観客と選手が短いながらも一緒に勝利ダンスを踊る。観客も実に楽しそうで、大事なのは"共感"だろう。

 国立競技場での一戦では、三菱重工浦和レッズレディースが先制した直後、高橋はながサポーターに「もっと盛り上がれ!」と言わんばかりに身振りで煽る場面があった。そのひとつの行動でサポーターのボルテージは一気に上がった。

「僕もあれを見て、浦和の選手はサッカー観が高いなって思いました。サッカー偏差値の差というか。その点では浦和さんはもう一歩先をいっていますよね。すごく大事なことです。選手たちはよくアーティストのコンサートとかに行っているんですけど、サッカーも同じ。ピッチはステージで、選手は演者。お客さんが何を求めているか、わかるよね? とよく話をしています」

連覇の先にある目標

 チャンピオンとなったINAC神戸が目指す来シーズンのスタイルとはーー安本氏はどんな発想を抱いているのだろうか。

「連覇を目指せるのはINACだけですから、そこを目指すのは当然として、女子サッカーの繁栄のためにもエンターテインメントの追及、観客のみなさんといかに一体感を作れるか。これがないと連覇したところで全く成長がない。知らないところでやっているWEリーグよりも、より多くの人に見てもらえるWEリーグにしたいですね」

 営業担当でもある安本氏ならすでにいくつか案を持っていそうだ。ズバリ、そのための秘策はこうだ。

「テレビに出る機会を増やすこと。スポンサーさんのCMに出演する機会を作れないか。期間限定でもいい。やはりテレビの力は大きいですよ。関西の地上波で『Jフットニスタ』(朝日放送)というサッカー番組があるんですけど、基本的にはガンバ大阪、セレッソ大阪、京都サンガ、ヴィッセル神戸のJリーグチームをカバーしてるんですが、そこにINACが入っていて、男子チームの調子が悪くなるとINACの尺が伸びる(笑)。でもそうして取り上げてもらうことで、JリーグファンにもINACの名前を知ってもらえるので本当にありがたいことです」

 9年ぶりにチームにタイトルをもたらした星川監督のあとを誰が担うか、監督人事にも注目の今オフ。シーズンを終えたばかりでも安本氏に休息の時間はまだ訪れそうにない。

「初年度は成長のシーズンだったし、優勝するにはこれだけストイックにならないといけないと実感しました。でも楽しいことをしようと思ったらこの先にしかない。監督もね......あっと驚く人事になるかも! 優勝するために星川監督を呼んで、見事それに応えてくれました。『監督がいなくなっても勝てましたよ!』って選手から星川さんに言わせてあげたいんですよ。そうじゃないと成長にならないですから」

 これまで日本の女子サッカーが築いてきたものと、新しい女性スポーツエンターテインメントを目指して歩き出したWEリーグ。両者がうまく融合しきれていない今が踏ん張りどころだ。ここに生じる摩擦は想定されていたものばかり。この小さくはない向かい風をうまく引き込めたチームが、新しいWEリーグの形を見つけることができるはずだ。INAC神戸レオネッサというチームがその先駆けとなるかもしれない。